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2009/09/28

心臓の検診、異常なし

2009年9月28日

3ヶ月に1回の、循環器の検診に行ってきました。血液検査で本来の目的のPT-INR以外に色々調べますが、
白血球数:5,400、赤血球数:501万、血小板数:20万1千と血液自体は順調です。なおPT-INRは1.74で、薬の量は変化無しです。心臓自体は特に問題はなく、次も3ヶ月後になりました。次回は心電図も一緒に撮ります。体調自体も得に気になるところはなく、逆にかかとが痛いのが気になる(原因は分かっているので、気になると言うより、うっとうしい)くらいです。

IFNが終了する頃、外科の先生のところにいつ行こうかと段取りまで決めていたのですが、嘘みたいな話です。もし小生のように心臓に持病を持っていてIFNを始めよう、もしくは治療中という方がいらっしゃいましたら、心臓が悪くなってもIFN終了後最低1年は放置して様子を見ることをお勧めします。心臓病の本に「不可逆性」(つまり、元には戻らない)と書かれていることでも、2年くらいかけてかなり回復します。

2009/09/27

「大人の休日」撮影旅行記(3)

2009年9月5日(つづき)

木古内はおろか、松前半島で下車するのが今回初めてである。来たときには気がつかなかったが咸臨丸の解説、咸臨丸が沈没したのはこのあたりらしい。ホームに出て白鳥3号を待つときに、駅の外れの車庫の中にDE10がいるのに気がついた。おそらく青函トンネルの救援用であろう。485系3000番台の白鳥3号で函館に向かう。Dscf2415a


函館に着いたら、「歓迎!大人の休日倶楽部様」の横断幕。大人の休日倶楽部パスはJR東日本だけの発売なので、函館まで来てもJR北海道の収益にはならないのだが、やはり「函館まで来たのだから」と大沼や洞爺湖まで足を伸ばす人がいるのであろう。小生もその一人だが。駅ビルで遅い昼食を取る。Img_0722a


もうアーリーチェックインの時間帯なので、ともかくホテルに行く。チェックインして部屋に入り、靴下を脱いで足にボルタレンを塗る。Sカーブのところで立ちっぱなしだったので、結構痛みが出ている。まあ痛いだけなので、痛み止めを塗っておけばいい。Dscf2420a


荷物を置いて身軽になり、とりあえず市電でも撮るが、思い立って五稜郭に行ってみることにする。前回函館に来たときには、五稜郭は行く時間がなかったのだ。ここは市電ではなく、バスの方が近い。ちょうど良い時間のバスがあったが、降りる駅を間違え、1つ先まで行ってしまう。天気も良し、景色も良しで、五稜郭公園の横を歩く。五稜郭タワーが青空に映える。本当に良い天気だ。ただし撮影場所は松前半島で函館市とはまた天気が違い、木古内はどうだか分からない。Img_0725a


五稜郭は公園もきれいだが、やはり上から見下ろした方が良い。エレベーターでタワーの展望台まで上がる。良い天気だが、遠くは雲がかかっている。五稜郭を見下ろす。よくこの見事な五角形を作ったものだ。下を眺めやすいように窓は下が手前に寄っており、あまり窓のそばに行くと足がすくむ。完全なオーバーハング部に立っているのだが、それを考えるともっとすくむので、考えないようにする。Dscf2424a


函館戦争と言えば、土方歳三。新撰組のあの隊服を着た土方と、洋服姿の土方とが同一人物とはなかなか思えない。そういう時代の境目だったのだ。Dscf2425a


今度は市電で函館駅へ。夕食もまた駅ビル。サッポロクラシックがうまかった(治療中の方、ごめんなさい)。Tホテルの部屋でテレビを見ていたら、スタッドレスタイヤのCMが入る。山形でも10月にはタイヤを取り替えていたので、9月はスタッドレスタイヤの広告が出る時期なのだ。この感覚、すっかり忘れていた。
函館泊。

(つづく)

2009/09/23

「大人の休日」撮影旅行記(2)

2009年9月5日(土)

青森の朝はなぜか晴れ、紫外線対策の日焼け止めを持ってこなかったことに気がつく。緯度も高いし9月だし、帽子だけで良いことにする。青森駅前もビルが増え、10年前の寂しい印象がずいぶん変わった。Dscf2410a
八戸に市営バスが走っていることに驚いたが、県庁所在地である青森にもしっかり市営バスが走っている。7時30分発の白鳥41号は485系3000番台、10年前と全く同じだ。JR東日本の車両であるが、車内の冊子は北海道仕様。車掌は函館までJR北、車内販売員は逆にJR東という組み合わせ、運転士は蟹田で交代する。旧運輸省が他社での運転に難癖を付けてきたので、交代せざるを得なくなったようだ。Dscf2412a


