2008年10月5日
還暦が近くなると同窓会を企てるところが多いようですが、先日、高校の同窓会が東京でありました。小生の出た高校は熊本の県立高校ですが、東京近郊にいる人も多く、東京でもやろうという事になったようです。
小生が卒業したのは1967年(昭和42年)で、ともかく人数の多かった時期です。1クラス55人が11クラス、学年600人が普通の規模でした。もっと大勢いる高校もありました。小生の母校は戦前からつづくいわゆる受験校で、戦後男女共学になったものの女生徒は少なく、小生の年代は600人中35人でした。これが現在では女生徒が過半数を超え、地元では大騒ぎになっているそうですが。
600人いると言っても地元から遠く離れた東京での会合、幹事は30人から40人の出席だと思っていたそうですが、何と70人以上が集まりました。しかも女生徒の参加が16人、ほぼ半分です。小生は3年間女生徒のいるクラスだったため(女生徒のいるクラスは、半分以下)、出席者の知り合いは女生徒の方が多く、ソフトバンクのお父さん状態でした。
小生は東京の大学を出ましたがいわゆるJターン組で、卒業と同時に東京を離れて北九州に行っています。そのため再度東京に来た時も同窓会の東京支部とは何の連絡も取っていなかったのですが、ずっと東京の人達は連絡網がしっかり確立しており、また数が少なかった女生徒は団結が強く、女生徒だけの連絡網もしっかりあったようです。そのため今回女生徒は南は福岡、北は山形からの参加者がいました。山形の人(1年生の時同じクラス)とは、山形の話で盛り上がったのは言うまでもありません。
小生は同窓会には大学2年の時に熊本で顔を出しただけで、ちょうど40年ぶりになります。みんなそれぞれおぢさん、おばさんになっていますが、面影の残っている人と、全く無くなっている人との、二通りですね。全体的に見て、頭髪の残っている人が多いです。風貌で一番びっくりしたのは、深紅のワンピースにパールのネックレス、ワインを片手にたばこをくゆらし、てっきり水商売か占い師かと思ったのですが、名刺をもらったら都の外郭団体の総務部長、名前を見たら同じクラスに途中編入で入ってきたシャイな女の子でした。変われば変わるものだと思いましたが、それ以上に人を見かけで判断してはいけないと肝に銘じました。
いろいろ話していてあれと思ったのが、小生は高校時代は(も)目立たないただの1人だと思っていたのですが、意外と何かやっていましたね。特に毎年夏休みになると魚釣りやら海水浴やら(女生徒も一緒です(^_^;)、何か企てて小生の田舎の方にみんなで行っており、「あれは楽しかった!」と言われ、自分で思っている以上にみんなの印象に残っていることに40年経って気がつきました。少し気をつけなければ。
最近のコメント