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2009/10/25

連結緩衝器

2009年10月25日

前回「最近の出張は疲れる」という駄文を書きました。その中で疲れる原因としてあげたのが電車の発進停止時の前後Gですが、これには通常のものと衝撃との2種類があります。

電車はモーターの付いている車両(略して、モハ)と付いていない車両(まとめて略して、サハ)がほぼ1:1で連結されています。仮にモハの前にサハが連結されているとして、発車の際はモハがサハを押していきます。そして惰行の時は一緒に走り、ブレーキの時は最近は回生ブレーキでもっぱらモハだけがブレーキの働きをするので、モハがサハを引っ張ります。そして低速になると回生ブレーキは効かなくなるのでエアブレーキに切り替わり、一緒にブレーキがかかります。ところがモハは踏面ブレーキなのにサハはディスクブレーキを装備しているので、ブレーキの効き方が異なります。このように一駅走る間に、モハとサハは押したり引いたりを繰り返しています。

国鉄/JRの電車の連結器は密着連結器で隙間はありませんが、連結器は連結緩衝器というバネで車体に取り付けられており、このバネが古くなるとへたってきて、押したり引いたりの時にドン突きと言われる衝撃を発生するようになります。これは非常に不快です。
高崎線の電車のうち湘南新宿ラインのE231系はまだ新しいのですが、211系の、それも平屋のグリーン車は1985年の製造で、もう25年近く経っています。

日本の車両はこの連結緩衝器の設計が未熟で、古くなるとすぐにへたってきて衝撃が出るようになります。そのため103系時代の常磐線で、付属編成にクモハ+モハ+サハ+サハ+クハの2M3Tを採用したところ先頭のクハで衝撃が大きく、4M1Tに変更になったことがあります。ヨーロッパでは機関車が5,6両の客車を引っ張って、折返しは機関車が後ろからそれも高速で押していくというプッシュプル運転が行われているのに、日本ではわずか3両でもできないのです。ちなみに今日本では後部補機付のことをプッシュプルと呼んでいますが、これは誤用です。

現実に電車に乗るのにヨーロッパのことを言っていても仕方がないので自衛策を採るとすれば、
1)なるべく停車駅の少ない快速を選ぶ。
2)グリーン車に乗るときは、E231系を選ぶ。
3)211系に当たったら、いくらか新しい2階建てグリーン車の方に乗る。
ということになります。ちなみに先日は行きも帰りも211系でしたが快速で2階建ての方に乗ったので、快適でした。

もう一つ、足底腱膜炎対策として、1時間以上乗るときは靴を脱ぐようにしています。あまり外見は良くないのですが、効果はあります。

2009/10/21

ジェネリック医薬品

2009年10月21日

会社の健康保険組合から、ジェネリック医薬品について、という冊子が送られてきました。会社で送られてきたのはどうも継続的に薬を飲んでいる人が対象のようで、その冊子も一般論ではなく、「あなたが飲んでいる薬には、こういうジェネリック薬品があります」という「ジェネリック医薬品を使え」と言わんばかりの多少露骨なものです。

小生は、消耗品は高くても純正品を使っており、ジェネリック医薬品も好きではありません。まして飯野先生がご自身の著書に「強ミノは純正の強ミノでないと効かない」と書かれていたりするので、なおさらジェネリック医薬品に不審の念を持っています。
小生が現在毎日飲んでいるのは、ワーファリンとレニベースです。その中で量の多いワーファリンには、ジェネリック薬品はありません。レニベースには、かなりの量のジェネリック薬品があるようです。ただ小生は、変える気はありません。

何でもそうですが、薬にも主成分の他にいろんなものが入っており、いくら主成分は同じと言っても効果や副作用は当然違います。まして治らないはずの心肥大が治り、先生によるとこれはレニベースの効果だというのであれば、なおさら変える気はありません。レニベースをジェネリック薬品に変えたら変な副作用が出た、とブログに書いている方もいらっしゃいます。今の純正レニベースに不具合があればともかく、せっかく順調にいっているのに、ここでわずかな薬価の値下げのために変更して不具合が出たら、元も子もありません。

