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2009/03/29

ジェネラルルージュの凱旋

2009年3月29日

シニア料金を使っての映画鑑賞、2回目は「ジェネラルルージュの凱旋」です。
これは原作をすでに読んでいます。原作を読んだ後映画を見ると、大抵はイメージを壊されることが多いのであまり見ないようにしているのですが、「違う結末になっている」という話を聞き込んだため、見に行きました。

まず配役
○田口公平講師→田口公子医師:竹内結子
 「三丁目の夕日」同様、主役級を女性にするのは、ある意味映画化のお約束のようなものです。原作通りだったら、男だらけの話(女性は脇役だけ)になったでしょう。
○白鳥圭輔技官:阿部寛
 違和感なく、適役です。
○速水晃一救命救急センター部長:堺雅人
 新聞広告の写真を見たとき、ちょっとイメージが違うと思いました。外科医にしては繊細すぎると思ったのです。ところが映画の中では、沈着冷静な救急医が実にぴったり来ます。さすがはうまい役者さんです。

原作はミステリーの形を取っていますが、内容は救急医療と検死に対するエーアイの適用との二つの問題提起小説です。映画ではその半分をばっさり捨て、救急医療問題にだけ絞っています。おかげで猫田師長のような魅力的な登場人物が姿を消していますが、映画としてはこうして正解だったと思います。また原作にないエピソードも追加され話としては面白くなっていますが、その分「救急医療を真面目にやると、病院がつぶれる」という現在の医療制度の問題提起が薄くなっているように感じました。しかし、楽しめる映画です。
なおその他の配役としては、藤原選任看護師(元師長)が野際陽子で、実にぴったりでした。

行きつけの映画館(シネマコンプレックス)での「ジェネラルルージュの凱旋」は、とうとう上映回数が一日2回になってしまいました。それではがら空きかというと、かなり混んで6,7割は座席が埋まっていたようです。今までは「つ止まり」が珍しくなかっただけに、最近では珍しい混みようでした。ひょっとしたら映画館が映画配給会社に支払う料金が買い切りではなく1回上映いくらとなっておりその料金が高く、意識的に上映回数を減らしているのかもしれません。

2009/03/28

頭をまんべんなく使うと、ボケ防止になる

2009年3月28日

今週は仕事が忙しく、疲れました。その疲れたというのも、日頃と違う頭の使い方をしたためです。
小生の日頃の仕事は管理職業務を除けばそのほとんどがソフト開発で、頭の中は日本語ではなくアセンブラ(マイコンなどに使う、言わば機械語)で動いています。社内での日頃のやりとりも現在はそのほとんどがメールなので、言葉を発することがあまりありません。それなのに、今週は外国のお客さんと交渉するような事態になってしまいました。会話はテニスのラリーと同じで、即応のタイミングで返さなければなりません。メールは文章を書いて送信前に訂正することができますが、会話は事前に頭の中で「これは言おう、これは言っちゃダメ」というのをシミュレートしておかないといけません。本番は半分は通訳さん(ちなみに、英語ではありません)を挿んでの会話となりテンポが遅かったのでまだ考える余裕があったのですが、日頃と全く違う頭の使い方をしたため、疲れました。

その後今度は議事録のチェックで、若い社員(といっても係長)に書かせたのですが、敬語の使い方や言い回しがどうもしっくり来ず、最後は自分で修正しました。それを出張先の群馬で、慣れないMS-IMEのパソコンでやったため、またまた疲れました。日頃アセンブラばかりやっていると、頭を使う部分がずいぶん偏っているようです。ボケ防止には頭全体をまんべんなく使うと良いと言われていますが、少なくともボケ防止にはなりました。

そのぼけですが、最近ばーさん(カミさんの母親)が少し危なくなってきました。日常生活に支障は出ていないのですが、直に話すと危険を感じるようです。その危険な兆候というのは、
1)昔は近所の人の悪口をよく言っていたのが、言わなくなった(周りに対するアンテナの感度が落ちた)
2)昔は気を病みすぎてしょっちゅうお腹を壊していたのが、お腹が丈夫になった(上に同じ)
3)カミさんに同じ事を何度も尋ねるようになり、直前のことを忘れるようになった。

