« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008/05/28

目の紫外線対策

2008年5月28日

小生は元々まぶしさに弱く、サングラスを掛けないと車の運転ができなかったのですが、目の病気になって以来一段とまぶしさに弱くなりました。老人性白内障が出てきているのかもしれません(^_^;。先日も電車の中で外を見るとどうもまぶしく、時期的にも5月は盛夏よりも紫外線は多いそうで、紫外線対策をすることにしました。

新聞によると、紫外線対策は帽子とサングラスが一番で、サングラスは、08052802a

1)顔のカーブにそい、なるべく顔との隙間がないもの。
2)色は薄いもの→色が濃いと瞳孔が開いてしまい、かえって良くない。
だそうです。ちょうどぶどう膜炎になりかけのときにまぶしくてたまらなくて買ったサングラスが、上の二つに当てはまりました。本当はもう少し薄いのが良いのかもしれません。これに去年の夏に買った帽子がまた登場し、今日からこの出で立ちで出勤です。会社に行くにはちょっと問題がありそうですが、小生が目が悪いことは知れ渡っているので、こういう時には便利です。08052803a


なお小生は日頃眼鏡を掛けていますが、このサングラスには度は入っていません。眼鏡の上から掛けられるオーバーグラスタイプのものも持ってはいるのですが、あまりにもゴーグル調になるので、さすがにスーツでこれは止めています。度付きのサングラスにすればいいのですが、遠近両用レンズの色つきは目の玉が飛び出るほど高く、手が出ません。

追記です。退院以来目薬は抗菌剤とステロイドの2種類を使っていますが、次第に弱いものに変わっています。現在抗菌剤はクラビット0.5%、ステロイドはフルメトロン0.1%だったのですが、先日の眼科の検診で、フルメトロン0.02%に変わりました。徐々に止める方向に持っていくそうです。

2008/05/25

COBOLは生きていた

2008年5月25日

ドラ息子が、百貨店内の売り場から工場の生産管理に転属になりました。どうやら受発注システムの更新作業を担当させられるようです。話を聞いたら、なんと言語はCOBOL!びっくりしました。ちなみにドラは、コンピュータに関しては素人と言っていいレベルです。

COBOLは1960年代に開発された言語で、小生が大学を出た1970年代はまさに全盛期でした。その当時パソコンというものはまだ存在せず、コンピュータと言ったら完全空調の計算機室の奥まったところに置かれている、IBMシステム360などの大型コンピュータでした。現在ではこれらはメインフレームと呼ばれているようです。COBOLはまさにこのメインフレーム用で、その当時コンピュータを学ぶなら文系はCOBOL、理系はFORTRANでした。小生はFORTRANの方だったので、COBOLは全くさわっていません。

その化石か死語と思っていたCOBOLで、システム開発を今からやるというのです。調べてみたら、従来データとの親和性等があるのかもしれませんが、現在でもCOBOLで新しいシステムが作られているようです。人材募集に「某自動車メーカー生産管理システム更新、COBOL」というのもありました。COBOLしかできなく、パソコンなど全くわからなくて他の仕事ができない「COBOL難民」などと言う言葉もありましたが、COBOLだけでもまだ需要はありそうです。

しかし今新たにCOBOLをやらされる方は、大変です。解説書など売っていないので、古本屋かネットで1970年代に出た本を探すしかありません。その当時はメインフレーム全盛で現在のクライアントサーバシステムなどありませんでした。しかし現在、メインフレーム復権の動きもあるようで、1970年代の本が意外と役に立つかもしれません。

