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2008/03/22

キハ20に会いたい!(1)

2008年3月3日

島原鉄道の南線(島原外港-加津佐間)が3月末で廃止されることは知っていた。しかし今の島鉄は小生が知っている島鉄とは別物で、関係ないことと思っていた。しかし「鉄道ファン」誌4月号を見て驚いた。キハ20、それも自社発注のキハ2003が生き残っているではないか!南線廃止と同時にこのキハ20群も廃車になるとのこと、これはどうにかしてもう一度行かねばならない。

小生が島原鉄道に最初に行ったのは、1963年(昭和38年)である。当時中学3年生、引率者付きとはいえ、高校受験前によく行ったと思う。63061608b

当時の主力は湘南型2枚窓の、国鉄キハ45000(後のキハ15)に相当するキハ4500で、その他国鉄乗り入れ用としてキハ26とキハ20がいた。630616052601

そして2エンジンのキハ55は、キサハ代わりの旧型機械式気動車を牽引していた。キハ26は一番の花形で、諫早で準急「ながさき」に併結され、長駆小倉まで足を伸ばしていた。両運だがトイレ付きで、空気バネ装備でシートカバー付きのため、国鉄区間でも島鉄車を選んで乗る人もいたと聞く。キハ20は3両いて、01と02がいわゆるバス窓、03が200番台以降に相当するが、エンジンだけはDMH17B装備だったと記憶する。キハ20はもっぱら長崎乗り入れ用で、後年家族旅行で長崎に行った時、島原外港から長崎までこのキハ20を利用したことがある。63061606b2601_3


当時の塗装は、キハ26とキハ55は国鉄準急色と同じ黄色に赤帯だが、赤帯が3等を意味する3本線になっており、これがキハ58に準じた急行色に変更した時の「ネコひげ」に繋がっていく。島鉄ホームページの「旧島鉄色」とは、この急行色をいう。キハ20はキハ4500と同じマルーンとクリームのツートーンで、落ちついた色であった。63061602b2003


そのキハ2003がまだ生きているとのことである。カミさんに話すと、カミさんはこういうことはあおることはあっても止めることはない。最初は金曜日の終業後出発することも考えたが心臓のこともあり、無理しないように金曜日に休暇を取ってゆっくりしたスケジュールで出かけることにした。島鉄のホームページにキハ20の運行予定表が出ており、3月15日だと撮影可能時間帯にキハ2003が運行されている。15日までまだ一週間以上あるので航空券も割引で確保、宿は食事のことも考えて佐賀と熊本を取った。島原からだと、熊本に出た方が諫早に戻るより早い。ただ航空券は福岡発の方が安く、羽田-福岡往復になった。後は天気だけである。

(つづく)

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コメント

うむむ・・先日の鉄旅の動機が熱く語られてますね。それから・・・

南海さん、こんばんは
手術前だというのに、フットワークがすごいと思っておりましたが、なるほど思い出深い、こだわりのある路線と車両だったわけですね。
たぶん小生が同じ状況だったら、迷わず行っていたと思いました。

コメントありがとうございます。

>meeさん
今回のはまず予告編です。ただ旅行の楽しみは、旅行に行く前から始まっていますので、ここからですね。

>ひでほさん
鉄道の写真を撮るために旅行したというのは、この1963年の島鉄が最初です。それにしてもこのキハ2003、良く生きていたものです。

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