「ボケがわかる本」(みずうみ書房)を見てもまだ「ボケ」と言える状態ではないのですが91歳、そろそろかなあ。

2009/03/23

不整脈による動悸は、脳梗塞を起こしやすい

2009年3月23日

循環器の、つまり心臓の検診に行ってきました。特に変化もなく、このまま、つまり手術領域には踏み込まずに、このままです。PT-INRは2.05で、これが良い値と先生は言っていました。その他の血液関係では、血小板数が21万4千。良いところでしょう。

今循環器の検診は3ヶ月に1回ですが、今回の周期の中で1回だけ動悸と言うか、不整脈を感じたことがあります。その話をしたところ、どのくらいつづいたかを聞かれました。30分くらいと言ったら先生が驚いていましたので、普通はもっと短期間なのでしょう。この不整脈が原因の動悸が長く続くと血流が乱れて血栓の原因となるものを作りやすくなり、脳梗塞が起きやすくなるそうです。先生、「まあそのためにワーファリンを飲んでいるのですから。」ワーファリンで血栓の原因物質をできにくくしているので、このくらいの不整脈は放置です。

次回の(3ヶ月後の)検診前に1回診エコーが入り、次回の診察時は診察前にX線を撮るように言われました。X線CTのようです。最近は医療機器の発達がめざましく、ひょっとしたら最新のCT撮影装置が入っているのかもしれませんが、小生が通っている分院は古い機械を大事に使っている環境のため、多分古い機械でしょう。

余談ですが、今日もらった給料明細書に通勤手当も付いていました。これはいつものことですが、金額もいつものように、6ヶ月分の定期代でした。小生はあと3ヶ月で定年だというのに。確認したところ、システムが6ヶ月分を支給することになっており、定年退職も途中退職と同じ扱いで、余った分は退職金で精算するのだそうです。最終的にはつじつまは合いますが、おおらかと言うか、いい加減等言うか(^_^;。

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以下、追記です。
久しぶりに採血をしたら、システムが変わっていました。今までは診察券をホルダーに入れて順番に重ねておくと、適当に「南海さ~~ん」と名前を呼ばれました。今度は採血の受付番号を取り、その番号で呼ばれたら今度は採血番号をもらい、その番号が出たら採血です。番号には採血番号と注射番号の、2種類があります。また今までと同様受付で診察番号をもらい、会計の時には会計番号をもらうので、都合4種類の番号をもらうことになります。数字が苦手で数字を見ると頭が痛くなってくるカミさんなどは、まずかかれなくなりました。
喫茶室の営業時間が長くなり朝から開いているようになったので、採血結果が出るまでコーヒーを飲みながら待てるようになりました。

2009/03/22

FM放送40年

2009年3月22日

先日NHKテレビで、「FM放送40年」と言っていました。FM放送の開始は1969年3月だそうですが、どうも計算が合いません。と言うのも、1967年に上京してすぐにFMラジオを買いに秋葉原に行き、それからずっと聞いていたからです。

調べてみたらこの1969年3月というのは、「全国でFM本放送が始まった」時だそうです。それ以前(何と1957年)から実験放送やら実用化放送などが行われており、小生が聞いていたのはその実用化放送でした。特にNHKよりもFM東海を聞いており、FM東海の最終放送は最後まで聞きました。持っていたラジオはFMの84.5MHz(FM東海)に合わせてそのままAMに切り替えると950KHzになり、TBSがそのまま聞けました。FM東京になって80.0MHzになったため、AMに切り替えたときはダイヤル調整が必要になってしまいました。