海峡線は中小国で津軽線から別れるが、その先の津軽今別も津軽線の津軽二股とほとんど接している。ところが今はそこに渡り線が作られ、青函トンネルの新幹線化工事の基地になっている。青函トンネルは新幹線用として一旦完成し、それを在来線用に改造して開業したいきさつがある。民間の工事だったら最初の工事中に3線化もしくはその準備工事を行って、どちらにでもすぐ使えるようにして開業し、現在の新幹線化工事などやらずに済んだだろうに、国が絡むと色々面倒になる。Dscf2413a


木古内に着いたらやっぱり雨、小雨だが傘が必要なくらいの雨だ。待合室の客の多さにびっくりするが、松前線が廃止されたため木古内は松前行きバスのターミナルとなっており、そのバス待ちの客のようだ。コインロッカーを見つけ、不要な荷物を放り込む。ショッピングバッグを買っておいて良かった。Dscf2414a


木古内駅から地図を頼りに、ネットで紹介されていたポイントへ向かう。昔と違って在来線であっても線路を歩くわけにはいかないので、地図が欠かせない。Img_0663a
道に迷いながら1時間くらいでトンネルの上に到着。その間に上りの貨物列車が1本通過する。貨物列車のダイヤは自分で作ったが、五稜郭の着発時間しか分かっていないので、途中に特急列車の待避などが入ると、通過時刻はまるで違ってしまう。Img_0672a


今の列車は94列車のはずだが、小生のダイヤより20分くらい早い。しかし道に迷っていた間に、雨が上がった。このポイントはトンネルの両側で上りも下りも撮れる。しかし構図は、上り列車の方が良い。後で調べてみたら、天気の良いときにはバックに横津岳や袴腰岳といった1000m級の山が見えるようだ。これは好天の時に再訪する候補地だ。Img_0686aコキ104系できれいに揃った貨物列車が通過する。3062レか。コンテナもフル積載で、ロングで全編成を撮ってもきれいだろう。

線路際まで続く道らしきものが見えたので、藪コギをして行って見る。ところが草が高く、脚立があればいいポイントなのだが手ぶらではダメであった。また戻ったが足回りはびしょ濡れ、雨上がりの藪コギなどするものではない。

今度はもう一つのポイント、Sカーブへ行く。廃線の線路敷きであるが、思ったより住宅の近くだ。雨が上がったので荷物は下ろせるが、腰を下ろす場所がない。この場所はよい場所で迫力があるが、いかんせんできあがった写真は今ひとつだ。構図を決めていたのに列車に釣られてカメラを振ってしまったようだ。まだまだ修行が足りない。Img_0696_1a


だんだん天気が良くなり、暑くなる。しかし足の痛みがだんだん増してきて、休憩のために一旦駅まで戻る。ところが駅前に食堂はあったものの、駅売店は休日でお休み。足が痛いこともあり、予定を早めて13時16分発の白鳥3号で函館に向かうことにする。

(つづく)

2009/09/21

「大人の休日」撮影旅行記(1)

JR東日本の「大人の休日倶楽部会員パス」は函館まで行ける。ということは、函館から先を別途購入すれば、その先へも安く行けることになる。以前からこれを使って函館まで行こうと思っていた。パスの今回の期間は9月3日から9月14日までであるが、この間に土日が挟まるのは5,6日と、12,13日である。しかし12日は年1回の高校の同窓会でそちらも出たいので、使えるのは5,6日だけとなる。その週は4日と7日は会議という悪条件、しかしやっぱり行くことにした。今回の目的地は木古内と大沼、ターゲットは貨物列車である。

事前準備は着々と進めておいた。RailMagazine誌の付録の貨物用機関車運用表から、海峡線と函館線の貨物列車ダイヤを作っておく。旅客列車は時刻表から作れる。それにもう一つ、ボルタレンの塗り薬を買い込んでおく。ボルタレンは怖いくらいに効く痛み止めで乱用はできないが、いざというときには頼りになる。足底腱膜炎がどう暴れるか分からないので、一応用意しておく。薬事法改正後の第一種医薬品は、初めて買った。暇だから良かったが、面談でやたら時間がかかる。SDカードも買い足し、準備はできた。ただ天気は悪いようだ。

雨に降られると北海道は急激に冷えるので、防寒衣も一応用意する。まあ凍死することは無かろうが。もう一つの準備、日曜日には家に帰らずそのまま群馬に直行し月曜日の会議に出るので、群馬に作業服を送っておく。やはり遊びスタイルで会議に出るのは、ちょっとまずい。Dscf2406a


