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2008/07/20

富山・高岡再訪記(4)

2008年6月22日(つづき)

今回高岡に来たもう一つの目的は、万葉線である。伏木から「如意の渡し」で小矢部川を渡る。ここの渡しは、かつて義経主従が奥州落ちの途中で乗船して怪しまれ、弁慶が義経を扇で打ち据えて疑いを晴らしたという。この義経記の話をベースに、有名な勧進帳の安宅の関の舞台が作られたという。銅像があるそうだが、見つけ損なった。08062235a


如意の渡しを渡ると、万葉線の中伏木である。電車を待っていたら、草むらを動くものがいる。野鳥かと思ってみたら、なんとキジであった。まず越の潟まで乗る。新型の低床車である。1067mmゲージであり同じ新潟トランシス製のせいか、富山ライトレールの車両とよく似ている。ベースは岡山のmomoだという話も聞いた。08062260a
如意の渡しで別れた地元の鉄道ファンによると、この低床車は積雪時の運休が多く、評判が良くないらしい。調べてみると導入当初にブレーキ故障や脱線事故を起こしており、イメージも悪そうだ。富山ライトレールと違って利用者は増えておらず、先行きが怪しい状態である。08062261a


中伏木-越の潟間はまるで港湾の貨物線を走るようで、とても路面電車タイプの車両が走るようなところではない。これまた調べてみたら、元々は富山側からの路線が富山新港建設の時に切断され、高岡側だけ残ったものらしい。越の潟からは富山新港を横断する渡し船が出ている。08062262a


越の潟の隣に「海王丸」という駅があり、海王丸パークと案内が出ているので、行ってみる。いた!海王丸だ。現在横浜に係留されている日本丸と組んで、以前は良く遠洋航海を行っていた。日本丸は横浜で見慣れているが、海王丸がここにいるとは知らなかった。08062268a
その横浜のベイブリッジに対抗してか、掘り込まれた富山新港の対岸とを結ぶ新湊大橋が建設中である。しかし横浜市は人口360万人、人口たった9万の射水市が同じものを作っても、無駄な投資になるのは目に見えている。現にこの海王丸パーク、人っ子1人いない。建設業者を養うための工事のような気がする。08062271a


海王丸駅までまた歩くが、駅に着いた時少し気分が悪くなった。リュックを担いでいるのに、どうやら少し急ぎ足過ぎたようだ。こうなると1時間ほどじっとしているしかないので、ちょうどお昼にかかる頃だし、高岡駅まで戻ることにする。万葉線にゆったり座ると、心臓の鼓動が背中まで感じる。途中庄川の鉄橋は良い撮影ポイントになると思ったが、おとなしく座っている。万葉線は路面区間になると、沿線の雰囲気がまるで変わる。富山を外して高岡だけもう1回来ても良いかもしれない。

(つづく)

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