2008/05/24

JR東日本のシステム的欠陥

2008年5月24日

先日の朝の出来事です。小生は横浜線で通っていますが、長津田で閉まりかけたドアに飛び込んできた人がいました。良くあることです。その人はなんとか乗り込んだのですが、肩から掛けた鞄が外に取り残されてしまいました。しかもちょうど薄くなっているところを挟んだためドアは閉まったと判断され、そのまま出発してしまいました。「危ないな」、と思っていたら急停止、車掌さんが発見して非常停止の処置を執ったようです。「挟まったお客様の荷物を取り除きます」というアナウンスの後、車掌さんが最後尾の8両目から3両目まで走ってきました。しかし一旦閉まったドアが手で開くはずもなく、車掌さんは横にいた別の乗客に頼んで非常コックを操作してもらい、そのドアだけを開け手荷物を取り、また閉めて3分遅れで発車しました。

これだけ書くと、車掌が異常を発見し速やかに処置を執り、他の乗客の協力で問題を解決して、「めでたし、めでたし」という話のようですが、実はこの中にJR東日本(以下JR東)が抱えているシステム上の欠陥が潜んでいます。関東において、ワンマン運転を除けば、JR東を除く私鉄各社は車掌がドアを閉めた後、車掌が安全確認を行って発車合図をし、その発車合図で運転手は電車を発車させています。ワンアクションの後にワンチェックが入る、工場などでの動作の基本ですね。ところがJR東の電車には、発車合図というものがありません。ドアが閉まったと電気的に認識されたら、それで発車することになっています。そのため山手線には、ドアが閉まったら自動的に発車できるよう停車中に運転ノッチを入れて待っている運転手もいます。ワンアクションノーチェックなのです。

もし長津田駅の例が他の私鉄だったら、ドアに物が挟まっていると気がついたら、電車を発車させずにもう1回ドアを開けます。時々私鉄でドアが閉まった後、「もう一度ドアが開きます」というアナウンスがあるのは、大抵これです。つまり他の私鉄だったら、非常停止する前に発車をしないのです。どっちが安全か、おわかりと思います。

おそらくJRの関係者は「国鉄の伝統」とか、「昔からやっている」と言われるでしょう。しかし昔の国鉄にはホームに大勢の駅員が居て、安全確認を行っていました。それと同じシステムを今引きずっていたのでは、そのうち大事故が起こります。ちなみにこの時ホームには駅員は誰もいませんでした。8両編成の電車が3分おきに発車するラッシュにおいてもです。横浜線で駅員がホームに出てくるのは、ラッシュも後半になる8時過ぎからです。

JR東がたびたび問題になりながらも発車合図を採用しないのは、発車合図を採用すれば今度は安全確認の責任が出てくると言って、反対しているのかもしれません。以前小田急とJR東と、ほぼ同時期にベビーカーの引きずり事故が起こったことがあります。小田急の場合は車掌の安全確認に問題があったと処分の対象になりましたが、JR東の車掌は様子を聞かれただけでした。小田急等私鉄の場合、もし電車に引きずられたら発車させた方が悪い(つまり、責任を持って止めてくれる)のですが、JR東の場合は引きずられた方が悪いというのが現状です。JR東をご利用の皆さん、くれぐれもご注意ください。

2008/05/18

25番ポートブロック

2008年5月18日

先日姉のパソコンの買い換えにつきあいましたが、その時頼んだADSLのモデムが着いたので、今度はセッティングに行ってきました。ADSLはヤフーBBなのですが、ADSL自体のセッティングは驚くほど楽で、モデムの中にユーザー情報を入れてあるのか、線を繋いで電源を入れるだけでインターネットに繋がりました。小生がADSLにしたときは色々手入力部分があったのですが、それも全くありません。ずいぶん楽になったものです。

さてそれでテストメールを送ってみようと思ったのですが、これが繋がりません。しばらく時間をおいてみようかと思い、一太郎のインストールをやり、ユーザー登録でものすごく手間取り(メールで送られてきたULRをそのままクリックすると、最後の文字が認識されていないことがやっとわかりました)、その後再度やってもまだダメです。@niftyのメーラーのセッティング方法をもう一度読み直して最初からやり直しても、まだダメです。