小生の田舎はFM放送が入らず、また卒業後は北九州では独身寮は2人部屋(そんな時代でした)でラジオ自体を聞かなくなり、FM放送もそれっきりになってしまいました。

2009/03/20

バラの花束が2つ

2009年3月20日

いつもは花など飾ったことのない家に中に、なぜかバラの花束が2つあります。1つはカミさんの誕生日(還暦です!)に小生が送ったもの、09032002b
もう一つは昨日同僚が小生の昇進お祝い会(還暦お祝い会も兼ねる?)をやってくれ、その時にもらったものです。小生が花束をもらうのは、2003年に山形から横浜へ異動したとき以来です。

さすがに大きな花瓶は2つもなく、1つは植木鉢に中にビニール袋を敷いたものです。今家の中は、珍しい状態になっています。09032003b


今日は初めて「シニア料金」で映画を見てきました。ヤッターマンですが(^_^;。上映前にエヴァンゲリヲンの予告編があり、これにも行くことになりそうです。なおこの新劇場版、今回も鉄道のかなりこだわったシーンが出てきそうです。

2009/03/15

VIVA!500系(3)

2009年2月28日(土)(続き)

三原での撮影を終わり、こだまで福山へ移動する。一眼デジカメはこれでお役ご免である。福山は単なる乗換だが、途中下車して昼食、牡蛎ご飯が今日までの限定で(明日からは3月だ)、早速注文する。Dscf2117a
昼食の待ち時間がなかったので余裕ができ、福山城が駅の目の前にあるので、見に行く。天守閣は復元だが、きれいな城である。中が博物館になっているのは復元天守閣の典型だが、箏曲の宮城道雄に関する展示があった。宮城道雄は神戸の生まれだが、その父親は福山の出身とか。天守閣は高台の端の方にあり、上から見ると落差があって結構怖い。Dscf2124a


福山駅の入線メロディーは、「スキー」(山は白銀)である。調べてみたが、作曲者作詞者とも、福山には縁もゆかりもない。ただどうやら「スキー」は冬場の曲で、夏は「海」(海は広いな大きいな)に変わるらしい。福山から岡山への快足サンライナーは、117系4両編成であるが、何とワンマン運転である。Dscf2127a
駅にバックミラーやホームドアなどのワンマン対応の設備はないため、停車した後運転手がドアを開けてホームにおり確認してドアを開けるので、停車後ドアが開くまで時間がかかる。発車も同様運転手がドア閉確認をした後運転席に乗り込む。停車駅の少ない快速だからできることだ。車掌は窓から首だけ出してドア操作をしているのに、えらい差だ。車掌こそホームに降りて安全確認をすべきだ。

今回の目的は、笠岡である。福山は広島県であるが、笠岡は岡山県だ。島に囲まれた天然の良港の雰囲気が、故郷の三角港に似ていたので、ちょっと眺めてみたくなった。Dscf2131a
しかし実際は大規模な干拓が進み、島一つとも連結してしまっている。かつては島に囲まれた湾であっただろうところが、最近の掘込み港と同じ形態になっている。このカブトガニの成育地をつぶしてしまった大干拓が果たして快挙なのか暴挙なのか結論が出るのはまだ先だろうが、干潟が無くなったことによって瀬戸内海の水質が悪化に向かったのは間違いない。Dscf2142a


笠岡諸島は橋が架かっていないため、連絡船がまだ健在であった。潮の干満によって場所を変える高さと角度の違った岸壁と、係留ロープをかけず前進入れっぱなしで乗降させる船を、三角港以外で見るのは初めてだ。やはりどこでもやることは同じだと感じる。ちなみに三角-天草間にフェリー(と言うより、自動車航送船)が活躍していたのは昭和30年代で、5tトラックがやっと1台積めるくらいの小さな船であった。Dscf2146a
笠岡諸島へは各島1日4,5往復の便で、それが各島ごとに出ている。乗用車が5,6台は軽く積める船で、狭いところで旋回できるようにバウスラスタも付けている。笠岡港はまだ活気がある。三角港が寂れてしまったのとの差を考えてみたら、笠岡は国道2号線に面した交通の便があるようだ。笠岡港(フェリーの着く方は、伏越港と言うらしい)の接岸設備を見ただけで、昭和30年代の産交丸や第7通運丸の情景が浮かんでくるのであるから、笠岡は過去の思い出への旅になった。ちなみに三角港の接岸設備は天草架橋の後全部取り壊されてしまい、今は残っていない。Dscf2134a