冊子は会社でゴミ箱に放り込むのはあまりにも露骨だったので、家に持って帰ってゴミ箱に放り込みました。訂正、再生可能紙類のリサイクルです。

2009/10/18

最近は出張が疲れる

2009年10月18日

神保町シアターで10月3日から10月一杯まで、鉄道の出てくる映画を特集しています。そこで今日見に行こうかと思っていたのですが、少し風邪気味なので今日は取りやめました。インフルエンザの流行っている時期に体調のすぐれない状態で人混みに行くのは、ちょっと危険です。そのため今日は、昨日(土曜日)は出勤日だったこともあり、休養日です。

今月は出張も多く、忙しい日が続いています。なんだかんだで今月は群馬に5回も行くことになりました。現場の人からは、「南海さん、定年になってからの方がかえって忙しいんじゃないの?」とからかわれています。出張に行くのは移動中は楽なのですが、一日中背広にネクタイでいることと、革靴でいることで、疲れが増します。ちなみに足底腱膜炎を見てもらった整形外科からは、会社に着いたらスニーカーに履き替えるように言われています。今会社で履いているのは軽量安全靴ですが、ほとんどスニーカー感覚です。
それと東の方に出張に行くと(西の方への出張はほとんど無く、いつも東ですが)、帰りに渋谷で乗り換えることになるので、人混み嫌いの小生としては、疲れる原因の一つです。

10年くらい前全国を飛び回っている頃は、出張は会社にいるよりかえって楽と思っていました。ところが最近は、出張に行くと疲れます。昔はほとんど新幹線でしたが、現在の出張は湘南新宿ラインの、それも各停がほとんどです。各駅停車は停車駅の度に身体に前後のGがかかるので、特急に乗るより疲れると言われています。出張が疲れるようになったのがそれなら良いのですが、年齢的に身体がついていかなくなってきたら、そろそろ引退の時期です。

2009/10/12

鉄道車両色見本帳第2巻

2009年10月11日

「鉄道車両色見本帳」の第2巻がやっと発行されました。本当はもう2年くらい早く発行されるはずでしたが、何しろ撮影も編集も手弁当なので、時間がかかってしまいました。第1巻を見てみると第2巻で私鉄全部をまとめる予定だったようですが、何しろ車種も多く、結局第2巻は大手私鉄と地下鉄だけになってしまいました。ただ皆さんにはなじみのある車両が多いと思いますので、書店で一度手にとってご覧ください。そしてお買い上げ頂いたら幸いです。09101101a2


写真に不満を言うなら、正面気味の写真が多いことです。最近、特に東京近郊は線路のすぐそばまでぎっしり建物が建て込んでいますので、なかなか横からの写真は撮れません。それでも例えば東急6000系のような側面に特徴のある車両は、もっと横からの写真にして欲しかったです。

小生は、この2巻までは編集作業がIFNやらぶどう膜炎やらに引っかかったため、写真を出していません。今度の第3巻は、少し気合いを入れて写真を撮ってみようかと思っています。Img_0883a


この写真とは別に、今日は天気が良いので写真を撮りに行ってきました。田園都市線と大井町線が併走する区間で、併走写真が撮れないかと思ったのです。ところが、平日のラッシュアワーは時々併走があるのですが、休日ダイヤの日中は併走は出現しません。逆に1サイクル(15分)に1回、停車中の田園都市線各停を大井町線の各停(通過するのに、何で各停なんだ?)が追い抜くシーンが見られます。粘れば結構面白い組み合わせが撮れるようです。写真はLED方向幕を写すため1/125で切りましたが、天気が良すぎて影が強くなっています。

2009/10/08

N響アワーの公開録画

2009年10月8日

昨日はNHKホールで「N響アワー」の公開録画があったのですが、見事抽選に当たり、行ってきました。公開録画はN響アワー始まって以来初めてとのこと、また競争率は3倍とのことでした。