ふと思って、Q&Aを除いてみたら、怪しげな記載がありました。姉のプロバイダは@niftyなのですが、他のプロバイダ経由でインターネットに接続し(ヤフーBBなので該当)、WINDOWSの標準メーラー(今回はVISTA標準装備のWINDOWSメールを使ったので該当)を使い、ADSLから光に切り替えた時に25番ポートブロックされるというのです。今回はADSLから光ではなく、ダイヤルアップからADSLなのですが、一旦ダイヤルアップでセッティングしたので、どうも該当しそうです。この対策も載っていましたので、25番を指定の番号に変えたところ、見事繋がりました。簡単に終わるはずが、また一日がかりになってしまいました。

この25番ポートブロックというのはウイルスメールなどを防ぐための対策なのですが、確か会社のメールがそのような対応をしており、外部からのアクセスで制限を受けると言うことを聞いたような気がします。小生も自宅では@niftyなのですが、OUTLOOK等のWINDOWSの標準メーラーは全く使っていないので、今までは影響がありませんでした。

実は先週日曜日に冷え込んだ時に風邪を引き込み、先週は2日も会社を休んでしまいました。やっと姉のところに行けるまでに回復したのですが、まだ喉が痛く、しゃべるのがおっくうです。ところが回り(特に女性)からは、「声がすごくいい!」と言われています。でも、もてなくても良いから、喉は痛くない方が良いです。

2008/05/12

35回目の結婚記念日と、N700系

2008年5月12日

今日は35回目の結婚記念日。どうやら35周年は、珊瑚婚とか言うそうです。
その35周年とは全く関係なく、珍しく四日市へ行く出張が入りました。お昼前に会社を出て現地集合、指定列車がちょうどそうだったせいで、N700系初乗車となりました。

N700系は外観からは窓が小さいのですが、車内に乗ってみてもやっぱり小さいです。窓枠、と言うより柱が大きく感じます。窓は特に左右方向が小さくなっているので、景色を眺めようと思ったら、少しシートを倒さなければなりません。足元にはコンセントが各列に装備され、景色よりパソコンという、まさに「今」の人向けです。

従来型700系は車体上ダンパ(アンチローリングダンパ)に加えて車体下ダンパがあるので、300系より揺れはぐっと少なくなっています。しかし欠点として、トンネルに飛び込んだ時に空力の乱れによる蛇行動が発生します。その他の区間が蛇行動がないため、特にこのトンネル内の蛇行動を不快に感じていました。その点車体が丸い500系の方が、このトンネル内の蛇行動は少ないです。N700系はどうかと気をつけていましたが、これは見事に解消しています。箱形車体なので横方向の空力はそれほど改善されているとは思えず、アクティブサスを使っているのかもしれません。衝撃的に水平に動く横揺れは、すれ違いのときだけでした。逆に今度は、これを何とかしてもらいたくなります。

N700系の乗車体験談はWちゃんが詳しく書かれていますが、カーブにかかる時の床下から聞こえる金属音のことを書かれています。確かに小生も聞きました。どうも車体傾斜のときに発生する音のようです。カーブでの車体傾斜ははっきりわかりますが、これが強制振り子(車体傾斜装置)によるものか、線路側のカントによるものかは、ちょっとわかりませんでした。なお小生は700系の蛇行動が嫌いで500系のファンだったのですが、N700系なら500系を置き換えても納得です。

お昼前に出かけて四日市で仕事をして、ちょうど6時間後に新横浜に帰ってきました。早くなったものです。おかげでケーキを買って帰れました。

2008/05/11

メタボ検診

2008年5月11日

先週、会社で定例の健康診断がありました。今年から、メタボ検診が追加になっています。このメタボ検診、ご存じのように腹囲だけで決まり、男子の場合は85cmを越えると、指導を受けることになっています。この、身長や体型を全く考慮しない85cmというのも、乱暴な話です。最近は体脂肪や内臓脂肪を簡単に測定できる体重計が安価で売られているのに、一体何を考えて腹囲だけにしてしまったんでしょう。