カブトガニ博物館はここから4km以上あるので省略。笠岡駅前の喫茶室付きのパン屋で一服し、岡山へ向かう。やはり117系、そう言えば117系は京阪間新快速以来の乗車だ。Dscf2155a

岡山から新横浜へはN700系、今回の旅の目的の一つ、各車乗り比べである。のぞみ40号は岡山ですでに満席、さすが土曜日である。新大阪以西は全速を出すので、N700系でもトンネル内は揺れる。それでも700系と比べると、雲泥の差だ。東海道区間は揺れが少ないため、すれ違いの衝撃を余計に感じてしまう。最後の小田原-新横浜間は、なぜかどの車両でも揺れる。それもピッチングがある。路盤が悪いのだろうか?それでもN700が一番少ないようだ。
最後に500系とN700系の、乗り心地ではどちらに軍配を上げるかという問題、小生の感じでは乗り心地では五分、シートピッチがやや広い分だけN700系と言ったところであろうか。

(完)

2009/03/13

年金の受給手続き終了

2009年3月13日

旅行記を中断して、近況の話を。なお小生は「はやぶさ・富士」のラストランは、見に行っておりません。
会社を半日休んで、年金受給の手続きに行ってきました。定年は6月末ですが、会社から「60歳になったら、速やかに手続きをしろ」と言われており、それなのに戸籍謄本等の書類は60歳になってからのものに限るという面倒な話ですが、3月になってすぐ、まず書類をそろえるところから始めました。

小生の本籍地は北九州市です。そのためいつも郵送してもらうのに難儀していたのですが、最近は北九州市役所のホームページに郵送依頼の用紙、方法、及び手数料が書いてあるので、用紙はダウンロードし、所定の手数料を定額小為替にして郵送で依頼しました。それと並行して住民票とカミさんの非課税証明書です。ここまでは会社から送られてきた必要書類のリストを見て準備していたのですが、実際に手続きの書類を書き始めてみると、住民基本台帳番号を書くようになっています。小生は住民基本台帳カードを持っているのですが、このどこにも番号は書いて無く、またこのカードを持っていってもダメなようで、また市役所に自分の番号を聞きに行きました。「再発行」と書いた用紙をもらいましたが、この用紙をもらうのは初めてです。しかし本当に住民基本台帳カードというのは、e-TAX以外に使い道がありませんね。

書類が全部揃ったところで会社指定の鶴見の社会保険事務所へ。自宅を管轄するところより会社(事業所)を管轄するところの方が、小生のように定年後再雇用を考えている人間には、何かと後々便利なようです。鶴見で「会社の近くより都会だなあ」と思いながら社会保険事務所へ着いたところ、結構混んでいます。やはり人口の多い世代が年金をもらう歳になりかかっているからでしょう。それでも1時間待ちで、問題なく手続きは終了しました。書類には住民基本台帳番号を書いておくと戸籍謄本や住民票の添付は不要と書いてあったのですが、実際には住基ネットワークではなく添付した書類の方を確認していました。手続きが済んだと言っても実際に年金が来るわけではなく、来るのは定年になってからで、しかも満額は後4年後です。

2009/03/09

VIVA!500系(2)

2009年2月28日(土)

朝6:30に目が醒める。外は真っ暗、九州は朝が遅い。小倉まで来ているが、今日の目的は500系なので、早々に引き返す。第一の目的地は三原、ここで下りの500系のぞみを迎え撃つつもりである。計画では小倉9時1分発のこだま636号の予定であったが、予定の1時間以上前に来たので、7:57発ひかりレールスター446号に乗る。小倉のホームの向かい側には、16両編成のN700系が小倉-博多間のこだま用として止まっている。平日は通勤列車なのであろう。Img_0147a

