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2009/06/29

心肥大は進行せず

2009年6月29日

旅行記の続きを期待されている方には申し訳ないのですが、今日は循環器の検診に行ってきたので、その記事を。
いつもの通り、採血から。前回(3月)からシステムは変わって、採血も番号表示になっているのですがすっかり忘れ、看護師さんに「来る度にやり方が変わっている」と言ってしまいました。この方式、本院では以前からやっているそうなのですが、分院にはやっと3月から導入したそうです。どう見ても流れは悪くなっており、今は昔ほどの「強ミノラッシュ」が無くなっているので、導入できたのでしょう。やはり名前を呼ばれることに文句を言う人もいたようです。
看護師さん「まあ文句を言うのは大抵名前を聞いても誰も知らないような人で。」
小生「やはり本院の方が有名人は多いんでしょう?」
看「いや、本院は特別室があるので、そちらに回ってもらえれば良いんです。でもこちらにも、一人で来て良いのかと思うような方が一人で来たりしますよ。」
小「私がかかっている別の病院は、偽名可になっていましたが。」
看「あ、昔やっていました。プロ野球の選手が偽名でやってきたことがあります。」
採血中は真空採血管に任せて暇なので、こんな話をやっていました。

今日はX線撮影もあります。近いに降りて場所を聞いてとことこと行ったら、何となく見覚えのある場所に来ました。かつての新館の、準備はしたものの使われなかったエントランスホールの地下です。97年の入院中に、ここは人が少ないので公衆電話を使いに、病棟からここまで来ていました。X線はごく普通、正面からと横からの撮影です。

診察の結果、特に血液検査の結果は問題なく、赤組白組とも良好。血小板数も216Kと良好です。PT-INRは1.78、1.8あたりが狙い目らしく、良いところです。今回は心エコーの結果も出ていました。印刷した紙をくれませんでしたが、逆流度は2で変わりなく、LVDs(収縮時左心室内径)は35でした。前回の心エコー、2008年4月が34でしたからほぼ変わらず、ほとんど変化無しと見て良いでしょう。小生の場合、変化無しは非常に良いことで、うまくいけば心臓の手術は無しで逃げ切れます。チラと見た所見にあちこち「石灰化」という文字が見えましたが、これが心配なのは手術をするときに弁形成がやりにくいということで、手術をしなければ特に問題はありません。先生も、X線の結果でも心臓は大きくなっておらず、このまま経過観察ということになりました。次回は3ヶ月後の9月です。

なおレニベースの日光過敏症について聞いてみましたが、ほとんど無いとのことです。薬剤師の新しい先生に聞いても、まれな例とのこと。やはりどこかで皮膚科に確認した方が良さそうです。

2009/06/28

襟裳から小樽へ(1)

定年前に休暇を取り、旅行に行く人は多い。大抵の人は休暇が余っており、そして完全に退職するとなると、なおさらだ。小生が以前仕えた部長は、奥様と二人でヨーロッパへ行った。小生もヨーロッパは無理としても、沖縄へ行こうと考えていた。沖縄に行くとすれば5月だが、今年になってやたらと忙しくなり、5月には休みは取れなさそうになってしまった。となると、また北海道である。
北海道にカミさんと二人で初めて行ったのはちょうど10年前、1年遅れの銀婚旅行である。1年半かけた2回目のIFNが不調に終わった後で、IFNは不調だろうが何だろうが、体調が戻るのが何よりうれしかった。その時は北の果てで、それから東のはて、地の果てと、端ばかり行ってきた。残ったはては、襟裳岬である。それに行き残した近場と小樽を組み合わせ、強引にスケジュールをやりくりして退職前の6月に組み込んだ。取得が義務づけられているリフレッシュ休日を取得も兼ねているから、文句を付けられない。しかしいつもは7月だったので、着るものが少し厚くなる。

普通定年退職する人は最後の1ヶ月はほとんど休暇なのだが、6月30日に報告会が入っているくらいスケジュールがタイトになっている(人使いの荒い会社だ(^_^;)。最後は二人で北斗星で帰ってくることも考えたがやりくりが付かず、やはり小生だけ1日前に飛行機で帰るという、いつものパターンになった。ところがである。楽に取れると思った帰りの北斗星が満席、切符を頼んでおいたJTBから携帯にどうするかとの電話があった。頼んでおいたのは個室だが、開放寝台も満席。二人用個室だけが空いているというので、それを頼んだ。室料だけ2人分になるが、乗車券特急券は一人分で良いというので、助かった。後日関係者に話を聞く機会があったが、青函トンネルの新幹線化工事の時間確保ため、乗客は多いのに北斗星の本数を減らし、「エルム」も運転しなくなったという。これでは北斗星やカシオペアの切符が取れなくなるわけだ。ともかく、確保できて良かった。