さて小生は身長177cmでBMI=22(最近、少しプラス目)で、ウエストは70cm台なのですが、一番細いところはおへその少し上です。このメタボ検診の腹囲測定はおへそ真上なのですが、小生は少し下を計られると腰骨に引っかかり、軽く90cmを越えてしまうのです。計る方は服(作業服)の上からなので、ウエストがどうだろうと骨盤がどうだろうと、関係なく計ります。そのために引っかかって「運動をしていない」とか、「間食が多い」とか、こちらはこちらの事情があることをとやかく言われることがいやだったのですが、測定結果は81cmで、指導は免れました。

今年の健康診断では、最初の問診票の心臓病のところを、薬を飲み始めたため「経過観察」から「治療中」に変えたのですが、内科の診察では全く無視、胸の音を聞いて、「はい、異常ありませんね」で終わってしまいました。小生の心臓病は10年以上前の会社の検診で見つかったのですが、集団検診ですから、雑な先生もいるようです。

2008/05/09

咲いた、咲いた、チューリップの花が(4)

2008年4月27日(日)(つづき)

高岡駅前のどこかに入って昼食を取ろうと思ったが混雑しており、天気も良かったので駅前のベンチでサンドイッチを食べる。すると雀が寄ってきた。物欲しげなのでカミさんがパンの切れ端をやると、さすがに手から直接は食べないものの、置いてやると喜んで食べる。元々雀は人の近くで暮らしている鳥、餌をもらい付けているようだ。08042738a


高岡にも城跡がある。歴史的に見ると越中国の中心は高岡であったのだが、富山城が残り高岡城が廃棄されたことが、現在の県庁所在地に繋がっているようだ。その高岡城の跡、現在の古城公園へ、万葉線で行く。08042744a
残念ながら旧型電車だ。万葉線は単線で、所々に行き違い設備がある。この行き違い設備は停留所と異なる場所で、実に巧妙なダイヤ構成でスムーズに交換していく。ただ交通渋滞でダイヤが乱れると、大変だろう。08042749a


古城公園は堀に囲まれているが、その堀の水が多い。遊歩道があるが、遊歩道すれすれである。周辺の道路との差も、50cmもないだろう。季節は新緑、桜が終わったばかりのようで、遊歩道にはまだ花びらが沢山落ちている。桜の季節は、見事だったろう。芸術の森と言うだけあり、あちこちに銅像が建っている。高岡が銅鋳物の街というのは、後で知った。08042753a


古城公園を出るところに、C11が置いてあるのに気がついた。確かに城端線と氷見線は、蒸気時代ならC11だろう。3次型だが炭庫の上部が高く、それにカバーが付いている。おそらく防雪カバーだろう。炭庫に通風口の付いた南国のC11とはまた変わった趣だ。08042759ac11


駅に帰る途中に、高岡大仏があった。奈良、鎌倉と並ぶ日本三大大仏とのことだが、知らなかった。これは最初は木造で、現在の姿に作り直されたのは昭和になってからというのが、影響しているのかもしれない。08042766a
昨年補修工事を終えたばかりのようで、実にきれいだ。ただしいかにも道路端に建っているので、あまりありがたみがない。「美男におわす」鎌倉の大仏よりいい男だそうだが、同性ゆえいい男の判断は控える。08042768a


高岡は銅鋳物の街で、街のあちこちに銅像がある。それも童話の一シーンの、不思議なものもある。鳥獣戯画から始まり、アリスのウサギ、桃太郎、ブレーメンの音楽隊、オオカミと七匹の子ヤギ、等々。08042774a
そうなると、当然ドラえもんもある。しかし不思議な街だ。国宝のお寺もあるし、今度ゆっくり眺めねば。

高岡で特急「はくたか」を待っていたら、EF81牽引の貨物列車が通過した。写真だけ撮っておき後でよく見たら、なんと門司から移ってきた重連総括付きの450番台であった。08042775a
帰りは同じコースで、ただ曇っていて立山連峰が見えないのが残念であった。