ひかりレールスターはのぞみが止まる新山口(旧、小郡)には止まらず、徳山に止まる。このあたりは停車駅の分担を行っているようだ。山陽区間はこだまとのぞみ/ひかりとの速度差が大きく、徳山で17分前のこだまに追いついてしまう。やはり240km/hしか出ない100系では、285km/hの700系や300km/hのN700系にすぐ追いつかれてしまうようだ。Img_0150a


ひかりレールスターに乗るのは、初めてだ。700系なので、トンネル区間はやはり揺れる。昨日広島以西は保線が悪いと書いたが、そのせいもあり、また700系は山陽区間は285km/hなので、良く揺れる。蛇行動の上にピッチングやローリングが加わり、複雑な揺れ方をする。この揺れ方、どこかで同じような揺れを感じたことがあると記憶をたどっていったら、かつての黒崎-博多間の421系特別快速であった。二男が博多からレールスターに乗って気持ちが悪くなり小倉で降りたと言っていたが、二男は博多に行くのに特別快速に乗ると必ず酔っていた。レールスターで気持ちが悪くなるわけだ。Img_0158a


徳山はちょうど下りの「はやぶさ・富士」が着く時間らしく、「はやぶさ・富士号撮影のお客様は、」というアナウンスが聞こえる。新幹線ホームから在来線が見えたが、皆到着ホームに群がっているようだ。写真を撮るのなら対向ホームの方が良いのだが、そちらには一人もいない。徳山から100系4連のこだまで三原へ。100系は大窓で横引きカーテン、昔の「特急車」の雰囲気を残している。シートは4列だが、種車が違うのか何種類もあるようだ。肘掛けも跳ね上げられるものと、固定のものとがある。元グリーン車のシートは肘掛けの位置が高く、なで肩の小生にはちょっと窮屈である。100系もトンネル内では揺れるが、速度が遅い分だけ少なく感じる。このこだま、のんびり行くのには良いのだが速度が遅い分通過退避が多く、新岩国では何と12分も停車した。Img_0170a


撮影場所に三原を選んだのは、下りの500系が撮影可能な時間帯に到着でき、ホームが新幹線標準の中線通過型のところであったからだ。手前の東広島はホームの形が確認できずに外したのだが、到着したときに見たら標準型であった。本当は浜松のようにホームがカーブしているところが良いのだが、そうも言っていられない。Img_0183a


早く来たおかげで、500系8連のこだま編成も撮れる。まさに早起きは3文の得。500系8連はこだまよりひかりレールスターに転用すべきとの声も聞いたが、まさにそう思う。かつて銀塩カメラで何回かやってみた流し撮りに、デジタル一眼で初めて挑戦してみる。Img_0195a
初挑戦の対象が新幹線とは、少し無謀であった。それでも何とか流し撮りらしい写真は撮れたが、本当は真横をやりたかった。真横の写真は、見事にタイミングがずれている。Img_0209a


せっかく持ってきたので、望遠系のレンズにも付け替えてやってみる。すべて手持ち、1/500で、手ぶれ防止はカメラ任せ、絞りは完全にアンダーになっており、補正任せである。三原はホームは直線だが博多側がカーブしており、博多側ホームの端から撮ると、結構面白い写真が撮れる。そこそこの結果を残し、三原での撮影は終了、これから「鉄」を止めて普通の観光客になる。

(つづく)

2009/03/08

VIVA!500系(1)

