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2009/03/15

VIVA!500系(3)

2009年2月28日(土)(続き)

三原での撮影を終わり、こだまで福山へ移動する。一眼デジカメはこれでお役ご免である。福山は単なる乗換だが、途中下車して昼食、牡蛎ご飯が今日までの限定で(明日からは3月だ)、早速注文する。Dscf2117a
昼食の待ち時間がなかったので余裕ができ、福山城が駅の目の前にあるので、見に行く。天守閣は復元だが、きれいな城である。中が博物館になっているのは復元天守閣の典型だが、箏曲の宮城道雄に関する展示があった。宮城道雄は神戸の生まれだが、その父親は福山の出身とか。天守閣は高台の端の方にあり、上から見ると落差があって結構怖い。Dscf2124a


福山駅の入線メロディーは、「スキー」(山は白銀)である。調べてみたが、作曲者作詞者とも、福山には縁もゆかりもない。ただどうやら「スキー」は冬場の曲で、夏は「海」(海は広いな大きいな)に変わるらしい。福山から岡山への快足サンライナーは、117系4両編成であるが、何とワンマン運転である。Dscf2127a
駅にバックミラーやホームドアなどのワンマン対応の設備はないため、停車した後運転手がドアを開けてホームにおり確認してドアを開けるので、停車後ドアが開くまで時間がかかる。発車も同様運転手がドア閉確認をした後運転席に乗り込む。停車駅の少ない快速だからできることだ。車掌は窓から首だけ出してドア操作をしているのに、えらい差だ。車掌こそホームに降りて安全確認をすべきだ。

今回の目的は、笠岡である。福山は広島県であるが、笠岡は岡山県だ。島に囲まれた天然の良港の雰囲気が、故郷の三角港に似ていたので、ちょっと眺めてみたくなった。Dscf2131a
しかし実際は大規模な干拓が進み、島一つとも連結してしまっている。かつては島に囲まれた湾であっただろうところが、最近の掘込み港と同じ形態になっている。このカブトガニの成育地をつぶしてしまった大干拓が果たして快挙なのか暴挙なのか結論が出るのはまだ先だろうが、干潟が無くなったことによって瀬戸内海の水質が悪化に向かったのは間違いない。Dscf2142a


笠岡諸島は橋が架かっていないため、連絡船がまだ健在であった。潮の干満によって場所を変える高さと角度の違った岸壁と、係留ロープをかけず前進入れっぱなしで乗降させる船を、三角港以外で見るのは初めてだ。やはりどこでもやることは同じだと感じる。ちなみに三角-天草間にフェリー(と言うより、自動車航送船)が活躍していたのは昭和30年代で、5tトラックがやっと1台積めるくらいの小さな船であった。Dscf2146a
笠岡諸島へは各島1日4,5往復の便で、それが各島ごとに出ている。乗用車が5,6台は軽く積める船で、狭いところで旋回できるようにバウスラスタも付けている。笠岡港はまだ活気がある。三角港が寂れてしまったのとの差を考えてみたら、笠岡は国道2号線に面した交通の便があるようだ。笠岡港(フェリーの着く方は、伏越港と言うらしい)の接岸設備を見ただけで、昭和30年代の産交丸や第7通運丸の情景が浮かんでくるのであるから、笠岡は過去の思い出への旅になった。ちなみに三角港の接岸設備は天草架橋の後全部取り壊されてしまい、今は残っていない。Dscf2134a


カブトガニ博物館はここから4km以上あるので省略。笠岡駅前の喫茶室付きのパン屋で一服し、岡山へ向かう。やはり117系、そう言えば117系は京阪間新快速以来の乗車だ。Dscf2155a

岡山から新横浜へはN700系、今回の旅の目的の一つ、各車乗り比べである。のぞみ40号は岡山ですでに満席、さすが土曜日である。新大阪以西は全速を出すので、N700系でもトンネル内は揺れる。それでも700系と比べると、雲泥の差だ。東海道区間は揺れが少ないため、すれ違いの衝撃を余計に感じてしまう。最後の小田原-新横浜間は、なぜかどの車両でも揺れる。それもピッチングがある。路盤が悪いのだろうか?それでもN700が一番少ないようだ。
最後に500系とN700系の、乗り心地ではどちらに軍配を上げるかという問題、小生の感じでは乗り心地では五分、シートピッチがやや広い分だけN700系と言ったところであろうか。

(完)

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コメント

もうすぐ孫の誕生日なので、新幹線のカードを数枚作りました。
写真使わせて頂きました、ありがとうございます。
ああだこうだって3時間もかかりましたが、なかなかの出来です。
PC習った事も無いのに、やくやれると自画自賛してます。

meeさん、ありがとうございます。

ブログにアップするときに原版より小さくしていますが、カードくらいなら使えると思います。
小生の同級生の飲み仲間から、孫ができたと連絡がありました。仲間6人のうち、2人目です。やっぱり最近は、子世代の結婚が遅いですね。

早春の瀬戸内、良い雰囲気ですね。
小田原-新横浜間の揺れの件ですが、この区間には、東海道新幹線最古の開業前に存在した32kmの実験線「鴨宮モデル線区(鴨宮~綾瀬間)」があった所ですからねえ、何せ設計施工が古い(昭和30年代)せいではないかと思っています。ちなみに当時の0系車両での最高速記録(256km/h)はここで記録されたものです。最新のN700系にしてようやくショックダンパー性能が路面荒れに勝ったと言うところですかね(苦笑

digiさん、ありがとうございます。

笠岡は雰囲気の良いところでしたね。
そうか、モデル線区の存在自体は知っていたのですが、小田原より西側だと思っていました。昔の盛り土は土質管理をしていないので、すぐにぐずぐずになるところもあったようですね。

南海さんの記事を読ませていただいて学生時代、笠岡のユースホステルを拠点にして福塩線旧型国電を51系時代に2回、70系時代に3回撮影行脚したことを走馬灯のように思い出しました。
既に井笠鉄道は廃線されていて、笠岡は宿泊しただけでしたが雰囲気のいい古い町並みだったことは覚えています。
今回の旅行もいろいろとまわられ中身の濃い旅行ですね。お疲れさまでした。

ひでほさん、ありがとうございます。

そう言えば井笠の笠は、笠岡でしたね。小生に山陽区間はずっと夜中に通過していた地域のため、ある意味空白区間です。笠岡のユースホステルは、まだ健在のようです。

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