NHKホールは渋谷なので便利なのですが、そこから歩くので、結構時間がかかります。開演(収録開始)はいつものN響のコンサートと同じ7時なのですが、遅れて1楽章が終わったところで入るという手が使えないので、フレックスを使って早めに出発しました。NHKホールには開場6時の10分前に着いたところ、すでに長蛇の列、しかもその列はもう動き出していました。
列の最後尾について結局入場するまで10分くらいかかったのですが、席は先着順ではなく抽選です。3階席まであるNHKホールのどこに当たるか分かりません。ところが席は1階の中程、真ん中よりやや後という良い席でした。通常の定期演奏会では、まず手に入らない席です。ラッキーでした。

開演前にディレクターが順序の説明、オープニングのテーマ曲(シューマンの交響曲「ライン」の冒頭)を生演奏して、そこで盛大な拍手が欲しいらしく、拍手の練習です。昔ラジオの公開録音(古いなあ)の時には、よくやらされました。N響の定期演奏会でもカメラが入っていますが、今日はカメラの台数も多く、クレーンカメラまで入って演奏主体ではなく完全に収録主体です。

演奏の構成は第1部が大河ドラマの主題曲、色々思い出のある曲もたくさんあります。曲の構成とすると、最近は3部形式で中間にスローパートを入れたものが主流になっているようですが、この形式で印象に残っているのは山本直純作曲の「武田信玄」のテーマです。残念ながら、「武田信玄」は演奏曲から漏れていました。第1部の最後は現在放映中の「天と地と」のテーマ、生で聞くと、うちのテレビは低音が出ていないことを痛感します。今日の指揮は秋山和慶さん、話すとすごい低音なんですね。家のテレビでは、よく聞き取れないかもしれません。

第2部は通常の演奏会形式で、シューマンの交響曲第3番「ライン」。大河から大河へ、ということらしいです。ところが冒頭で曲が終わったらすぐ拍手をする練習をさせられたせいか、N響+NHKホールでは珍しく、楽章ごとに拍手が来ました。まあ今日はお祭りですから、ご愛敬でしょう。アンコールに相当する「美しき青きドナウ」を演奏して、2時間の収録が終わりました。2時間、楽しめました。

放送は11月15日、1時間半の拡大版だそうです。客席に照明を当て、カメラも客席専用カメラがありましたので、、ひょっとすると写っているかもしれません。

2009/10/05

「大人の休日」撮影旅行記(5)

2009年9月6日(つづき)

来た時と同様、キハ40の単行で函館に戻る。ところが今度は部活の高校生で満員、仁山の引き上げ線をじっくり見ようと思ったが、右側の席には座れなかった。仁山のトンネルを過ぎると天気は一転して晴れ、やはり山一つ隔てると、天気は全く変わってしまう。まあいきなり来ていきなり良い写真が撮れたら、苦労はない。途中の渡島大野には北海道新幹線の車両基地を建設中、どうやらこのあたりに新函館駅ができるようだ。函館からずいぶん離れている。Dscf2428a


函館駅でちょうど出発するスーパー白鳥がいたので、789系というよりJR北海道のドア操作方法を見てみた。車掌が乗務するのは2号車のドアのある車掌台で、ホームに降りたままドア操作、ドアが閉じたことを確認して列車に乗り込み、車掌台のドアは開けたままで発車合図をする。そしてドアは開けたままホームの監視を続けるので、東京近郊の私鉄でいえば京浜急行と同じやり方である。小生はこれが一番乗客の安全性が高いと思っている。東京近郊のJRの、発車合図無しで発車するやり方は、何とかならないものか。Dscf2429a


函館で昼食を取り、摩周丸へ向かう。乗る列車は15時42分発の白鳥30号なのでもう少し大沼にいても良かったのだが、摩周丸を見るために少し早く戻ってきた。なお今日の午後の上り白鳥は、全列車満席である。Dscf2430a