(完)

2008/05/07

咲いた、咲いたチューリップの花が(3)

2008年4月27日(日)

富山からは高山本線が分離し、さらに富山地鉄もある。高岡からは氷見線と城端線の二つが出ている。このあたりは鉄道密度の高いところだ。高岡のホテルは、駅のすぐ前である。08042701a
おかげで部屋からは高岡駅の様子が一望できる。EF81牽引の貨物列車も頻繁に通り、ここが日本海縦貫の大動脈であることを思い起こさせる。朝、DE10牽引の貨物列車が止まっているのが見えた。旋回窓を付けた、A寒地仕様である。排気煙を吹き出したので入れ替えかと思っていたら、そのまま氷見線の方へ入っていった。氷見線には伏木港もあり、貨物列車もまだ健在なのだ。08042778a


高岡駅前に、大伴家持の銅像がある。かつて高岡(伏木)に赴任したとか、それで万葉線なのだ。やっと気がついた。万葉線には低床型の新車もある。ここも再訪せねば。08042707a

高岡駅はまだ改修されておらず、ホームの間に側線がある。また設備も古いままで、そのため今はほとんど見られなくなった小荷物台車運搬用のエレベータも残っている。こういう産業遺産は、気がついた時にはなくなっているのではなかろうか。08042708a


砺波は城端線の途中にある。北陸色に塗られたキハ40系の2連で行く。途中駅は工場への引き込み線も健在で、城端線にも貨物列車が残っているようだ。沿線の水田はちょうど水を張る時期だが、水路の水量が多い。立山連峰からの雪解け水が豊富なところである。08042713a


このシーズン、砺波駅からチューリップ公園までは、無料のシャトルバスが出ている。歩ける距離であるが、道を間違えるといけないので、それに乗る。チューリップ公園到着。08042714a
いや、これはすごい。チューリップは色が鮮やかなので、ともかく華やかだ。その色も、色々あるのがわかる。チューリップの形をした塔と、水に浮かぶチューリップがこの公園のシンボルである。08042720a


しばらく歩くと、5連の水車があった。これは灌漑用、水をくみ上げるタイプである。その他にも、精米用や、珍しい軸流型もあった。電気屋といっても元が重電系なので、こういう機構物には興味がある。黄色いチューリップの色が鮮やかだ。聞けばこの水は庄川水系とのこと、ここで川に落ちれば半日で富山湾に着くという、恐ろしいことを言う。チューリップは香りの少ない花だが、ここまで多いと香りを感じる。08042723a5


チューリップを堪能し、今度は歩いて駅に戻る。駅の街灯もチューリップ型だ。城端線で高岡に戻ったら、「忍者ハットリ君」塗装のキハ40がいた。藤子不二雄の両氏(我孫子素雄氏と藤本弘氏)とも富山県の出身で、F氏は高岡の、A氏は氷見の出身だった。08042735a


(写真はクリックすると、大きくなります)
(つづく)

2008/05/06

咲いた、咲いた、チューリップの花が(2)

2008年4月26日(土)(続き)

我々より上の世代にとっては、富山といえば薬である。製薬会社が持っている薬の資料館があるが、企業博物館の通例として休日は休館、土曜の今日も明いていない。民俗民芸村というところに売薬資料館があるので、そこへ向かう。バス停がわからず案内所で聞き、偶然1時間に1本のバスがすぐ出発するので、それで行く。このバスの終点の呉羽山からは立山連峰がきれいに見えるとのことだが、バスで走っている間に雨が降り出した。これでは呉羽山に行っても、何も見えないだろう。08042605a


民俗民芸村には全部で7つの資料館があるが、まず売薬資料館へ。販促品が面白い。紙風船や紙飛行機は、子供の頃目にしたことがある。製薬用品に古い大型の乳鉢があった。昔は病院や医院の薬局では先生の処方箋に応じて薬を上皿天秤で量り、乳鉢ですりつぶしてその粉を包んでいた。そのためその人の体質や症状に応じて薬の量を加減でき、これこそが医者の「さじ加減」であったのだが、いつしか病院から乳鉢が姿を消してしまった。08042613a