北海道に行くときは、いつも周遊券を使っている。今回はゾーン券を「道央ゾーン」にするか、「道南ゾーン」にするか、迷った。どちらも同じ値段であるが道央ゾーンだと襟裳岬まで周遊ゾーンに入るが大沼と洞爺湖が範囲外、道南ゾーンだと青森以北が周遊ゾーンで大沼も洞爺湖も乗り降り自由だが、距離の長い日高線が範囲外になる。迷った末に道南ゾーンにした。細かい計算はしなかったが、ゾーンの入口までの乗車券が安いのと、襟裳岬往復は地元だけの割引切符があるかもしれないと考えたからである。そしてスケジュールは、6月18日から22日までの4泊5日となった。前述の17日が一緒に定年退職するかつての戦友のお祝い会、帰ってきた翌々日は新規事業のプレゼンと業務報告会という、隙間をぬっての旅行となった。


2009年6月18日(木)

長距離を旅行するというのに、東京駅発12:56という遅い出発である。昨日まで仕事の上に宴会まであったので、ゆっくりしたスケジュールにしておいた。今日は函館までなので、これでも十分到着できる。新幹線のおかげで、早くなった。しかし体調がいまいちすぐれない。トイレ(大)にもひっきりなしに通うし、何となく熱っぽくて風邪薬まで飲む。カミさんからいわれて体温を測ったら、36.8℃であった。普通の人なら平熱範囲だが、小生の平熱は35.8℃なので、十分微熱の範囲である。しかしインフルエンザでは無さそうだし(インフルエンザならもっと熱は高く、身体の節々が痛い)、体温計だけ持って出発することにする。以前平戸に行ったときには一番不便なところで熱を出し、帰るにもままならないのでそのままスケジュール通り行動したが、今回はどこででも引き返せる。Dscf2157a


出発前に宴会も含め忙しかったこともあるが、小生は体調が悪くなった原因は、前日に部下をかなりきつく叱りつけたことだと思っている。叱ることは、すごく体力を使う。小生は定年後は部下無しの一匹狼にしてくれと頼んだが、全体管理もそのままやらされそうだ。まあ何とか東京駅までは来た。

(つづく)

2009/06/27

日光皮膚炎と日焼け止め

2009年6月27日

以前からレニベースの副作用による日光皮膚炎、もしくは日光過敏症ではないかと気になっていました。そこで先日、皮膚科に行ってみようと思い立ちました。近所に「日曜も診察」という看板を掛けた皮膚科があり、そこの土曜日に行ったところ、何と休診。看板に偽り無しで日曜日はやっていますが、代わりに土曜日は休みでした。そこでまた翌日行ってみたところ、「学会出席のため、本日の診察は終了しました」との看板、2回もふられてしまいました。

2回もふられると行く気がなくなるもので、もたもたしているうちに(例の網戸の工事で)すっかり日焼けしてしまい、日光皮膚炎かどうかわからなくなってしまいました。皮膚科に行くとしても、来年です。

今年は対症療法で、日焼け止めを塗り始めました。朝の慌ただしい時間に作業が増え、しかも鏡に向かって顔をどうこうするのには慣れていないので、時々電車1本遅れています。しかし日焼け止めの成分というのは、修正液とほとんど同じですね。さすがに溶剤は違いますが。買ってから成分にエタノールが入っていることに気がつき、一旦手のひらにとってなるべくエタノールを飛ばしてから塗っています。広告では水だけというのも見ていますから、エタノールアレルギーの小生は、次はそれを買います。

体感的には、皮膚に一番影響の出でるような日焼けをするのは、4月末から5月始めです。この間の天気の良い日がどうも一番波長の短いUVが届いているようで、いやな日焼けになります。同じ頃熊本で炎天下にいましたが、熊本の方が湿気が多かったのか、特に気になる日焼けはしませんでした。4月はまだ日焼け止めが店頭に並ぶ前なので、今年の夏に買い込んでおきます。