9月4日(金)
完全な遊びスタイルで出勤するので、フレックスを使って出勤時間をずらす。社内は作業服なので、ばれない。午後から定例の役員報告会であるが、組織上はグループリーダーを卒業しているので、報告者ではない。ただし質問に備えて、出席だけはする。こういう時発表順が早いと、助かる。書類上は午後半休で、グループの報告が終わると会議室を抜け出す。さて今から出発であるが、帰りは北海道から群馬に直行するので、会議用の資料もリュックに入れる。駅まで歩くが、荷物が重い。思い立って途中のスーパーにより、たためるショッピングバッグを買う。撮影地点の駅にコインロッカーがあれば、不要なものをこのバッグに入れてコインロッカーに放り込むことがで
きる。心臓病の上に足も痛めているとなれば、荷物は軽い方が良い。Dscf2407a


少し早めに東京駅に到着。隣のホームは「ポケモン新幹線」。航空会社がよくやっていたが、ついに新幹線にまで現れた。はやて25号の入線は発車時刻の20分くらい前だが、発車15分前までドアは開けない。車掌の出場が15分前なんだろうが、客車区から車掌は乗り込んで駅に入線する列車を見て育って来た身には、どうも違和感がある。それでも折返しで3分前に乗車させる山形新幹線よりは良い。ドアが開くとすぐ乗り込み、構内のベックスで買ってきたコーヒーで一服する。車両は車体間ダンパ付のE2系1000番台、同じE2系でもこちらの方が揺れない。

定刻発車、大宮でほぼ満席となる。東北新幹線は防音壁の上にポリカーボネート(ポリカ)で防音板をかさ上げしてあるところが多いが、透明だったポリカも経時劣化でほとんど不透明になっている。ポリカは傷が付きやすい。MAXのように騒音源が床上にある車両を走らせるから、防音板をかさ上げしなければならなくなるのだ。おかげで景色が悪い。
仙台で大量に下車し、また大量に乗車。隣に盛岡までの各停のやまびこが止まっていて、その乗り換え客が多い。各停追い抜きの私鉄急行並みだ。Dscf2408a


計画通りに八戸で弁当を購入。これをやるためには、八戸でゆっくり降りていては間に合わない。弁当と一緒に買った「一番搾り」は、仙台工場製だ。この2つを持って、スーパー白鳥25号に乗り込む。遅い便だが結構混んでいる。789系をよく見たら、2号車にドアのある車掌台があり、車掌はそこに乗っていた。この乗務方式なら、運転席のドアは不要である。定刻青森着。青森で降りるのは、10年ぶりになる。青森のホームでついつい前側(海側)に行ってしまうが、現在の出口は後側にある。青函連絡船も、歴史の彼方だ。
青森泊。

(つづく)

2009/09/19

スペーシアでの出張

2009年9月19日

一昨日、栃木に出張に行く用事がありました。横浜方面から栃木に行くには、オーソドックスだと湘南新宿ラインで小山に出てそこから両毛線ですが、せっかくですので東武で行くことにしました。浅草を午後に出発する鬼怒川温泉行きの特急は、特急料金が割引になるのがあるからです。

ますますこの際で、浅草までも一切JRを使いません。京浜急行から都営地下鉄です。ちょうど来た快速特急泉岳寺行きは2100系、たまたま乗った車両はM車で、ドレミファインバーターの音を楽しみました。泉岳寺で京成の車両に乗り換えて浅草へ、都営の浅草と東武の浅草は、結構離れています。しかし外を歩いたおかげで、東武の立派な浅草ターミナルを見ることができました。09091701a


東武の浅草駅は、最近は多くの人が北千住から乗るためもあって、日光への特急の始発駅にしては手狭です。ホームも無理して作ってあるため、かなりカーブしています。しかし風格はあり、デパートに直結しているのは便利です。このデパート直結型のターミナルは東武が元祖だそうで、その後新宿の小田急、京王、渋谷の東急などが作られています。皇后陛下のご実家の本家、正田醤油の広告看板もありました。

浅草駅では特急は専用ホームからで、入口にはちゃんと係員がいます。100系スペーシアはさすがDRCの後継車だけあって社内設備は良く、ゆったりとしたハイバックシートにフットレスト付、テーブルは4人向かい合わせを考慮して窓側取り付けです。プラグドアのため遮音性もよく、揺れません。ただ高速で飛ばす区間は少ないようです。観光特急だけあって浅草から8人のグループが賑やかです。小生より5歳位年上の男性グループで、最近はこういう世代が暇になり、あちこちで見かけます。ゆったりと栃木まで行けました。09091704a


帰りは新宿行きの特急もありましたがこれは特急料金が高く、6050系にも乗ってみたかったので、区間快速にしました。東武は特急の次に早いのは快速で、急行はその次なので注意が必要です。がら空きだろうと思ったら、何と満員。日光や会津発なので、格好を見たら日光や会津からの客です。外人さんの団体もいました。特急料金の節約でしょう。社内は4人がけのボックスシート、昔の「汽車」の雰囲気です。長距離なのにトイレが付いていないと思ったら、付いている車両もあるようです。しかし長時間乗るのには疲れますね。そのためほぼ1時間ごとに途中下車し、急行などを乗り継いで3時間かけて家まで帰りました。なお仕事はしっかりやってきています。