2009年1月31日

今度の3月14日のダイヤ改正で「はやぶさ・富士」が廃止になり、東京発のブルートレイン、と言うより機関車牽引の列車が無くなるというので、結構な騒ぎになっている。小生は人混みが嫌いなこともあり、騒ぎが大きくなるとそっぽを向く性格なので、「はやぶさ・富士」は避けている。あまり騒ぎになっていないが、実は3月14日の改正で、新幹線の500系が東京に姿を見せなくなる(注記参照)。小生にとっては、遙か昔に決別したブルートレインより、500系の方が問題である。

500系は山陽区間で300km/hを出すように、言わば高速運転に特化した設計になっているので、居住性を多少(別の人に言わせると、かなり)犠牲にしている。そのことと、運転台のすぐ後にドアがなく定員も300系と異なるため、運用変更でひかりやこだまに使うことができない。そのために速度性能ではまだまだ使えるのに、東海道区間からは追われることになってしまった。小生は500系が好きで10年ほど前飛び回っている頃には500系を選んで乗っていた。その頃のエピソードは小生の旅行記の「そうだ、京都、行こう」や「東海道新幹線4分回復記」に書いているので、興味のある方は覗いてみてください。

閑話休題、3月14日までにもう1回500系に乗ることにした。小生は今年の2月で60歳になるが、誕生日がちょうど金曜日、休暇を取っていっそのこと小倉まで行くことにした。現在東京に乗り入れてくる500系は2本のみであるが、前日が群馬出張なので少し遅めののぞみ29号にすることにした。帰りは途中で写真を撮ることにして岡山からの指定席も確保、準備は万端である。


2009年2月27日(金)

のぞみ29号は新横浜発12時49分と、かなりゆっくりしている。前日は群馬に行くために家を30分早く出た上に帰りも9時近かったため、身体は楽だ。昨日は帰りが社長と一緒で、社長に「明日が還暦です」と言ったら8月にすでに還暦を迎えている社長、「凡ちゃん、60歳になったって、何も良いことはないよ」とのこと。いえいえ、映画がシニア料金で見られるんです。

出発の時の天気は何と雪、こういう時は大きな傘の方が良いが、明日のことがあるので、折りたたみの傘を差して出かける。新横浜に着いた頃には、雨に変わっていた。このくらいの雪では問題なく、定刻にのぞみ入線、独特の戦闘機のコクピットにも似た先頭車が通り過ぎる。Dscf2114a
乗るのは11号車、望遠レンズで入線時の写真を撮り、それから走って11号車まで来ることを考えないでもなかったが、荷物を抱えて走るとろくなことがないので、止める。乗ってみたら、網棚がいっぱいである。500系は車体のRがきついので網棚の奥行きはないのだが、昨今キャスター付きバッグが出回り荷物が大型化しているので、足りなくなってきているのだろう。リュックの気軽さ、荷物は足下に置く。
久しぶりに500系に乗ってみたら、意外と窓が大きい。ただ窓の下の出っ張りは少なく、ここにものを置くのは無理である。座席はほぼ満席。昨日乗った朝の東京行きのこだまに空席があったので、不況の影響がかなり及んでいると思ったが、長距離便はさほどでもないようだ。服装から見ると、ビジネストレジャーが、半々といったところか。今日はまだ平日のはずだが小生もレジャー、あまり人のことは言えない。

今日は真剣に揺れ方の比較をしてみる。500系は、東海道区間では本当に揺れない。ただすれ違い時にはややショックがあり、これが時によって違う。いろいろ調べたら、左カーブですれ違うとショックが大きく、右カーブだとほとんどショックがないことがわかった。これはカーブのカントで車体を傾けるときすれ違う車体同士に段差ができ、左カーブは衝撃波が車体の下に当たるが、右カーブでは丸い車体の上に逃げてしまうためだろうと思う。この点は、N700系よりも上である。ただカーブの時に感じる横Gが、N700系よりも強く感じるのは気のせいだろうか。

名古屋でかなり乗客が入れ替わるが、まだ満席。隣のD席の人が入れ替わる。今度はご婦人(と言うより、おばあさん)で、チラと見たら小倉で乗り換えて大分県の臼杵までであった。名古屋では雨は上がっている。新大阪でまた入れ替わり、少し空席が見えだす。ここでビジネス客はかなり減り、2:8くらいになる。新神戸でまた乗客が増え、また満席になる。金曜日は混んでいるのか。