2009/06/22

無事帰ってきました

2009年6月22日

今日飛行機で、無事帰ってきました。飛行機嫌いのカミさんは北斗星なので、明日の到着です。函館から大沼、洞爺湖、襟裳岬、小樽と回ってきました。Dscf2239a
北海道にはいつもは7月に行くのですが、今年は休暇(と言うより定年)の関係でいつもより1ヶ月早く、おまけに今年は6月にしては寒いそうで、東京の4月並の気温でした。着るものは全行程長袖で、小樽以外はトレーナーを着っぱなしでした。Dscf2383a


すっきりは晴れませんでしたが、その分大雨もなく、襟裳岬の霧雨で唯一傘を使ったくらいです。
そのうち旅行記にまとめます。写真はその傘を差した襟裳岬、小樽運河の夜景、それに小樽総合博物館(実質は、手宮鉄道博物館)にあるC55です。Dscf2318a


明日から会社(;_;)、今月の業務報告書を書かなければいけませんが、かなり現実から遠ざかったいます。

2009/06/19

苫小牧です

苫小牧です
函館から大沼、洞爺湖とまわり、苫小牧に来ています。明日は襟裳岬です。日高線は周遊券の範囲外なので、別に切符を買ったら、往復で8900円もかかりました。天気は今のところ持っていますが、気温は北海道の五月並、寒いです。写真は、洞爺湖です。

2009/06/17

北海道に行ってきます

2009年6月17日

明日(6月18日)から、北海道に行ってきます。定年記念旅行と、またまた1年遅れの、今度は珊瑚婚旅行です。今回はあまり遠くには行かず、道南と襟裳岬、それに小樽です。小樽は他のところと組み合わせづらく、今回初めての訪問になります。
えらいサンの懇親会で例のビデオが披露されるのが19日(金)、一応連絡があっても良いように、会社の携帯は持っていきます(^_^;。

では皆さん、行ってきます。

2009/06/15

挨拶ビデオ撮影(続編)

2009年6月15日

先週(6月8日)に書いた挨拶ビデオの編集がほとんど終わり、チェック依頼が来ました。一番最後の挨拶の分が手違いで消えてしまったので、そこは今日撮り直しましたが、残りはできあがっています。朝(始業前)にざっと見て、部長もOKしたので、挨拶分を付け足すだけになりました。

そのほとんど完成したビデオ、自宅に持って帰ってカミさんと一緒にじっくり見ました。まず最初の挨拶とスピーチ、しゃべりが時々引っかかりますが、まず及第でしょう。原稿無しで5分以上しゃべっていますが、結局今までの結婚式の挨拶(主賓)、朝礼など、全部原稿無しで通しました。ここはまだぼけていません。その後のくだけバージョン、ベースは「3年B組、金八先生」ですが、えらい人がどこまでこれを理解してくれるかどうかです。しかしかなり爆笑を誘うようなできあがりでした。公開できないのが残念です(笑)。

カミさんの意見は、まず目が目立たなくなったこと。小生は「あ、目が悪いのがわかるな。」と思っていたのですが、当人と他人とは、意識が違うようです。「意外と声が高いのね。」そりゃそうでしょう。昔はセカンドテナーでしたから。とは言うものの歳を取るとだんだん声が低くなるようで、そういう面からは小生はまだ老けていませんね。

二人の意見が一致した第三者的な見方、腹が出ていない、髪の毛がある。この二つは、定年の挨拶ということを考えると、画期的なようです。しかし3回もIFNをやったのに、何でまだ毛があるんだろう。親父のこの歳の時は、髪の毛はほとんどありませんでした。

このビデオ、「南海部長定年プロジェクト委員会」なるところが作ったことになっていますが、要はR&Dのメンバーで、監督、撮影、出演と、大勢のメンバーが協力してくれました。閑な会社という見方もありますが、挨拶ビデオの撮影ということでこれだけ協力してくれるのですから、有り難いことです。

2009/06/14

我が家も地デジ化

2009年6月14日

2週間待ちだった液晶テレビが配達されました。本当は古いブラウン管テレビもしばらくは置いておきたかったのですが、リサイクルは配送車に持って帰ってもらわないと後が大変なので、持って帰ってもらいました。これは販売店で買って、15分歩いて持ち帰ったものです。今はもうそんな体力はありません。