青函連絡船に乗ったのは40年前の1往復だけであるが、それでも今となっては乗った経験は貴重である。その時に乗った羊蹄丸は、現在青森に係船されている。摩周丸は、残念ながら車両甲板には入れない。鉄道連絡線への貨車の積み込みと引き出しは、船と連携した独特の技術を要するが、その技術も忘れられている。ただもう必要とされることもあるまい。その当時乗った1等指定席(1等自由席と指定席では、同じ1等でも席が違う)も再現されている。その当時は読書灯はなかったように思う。Dscf2434a
座ってみて広いシートピッチに、当時のことを思い出す。往復とも出航前に寝てしまい、起きたのは接岸のショックでだった。操舵室にも行ってみる。操舵輪はいわゆるパワステなので小さいが、自動車のように斜めに付いている。小型船なら見たことがあるが、大型船で自動車タイプの操舵輪は、初めて見た。Dscf2435a


ビール(キリン淡麗生グリーンラベル)とおみやげを買って白鳥30号に乗り込む。ビールはもちろん千歳工場製だ。同じホームの向かい側に、函館からの北斗が到着する。函館では札幌から本州方面への乗り継ぎが同一ホームでできるように考慮されている。やがて発車、海峡線には何回も乗ったが、函館側から青函トンネルを通過するのは初めてだ。沿線にいかにも北海道らしい家が多いが、「北海道らしい」と感じる要因を調べてみたところ、雨樋がないことと、石(またはコンクリート)造りの煙突があることだと分かった。Dscf2437a
青森側に入ると雨樋のない家はあるが、石造りの煙突は姿を消す。また本州の雪国に多い屋根の雪止めは、北海道にはない。木古内で左側に松前線の跡があるのに気がつく。青函トンネルを抜けると、雨がぽつぽつ落ち始めた。Dscf2440a

青森で意外なことの半分近くの乗客が降り、また同数乗り込んできて満席になる。789系が自慢の快足を披露できるのは、青函トンネル内と青森-八戸間だけである。八戸での乗り換え時に弁当を買う。また八戸での弁当になってしまった。この後はやてを大宮で降り、明日の会議のためあさまに乗り換えて高崎に向かうことになる。

(完)

2009/10/04

相沢吏江子さん

2009年10月4日

久しぶりに、すみだトリフォニーホールに行ってきました。新日本フィルの演奏会で、目的はピアニストの相沢吏江子さんです。相沢吏江子さんは、古い方は記憶にあると思いますが、20年ほど前にNHKでやった「ピアノでポップスを」に榊原るみの娘役で登場しました。その頃の「しっかりした吏江子ちゃん」がホロショフスキーに教わっているという話を聞き、やがてプロデビューして時々目にするようになりました。今回たまたま聞く機会があったものです。

東京都といってもほとんど神奈川県に住んでいる小生にとっては、錦糸町にあるすみだトリフォニーホールは行動範囲外で、行くのは久しぶりです。音が良いようにと思って3階席を取ったのですが、3階席の通路から後ろは、後列の最前列だったのに前の席が邪魔になって舞台の前半分が見えません。逆に敬遠したバルコニー席の方が良かったようです。それに3階は5階相当ですが、男子トイレは3階相当のところにしかありません。これは結構大変です。エレベーターがあるにはありますが。

さて相沢吏江子さん、前の人が少し左に動くと隙間から見えるので、チラチラと見ることができましたが、遠目では細い腕にショートカットの髪で、まるで少女のような雰囲気です。シューマンピアノ協奏曲イ短調は聞いていて気持ちの良い演奏でした。あれと思ったのは退場するときの歩き方、日本人の女性ソリストは大抵背筋は伸ばしていてもちょっと伏し目がちに引っ込みます。それが胸を張り頭を上げて「昂然」といった感じで引っ込みます。後でカミさんに聞いた話ですが、ずっとアメリカ生活で、近所の小さいホールのオーナーによれば、中身はすっかりアメリカ人だそうです。アメリカ人ならあの引っ込み方も納得です。

その日のメインはチャイコフスキーの5番(指揮は、デリック・イノウエ)。2楽章のホルンソロの後そのメロディーが木管からチェロに渡りますが、その時の名手古部さんのオーボエソロがすばらしく、久しぶりに背中がぞくぞくっとしました。その他の楽章の演奏もすばらしく、久しぶりに良い演奏を聴きました。

2009/10/03

「大人の休日」撮影旅行記(4)

2009年9月6日(日)