新神戸を過ぎると、「ただ今300km/hで走行中」の表示が出始める。この表示は福知山線の事故の後しばらく表示中止になっていたが、また復活したようだ。高速のせいで東海道区間よりも揺れは増えるが、気になる蛇行動は出ない。ここが700系との大きな差だ。岡山で入れ替わりがあり、7~8割の混みようになる。広島で5~6割に、さすがに段落としで空いてくる。広島は一段とビルが増えたようだ。下関が近くなると、何となく懐かしさを覚える景色になってくる。竹林が多くなるせいだろうか。
広島を過ぎると、揺れが激しくなるように感じる。それも高速に伴う揺れではなく、「道が悪い」と感じる線路状態に起因する揺れのようだ。列車本数が少ないので、保線の手を抜いているのだろうか。090227173007


小倉到着、もう食事して寝るだけである。飲み屋で真鯛(玄海産ではなく、天草産)の刺身を頼んだら、醤油が懐かしい味であった。宮島醤油かもしれない。帰り道、22系統砂津行きの西鉄バスに追い越される。この22系統、昔さんざん利用したバスだ。バスターミナルで調べてみたら、22系統は砂津発は変わらないものの、行き先が小嶺営業所から本城西団地に変わっており、200号線経由は新たに43系統ができ、これが小嶺の先の香月営業所まで通している。ちなみに200号線のバス停の名前はほとんどそのままで、「化成病院前」が「三菱化学病院前」に変わったくらいであった。

(つづく)

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注記
その後、2009年3月改正ではまだ500系の東京乗り入れは残ることがわかりました。ただし2009年度中になくなるのは確かなので、長くてあと1年です。

ステロイドと筋肉増強剤

2009年3月8日

新聞のスポーツ欄などでドーピングの話題が出ていますが、その中で使われている筋肉増強剤「ステロイド」と病気の治療に使われる「ステロイド」とは、別物だと思っていました。あんな危険な薬を筋肉を付けるためにだけ使うのは、あり得ないと思っていたからです。ところが、この2つは同じものだったのですね。

確かに、ステロイドの副作用に「バッファロー肩」というものがあり、小生はステロイドを止めたら背広の上着が2サイズも小さくなってしまったのですから、別の見方をするとステロイドを飲むと肩幅が広くなります。そして身体に肉が付きやすくなっていますから、うまくトレーニングをすれば、「ムキムキ」の身体が作れるのでしょう。しかしステロイドは骨を弱くし、間接壊死なども引き起こしますから、よくまあ使う気になるものだと小生などは思っています。

ステロイドは病気の治療で仕方なしに使うものだという認識ですが、男はスーパーマンでないといけないとされるアメリカ、筋肉がないことによるコンプレックスでうち沈んでいるとすれば、これも病気の治療と言えないこともありません。何でもアメリカのまねをしたがる日本、こんな風潮が来ないことを祈りますが。

小生は2,3日前から喉が痛く、たまりかねて医者に行ってきました。そうしたら扁桃腺が腫れているとのこと、「良くこの状態で熱が出ませんね」と言われてしまいました。熱が出るのは身体が病気に対して抵抗している証で、熱が出ないのは全く抵抗していないことを意味します。小生は元々身体の持っている抵抗力(免疫力)が弱く、そのために薬に抵抗しないので薬が効きやすいと思っていましたが、それが証明されたようなものです。抵抗しないので、IFNの発熱も少なかったです。そう言えば、ステロイドもよく効いたなあ。