ビデオデッキとテレビをセットで買いましたが、今使っているデッキはDVD/ハードディスク/VHSと3種類の録画/再生ができるので使い勝手がよく、アナログ放送が停波するまでそのまま使います。新しいデッキは、しばらくお蔵入りです。
アンテナ線の接続はアナログだろうとデジタルだろうと関係なく、普通の同軸ケーブルです。映像/音声ケーブル(赤、白、黄色の端子)の入力端子もあったので、それもそのまま繋ぎます。これでできあがりで、後は自動でチャンネル設定になります。そうそう、デジタル放送を受信するためには、変な(?)ICカードが必要なんですね。違法コピー防止の一環なのでしょうが、録画機能のないテレビもこれを入れないと見られないとなると、将来の全放送有料化の布石ではないかと思ってしまいます。

自動割り付けでチャンネルを設定すると、アナログ放送から順に設定するのに、デジタル放送のチャンネルです。つまりテレ朝が5チャンネル、テレ東が7チャンネルです。教育テレビが2チャンネルになったのは、皮肉でしょうか。これは手動でアナログ放送と同じに、再割り付けをします。建物の構造からBSが受信できずBS分を開ける必要がないので、ここは自由にできます。

そこで受信テスト、きれいな画面で、文字表示を見るとどう見てもこれはデジタルです。小生が住んでいるのは集合住宅(つまり、集合アンテナ)で、先日「デジタル対応の工事をする。日程は未定だが、工事中は15分くらいテレビが見られなくなるので、ごめんね。」というチラシが郵便受けに入っていたのですが、工事はもう終わっていたようです。

ところがところが、アナログ放送が受信できません。表示は「電波が来ていない。アンテナの接続を確認しろ。」ですが、同じケーブルで地デジは受信できているので、アンテナ線ではありません。試しにビデオデッキ経由で受信するとアナログ放送も見られるので、アナログの電波もちゃんと来ています。考えられることは映像/音声ケーブルを往復用に2系統繋いだため、どこかが干渉してしまったか、です。しかしデジタル放送を見た後アナログの録画を見ると、今まで気がつかなかったアラが目立ちます。小生が住んでいるあたりは関係者には結構有名な電波状態の悪いところらしく、アナログ放送もゴーストがあります。今までそんなものだと思っていたのが、一旦きれいな放送を見てしまうと、もうダメですね。アナログが生で見られなくても実害はないので、当面このままにしておこうかと思っています。

なお最近の薄型テレビは額縁を小さくしているのでスピーカー口径が小さく、音は悪くなっている(特に、低音が出ない)と言われています。そのあたりはこれから徐々に確認し、どうにも我慢ができないようなら、スピーカー増設です。

2009/06/11

目は変わりなし

2009年6月11日

久しぶりに、眼科の診察に行きました。今眼科は半年に1回になっていますが、F病院は予約ができるのが向こう3ヶ月です。それでもたもたしていたら満員でなかなか予約が取れなく、予定より1ヶ月遅れました。視力は0.08で変わりなく、視力検査板の一番上に明かりが点いているのはわかるのですが、どこが切れているのかまではわかりません。

今日は良い方の左目にも散瞳指示が出ており、左目もじっくり検査してもらいました。左目は良いと言っても、軽い飛蚊症があります。このことを話しましたが、これは年とともに硝子体がだんだん小さくなり、隙間ができてくることにより起こるものとのことです。まあ、言ってみれば老化現象ですね。他は問題なく、右目も安定しています。しかし見える目を散瞳して強い光を当てて検査するのは、はっきり言って拷問ですね。しばらくは何も見えず、外来の師長さんが「あら、お久しぶり」と声をかけてきましたが、全くわかりませんでした。仕事ができるようになったのは、午後からです。

右目の方はもう炎症はすっかり無くなっています。網膜に膜が張り付いているのですが、その膜も完全に固定しています。この膜が網膜をふさいで視野を狭くしているのですが、小生の場合は中心部がわずかに開いているため、視力検査で0.08という数字が出てきます。左目は矯正視力1.5のため右目は日常は全く役に立ちません。それでも右目だけで物を見てつかんだり、位置を確認したりすることが可能なので、たまには右目だけを使って右目に見えることを自覚させながら、非常用として大事に取ってあります。左が白内障になって手術するときなどには、右目が見えるおかげで、常時介護の必要はなくなります。あまり見えない右目にコンタクトを入れて使っているのは、廃用性斜視の防止と、非常用として準備しているためです。目も使わないと、どんどん見えなくなりますので。
でももし右目だけになったら、コンタクトを入れたり、また洗浄したりするのが大変ですね。その時は瓶の底目眼鏡でしょう。