今朝は7時26分発の函館線各停に乗る。目的地の大沼は各停しか停車しないので、これに乗るしかない。大人の休日パスの区間から外れるので、切符を買って乗る。昨日と4分しか違わないのだがこの4分は大きく、今日はホテルの朝食を採らずに昨日買っておいたコンビニサンドだ。主要幹線の函館本線と言えども各停はキハ40の単行、800番台だ。車内でサンドイッチを食べる。出発してすぐに函館運転所の脇を通るが、先頭だけ国鉄色の183系がいた。やがて編成全部塗り替えるのだろうか。Dscf2427a


函館本線は七飯までは複線で、そこから勾配の急な旧線と、新しく勾配緩和のために作られた下り専用の通称藤代線とに別れる。関ヶ原の新垂井あたりと同じだ。旧線は上り列車用であるが、各停は旧線を通る。この線はかつて仁山越えと言ったが、その仁山駅は登り勾配の途中にあり、雰囲気の良い駅舎と加速線の跡が残っている。Img_0735_1a
蒸気機関車時代函館本線はD52が引いていたが、重い貨物列車は勾配途中の駅からは起動ができなかったので、水平の加速線に一旦引き上げてそこから勢いを付けて上った。熊本の田原坂にもあったが、跡はまだ残っているはずだ。仁山に降りて撮影したいが一旦降りると2時間以上待つことになるので、しっかりスケジュールを立ててこないといけない。キハ40も仁山を発車するときは、ノッチを先に上げてからブレーキをゆるめる。自動車の坂道発進の要領だ。Img_0744_1a


大沼に着く。朝方まで雨が降っていたようで、まさに雨上がりの様子だ。昨日の五稜郭の天気は、一体何だったのだ。大沼には40年前の冬に撮影に来たことがあるが、当時の記憶は全く残っていない。当時の撮影行は、駅からは線路を歩いて目的地まで行ったことだけは確かである。さすがに現在はそれはできず、国道5号線を歩いて行く。交通量が結構多い。その40年前は氷結した小沼側からC62を撮ったが、当時は簡単に沼に降りられたようだ。6_1a


目的のポイントに着く。先客が2グループ、今回の旅行で同業者にあったのは初めてだ。ここは広いので、多少の先客がいても場所はある。挨拶して後の人の邪魔にならないことを確認し、荷物を降ろす。函館本線がもっとも大沼の近くを走るところだが、大沼自体は大沼と小沼の、繋がっている2つの湖からなっており、こちらは小沼である。やがて貨物列車がやってくる。Img_0759a
機関車運用表ではDD51になっていたが、来たのはDF200の重連だった。沼の向こうの山に霧がかかっているのが誠に残念である。スーパー北斗を撮るが、ここでも先頭部に人がいる。写真を拡大してみたら、線路監視の保線区員のようだった。その後DD51や183系の北斗などを撮る。撮影の合間はガードロープに腰を下ろし、足に無理がかからないようにする。Img_0772a


DF500重連の後は他のグループは立ち去り、ここまで一人だったが今度は後続が自転車で現れた。やはり東京から「大人の休日倶楽部」できた人で、自転車は大沼公園のレンタサイクルである。なるほど、こういう手があったか。3_1a
片目になってから一度も自転車に乗っていないが、今度試してみよう。雑誌に出ているポイントがここだということを教え、もう少し先に行けば天気が良ければ駒ヶ岳と一緒に写せるポイントがあることも教える。そう、天気が良ければ、である。小生はあきらめ、函館に引き返すことにする。

大沼駅まで国道5号線を歩いて戻る。何か大会でもやっているのか、高速ツーリング仕様の自転車のグループが、ひっきりなしに通る。雨が落ちずに何よりである。大沼から函館までの切符を買う。考えて見れば、五稜郭までで良いはずだ。Img_0812a
次はそうしよう。大沼では函館側も長万部側も線路が別れており、X字の中心に当たる。そのため駅の構内は広い。架線がなく複線で広い構内を持った駅はかつては筑豊にもあったが、現在では北海道でしか見ることはできなくなった。また分岐駅でもあるので、大沼折返しの列車もある。こちらもキハ40の単行である。

(つづく)

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