時間があったので、篁牛人記念美術館に入る。先ほどの売薬資料館は先客が1グループ(2人)いたが、ここは誰もいない。ゆっくり眺める。売薬資料館もこの美術館も、靴を脱いで上がるようになっている。おそらく、冬は皆長靴になるからであろう。富山市内の道路には融雪パイプが通っており、住宅も玄関がやや高い。ここも雪国なのだ。08042615a


バスで一旦富山駅まで戻り、ともかく富山ライトレールを眺めに行く。バスは南口、ライトレールは北口であるが、地下道で結ばれている。開業2周年の看板が出ている。08042617a
富山港線を路面電車(LRT)に転換して、もう2年経つのだ。今度は「鉄」の旅で再訪したくなる。また南口に戻り、富山地鉄の路面電車に乗って富山城へ。中には入らず、外から眺めるだけにする。きれいな城だ。元々水の豊富なところだが、堀の水の水位が高い。帰りは歩いて街を眺めながら駅へ。県庁などはこのあたりにある。途中の松川には、観光船が浮かんでいた。両岸にあるのは桜で、桜の季節はさぞ見事だろう。08042620a


今夜は高岡止まりなので、ちょうどあった富山発高岡行きという各停で移動する。475系の3連、まだ健在である。駅を眺めると寝台電車581系改造の419系もまだ健在である。JR西日本は京阪神偏重で、京阪神には新車をどんどん投入するが、広島以西(特に下関地区)や北陸は旧型をなかなか置き換えない。その475系の各停、平日なら通勤列車のダイヤである。富山から高岡近くまで、北陸線の沿線にずっと切れ目なく住宅が続いているのには驚いた。さすが持ち家比率全国一の件である。

(つづく)

2008/05/05

咲いた、咲いた、チューリップの花が(1)

2008年4月26日(土)

数年前になるが、友人から富山近郊のチューリップ畑の中を走る485系の写真を見せてもらったことがあった。カミさんに一度チューリップを見に富山に行きたいと言ったら、チューリップなら砺波だと言う。北陸線から少し入った城端線であるが、富山県には違いはない。ハウステンボスに行った時はチューリップの季節を外したこともあって、話はとんとん拍子に進んだ。これが3月末である。心臓の手術の可能性は消えないのであまり休暇を消化したくなく、土日だけにして金曜日まで仕事なので土曜日は遅い出発、高岡に一泊して日曜日にチューリップ公園に行くことにした。時期の選択が難しいが、5月の連休だと盛りを過ぎていると見込み、4月26,27日にした。そして今日出発である。

東京駅発11:12の「とき」319号、観光より体力保持を優先させたため、遅い出発である。車両は200系K編成、山形新幹線の400系と併結できるよう改造されたグループである。山形新幹線との併結は2階建てのE4系に置き換わってしまい東北新幹線からは姿を消したが、アコモ改造を受けて上越新幹線ではまだ主力としてがんばっていある。上越新幹線は新潟から先に延びる可能性がないためか新車が投入されることもなく、最近は2線級の扱いである。かつては新清水トンネルの中を275km/hで走る200系F90編成があったが、この高速運転も取りやめになって久しい。

アコモ改造車でシートは良くなっているが、200系は狭いシートピッチの中で無理にシートを回転させるため、座席の幅が狭い。隣が小柄なカミさんだから良いが、大柄の人が隣に来たら圧迫感があるだろう。

小生はJR東日本の「大人の休日クラブミドル」というのに加入しているが、先日年間の利用金額がある額を超えたとみえ、車内販売のコーヒーのサービス券が送ってきた。今回早速使おうと思っていたが、上野を過ぎても、大宮を過ぎても車内販売の案内がない。200系は売店がないので自分で買いに行くわけにも行かずあきらめかけていたところ、国境の長いトンネルに入ったところでやっと来た。蓋が付いているので、半分ほど飲んだところでコーヒーを持ったまま乗換である。08042601a