今回で、目薬も完全に終了しました。今右目は、市販の「コンタクトの上からさせる目薬」というのを使っています。時々コンタクトの表面が乾くので、そういうときには役に立ちます。またF病院の眼科は、近いうちに隣の建物に引っ越すそうです。今度行くときは、隣の建物です。

2009/06/08

挨拶ビデオ撮影

2009年6月8日

会社で定年挨拶ビデオの撮影が終わりまた。あーしんど。事の起こりは先日、社長室から「えらい人の懇親会に出席して、挨拶しろ。記念品をやる。」(原文はもう少し丁寧)というメールが来てからです。来たのはその懇親会なるものの2週間前、定年前は休暇を取って北海道に行こうと思っていたので、とても間に合いません。そこで「今頃言われても、出られるわけねーだろー。」というメールを少し丁寧な言葉に直し、送りました。実はこの休暇、虫が知らせたのか4月中に部長の判子をもらっていたのです。これでアリバイも完璧と思っていたら今度は、「記念品をやるのだから、ビデオででも挨拶しろ。」というメールが来ました。こうなるともう仕方ありません。

このビデオの話に部長が乗り、前半真面目、後半くだけた構成にすることになりました。どうせ見る人はアルコールが入っているのですから、多少のことは平気です。そこで今日、会議室で前半の真面目な部分の撮影を行いました。しかしカメラに向かってしゃべるのは、観客がいる前でしゃべるのよりかえって緊張しますね。疲れました。明日か明後日、後半部分の撮影をします。しかし余裕があるというか、閑な会社です(^_^;。Img_0493a


話は変わりますが、昨日は大宮と小山に、新幹線の撮影に行きました。狙いは山形新幹線の「つばさ」。置き換えが決まったらあっと言う間に進み、全運用15本の中に400系は4本しかいません。しかも大宮では日中は「つばさ」は上り列車がかぶって対向ホームからは撮影できないという運の悪さ。Img_0555a
小山に移動しましたが、ここは駅の両側が直線で、あまりぱっとした写真は撮れませんでした。それでも12本中4本が400系だったので、収穫率は良いです。今度板谷峠に行く頃には、もう残っていないでしょう。

2009/06/06

健康診断の結果

2009年6月6日

先日、4月末に行われた健康診断の結果が帰ってきました。特に問題はありませんが、特筆すべきは今回はHLが一つもなく、全測定値が基準範囲内に入っていました。C型肝炎の著効後もその後のステロイド大量投与で身体のバランスが狂い、コレステロールなどちょこちょこと基準値をオーバーしていました。全測定値が基準内なのは、C型肝炎ウイルスがまだおとなしくしていた1985年頃まで遡ります。

ちなみに、身長=176.6cm、体重=69.5kg、BMI=22.3(肥満度1)、腹囲=77.5cm
血色素量=16、赤血球数=530万、白血球数=5500、GOT=19、GPT=15、γGTP=15
などです。

ところが数値は良いのですが、コメントは沢山書かれました。心臓関係が心雑音と不整脈(第1度房室ブロック+ST上昇)、肺が左下野の胸膜癒着と気管支拡張(疑い)にくわえ、左右の上野と右中野に治癒所見がありました。肺は今まで左下野のコメントだけだったので、会社の看護婦さんがびっくりして「ひどい風邪でも引いたの?」と言っていました。実はこれは1980年頃かかった肺炎のあとで、今までも腕の良い内科医なら見つけていました。会社の健康診断では今まで見つからなかったのですが、今回はどういうわけか見つかったようです。よくよく見てみたら、前回までの胸部X線は間接撮影で、今回から直接撮影に変わっていました。それと5月の連休直前という、他の会社がやらないような時期に検査をしたので、先生も閑でじっくり見たのだと思われます。それにしても肺の病気は一生跡が残りますので、油断ができません。

なお昨年10月に行った腹部超音波では、胆嚢ポリープ、肝膿胞にくわえ、大動脈石灰化というのもありました。コレステロールは基準値内に納めていても、加齢による動脈硬化は確実に進んでいるようです。

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