2009/09/16

コンタクトが1年持った

2009年9月16日

先日コンタクトに何か違和感があり、夕方外してみたら、端に裂け目が入っていました。どうやら寿命が来たようです。このコンタクトは4つめで、2つは紛失、後1個は半年もしないうちに裂けました。今回のものを買ったのは去年の7月ですので、約1年1ヶ月持ったことになります。やっと1年持ちました。

今のソフトコンタクトは1日タイプ(洗浄しない)や1週間タイプ(たんぱく除去をしない)がほとんどで、小生のもののように1週間ごとのたんぱく除去を行いながら使うタイプは、ぐっと少数になりました。小生のコンタクトは17度という高度数なので、1週間タイプもないようです。
しかし1年持ったと言ってもすんなり持ったわけではなく、
5が月:コシが無くなり、すぐずれ、やたら外れやすくなる
8ヶ月:コシが無くなった状態でバランスしたのか、また安定期
1年:また少しずれやすくなる
と調子の良いときと悪いときが交互に来ます。本来は最初に不調になった5ヶ月くらいで取り替えた方が良いのでしょうが、2万円強のものを半年弱で使い捨てにするのは、経済的負担が大きすぎます。何とか1年間は使いたいものです。09091601a


去年2個同時に作ってもらったので、スペアが1年間待機していました。早速新しいものに取り替えましたが、さすが新品、装着感がよく不自然さが全くありません。やはり半年ごと交換の誘惑に駆られます。
洗浄するときは久しぶりに弾力性のあるものを扱ったため、飛ばしてしまいました。3個目を紛失して以来洗面台の排水口には蓋をして扱っているので、すぐに発見でき、事なきを得ました。近いうちに眼鏡屋さんに行ってスペアを発注しますが、ボーナスが無くなったので、この費用をどこから出そうか悩みます。

写真はコンタクトの入っていた入れ物、ほとんどバイアルです。

2009/09/13

戦争中の義父

2009年9月13日

先週の日曜日に北海道から出張先に直行し、月曜日は何食わぬ顔で仕事は終わりました。ところがこの週、お客さんとの技術打ち合わせが2回(別のお客さんです)も入り、すごくハードな週でした。
昨日は高校の同窓会があり、今日やっとゆっくりできたところです。ちなみに高校の同窓会は「東京支部」同窓会で、会場も東京です。忙しかったの北海道の写真も整理せずにそのまま、旅行記はそのうちに書きます。

さて今日カミさんとその高校の話から、小生は中学受験をやっていないので受験用算数はできないという話になり、義父(カミさんの父親)も理系だったという話になりました。ところが話しているうちに、義父の経歴がカミさんの認識していた父親像とだんだん食い違ってきて、最後はインターネットで調べることになってしまいました。

カミさんの認識も、小生が聞いた話も、義父は結核を病んだために戦争に行かなかったという話でした。いわゆる丙種合格です。ところがどうも違っていました。

義父は茅場製作所(現在のカヤバ工業)で飛行機の脚の設計をしていたそうです。飛行機の脚は専門メーカーに任されていたはずなので、その当時だったら陸軍機では疾風、海軍機では紫電改あたりの設計に参加したのでしょうか。丙種合格で戦争に行かなかったのではなく、重要兵器の設計者だったので国内に留め置かれたのでしょう。すでに軍属扱いだったかもしれません。その後岐阜工場の立ち上げに参加し、そこで身体をこわして退職または休職となったようです。

義父が元気なときにこの話を知っていれば、もっと詳細に飛行機の機種やら設計ポイントなども聞いてみたかったです。親父のノモンハン同様、聞きたいときには親はなし、です。

2009/09/06

大沼にいます

大沼にいます
昨日は木古内で海峡線の写真を撮り、今日は大沼まで来ています。昨日今日と函館市内は晴れているのですが、ちょっと山の方に入ると天気が悪いです。それでも、まあまあの写真は撮れました。写真は五稜郭タワーです。

2009/09/03

大人の休日切符

2009年9月3日

明日、会社の会議を途中で抜け出し、2泊3日で海峡線と函館線の写真を撮りに行ってきます。「大人の休日」切符です。月曜日は群馬で会議ですが、日曜日の帰りが遅くなるのでそのまま直行、結局3泊になります。群馬にはすでに作業服を送ってあるので、知らん顔してそれを着ています。
やっぱりこういう計画を立てると(行いが悪いので)、土曜日の天気は悪そうですね。雨がひどければ、一般の観光に切り替えます。

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