越後湯沢からは北越急行経由の「はくたか」10号に乗換である。東京から富山に行くには、やはりこのコースが一番早い。車種はJR西日本の681系であるが、乗った車両は北越急行の所属車であった。
越後湯沢のあたりの山はまだ雪山で、河原にも雪が残る。やはり雪国である。はくたか10号の乗務員は直江津まではJR東日本、そこでJR西日本に変わる。JR東日本といってもJR区間はわずかで、ほとんどは北越急行線である。この北越急行線内を、特急列車は在来線最速の時速160km/hで走行する。上越線から別れて加速する時はさすがに速いと思ったが、走行区間はほとんどがトンネル内で、あまり速度の実感がない。ただトンネル内を走る時も単線トンネルのせいかあるいは160km/hと270km/hの速度差のせいか、新幹線の700系より揺れは少ない。シートも広く、快適である。08042610a


直江津からは北陸線、糸魚川の手前で交直転換があるが、全くわからない。かつての交直転換は室内灯が全部消えていたが、最近はバッテリー容量が大きくなって室内灯は全部点いたままである。富山に近づくと、左手に立山連峰が姿を見せる。前は富山湾、後は雪を頂いた立山連峰、こういう場所で育つと、また独特の性格が形成されるのだろう。富山に着いた。

(つづく)

2008/05/03

心房内径の時系列変化

2008年5月3日

心肥大の目安の一つである収縮時左心室内径(LVDs)の経過をまとめてみました。最近のものは、左心房内径(LAD)も入れTうぃます。

             LVDs  LAD   逆流度   その他
(正常範囲)     40以下  35以下
2004年9月17日                     IFN(リバビリン)開始
2004年11月1日    38           3
2005年8月23日                     IFN(リバビリン)終了
2006年1月25日    27           3
2007年6月18日    34    43      2
2008年4月14日    34    36      2


こうやってみると、IFN(リバビリン)中ははっきり心臓が肥大していますね。終了するとすぐに小さくなっていますので、異常値と言っても良いくらいです。それが落ち着いたあと徐々に進行していますので、O先生の「リバビリンは関係ないでしょう」という判断は、頷けます。ただIFN(リバビリン)中は「一時的に」心肥大が進行するのは、歴然たる事実のようです。

ただこのリバビリン中の値を異常値として終了後の変化だけを見ると、悪くなっては来ているものの、まだまだ「手術」という話は出てこないレベルです。行きつけの内科の先生は、「手術止めようという話は、出てきませんでしたか?」と言っていましたが、最初のLVDs=38が頭にあるので「手術時期」という話になっていますが、そこを無視してみると、「もっと悪くなったら、手術も考えなければいけませんね」というレベルです。手術をどうするかは、もう少しじっくり考えてみます。

なお行きつけの内科に行ったのは、ワーファリンを飲み始めてかそれとも納豆を止めてからか、おなかの調子が今ひとつすっきりしないからです。ただワーファリンがおなかに来る例は滅多にないそうで、今まで納豆の力を借りてかろうじてバランスを取っていたところが、崩れたのかもしれません。とは言うものの、ワーファリンを飲んでいると使えない薬が多いらしく、「これなら大丈夫」という乳酸菌製剤の整腸剤をもらいました。この薬、神経性胃腸炎のときにもお世話になったものです。7301bc11


またまた心臓の話になってしまいました。チューリップの写真は、もう少しお待ちください。その代わりというわけではありませんが、ひでほさんのまねをして今日の一枚、1973年に撮った三角線のC11196です。この時代に小生が撮った鉄道のカラー写真は、ごくわずかしかありません。

2008/5/5:表がわかりにくかったので、正常範囲を追加しました。

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

フォト
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