2009/03/07

ムジークレーベンの破産

2009年3月7日

先日カミさんが小生にインターネットでちょっと調べてくれと言ってきました。何でも、買っているチケットのコンサート日程が、雑誌などのコンサート情報に載っていないというのです。3月10日のトン・コープマン指揮アムステルダムバロック管弦楽団、結成30年記念公演で、場所はサントリーホールです。
「公演中止のお知らせが新聞に出ているのを、見逃しているのかもしれないわね。」とカミさんは言っていたのですが、その主催団体ムジークレーベンのホームページを見てびっくりしました。曰く
「株式会社ムジークレーベンの破産管財人としてご連絡申し上げます。株式会社ムジークレーベンの破産手続開始にともない、下記のコンサート/公演の中止が決定いたしましたので、ご連絡申し上げます。」
破産したのは去年の12月で、その公演中止リストの中に3月10日のサントリーホールの公演も載っています。出演者急病のため公演中止というのはよく聞くのですが、事務所が破産したため公演中止というのは、初めて見ました。このアムステルダムバロック管弦楽団の他の公演は主催者が違うので、中止になったのは3月9日(オペラシティ)と10日の二日間だけのようです。

中止と決まると、次はチケットの払い戻しです。普通カミさんは2000円くらいのチケットしか買わないのに、この日は気合いが入って大枚10,000円のチケットを買っています。直接ムジークレーベンに申し込んだ分はまず返金は不可能なようですが、プレイガイドは払い戻しが行われているようです。幸い近くのチケットぴあで買ったものなので、無事払い戻しができました。

昨年暮れから肩たたきや首切りの話は聞いているのですが、コンサートにまで影響して来るとは思っても見ませんでした。最近また一つ音楽事務所が倒産したようで、不況は音楽産業にまで及んできているようです。

2009/03/01

SUICAVIEW定期

2009年3月1日

小生は通勤区間がJRのみで、SUICA定期を使っています。PASMOと両方持っていることになりますが、定期券区間からの乗り越しがあるので、やはり定期券にもSUICA機能を付けておいた方が便利です。しかしオートチャージは使えませんでした。と言うのも、SUICAのオートチャージはPASMOと違ってVIEWカードと一体のもの(つまり、SUICAVIEWカード)に限られ、それに定期券を加えたSUICAVIEW定期はなかったからです。

先月ルミネカードから案内が来て、新しいルミネVIEWカードはSUICAVIEW定期が可能なことがわかり、早速申し込みました。最近定期入れの中がカードだらけになり、少し整理したかったからです。これでSUICA定期とルミネVIEWカードが1枚になり、1枚減ります。もっとも定期が減るだけなので、年間会員料金は減りませんが。

カードのデザインは普通のルミネカードと同じようなものです。定期情報の印刷はどこにするのかと思っていたら、裏でした。駅の定期券自動販売機に、気がついたら「発行替え」というボタンが増えており、そこを押して今までの定期、新しいルミネVIEWSUICA定期(長い!)を入れたら、定期券情報とSUICAの残金がそっくり移動し、500円戻ってきました。SUICAを1枚解約した形になるからです。普通SUICAをSUICA定期に変える時、中の残金を移動させると手数料を取られますが、これは手数料無しです。ただし古いSUICA定期は自動的に回収されますので、コレクションにしたい方にはお勧めできません。このルミネVIEWSUICA定期、どちら向きに定期入れの中に入れるのか、迷うところです。

その後駅のVIEW ALTTEでオートチャージの設定(小生の場合は設定変更)をして、できあがりです。デフォルトではチャージのトリガ金額が1000円になっているので、3000円に変更です。小生は1回2000円以上の乗車区間が多いので、SUICAの残額は高めにしておかないと、改札から出られなくなります。ルミネVIEWSUICA定期の案内に、しつこいくらいに「定期券の発行替えを先にやれ!」と書いてありました。なおPASMOにはこの設定変更機能が無く、関係者から「そのうち作らねば」という話は聞いていたのですが、未だにできていおらず、その関係者も転属になってしまいました。岡山ではSUICAは使えるもののPASMOは使えず、だんだんPASMOの出番が無くなります。

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