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2008/01/28

ワーファリンの量が増えました

2008年1月28日

循環器の検診に行ってきました。最近は心房細動もなく、先生に特に報告することもありません。あえて言えば、調子の良い日と調子の悪い日があるくらいでしょうか。

前回機械の故障で出なかったワーファリン濃度が出ました。先生、「全然効いていませんね。」まあ、小生の体重(最近は、70kg)で1.5錠(1.5mg)では、効かないでしょう。そこで2.5錠に増えました。よくよく端数が好きな先生だと思いますが、1.5錠からいきなり倍にするのも多すぎ、2錠ではあまり変化がないということでの選択でしょう。

このままで2ヶ月行きます。自宅近くの薬局のナオコ先生は、「1ヶ月で検査しないんですか?」と言っていましたが、1.5錠での変化率を見て、このくらいなら多すぎることはないと踏んでのことでしょう。ただ冬場は小生は鼻血が出やすいので、それが心配です。

採血の時、隣に静脈注射を打っている女性の方がいました。強ミノと思ったのですが、看護師さんと話をしているのを聞くと、どうもβ-IFNみたいです。待合室の戻った時「すみません、つかぬ事をお伺いしますが、、。」と聞いてみました。やはりβだそうで、他の薬は副作用が強すぎて合わず、結局βに落ちついたそうです。「この歳になったら、もう効かないから。」とおっしゃっていましたが、92年のIFN保険適用の時にやってみたけどダメで、その後再投与の保険適用になってから進行を抑えるため、ずっとβを打ち続けているそうです。もう6年とか。一日おきですから、費用負担も含め、大変だと思います。
その方のお連れの方から、「1年くらいマイナスが続いたって、そう簡単には消えてくれないわよお。」と言われ、2月の肝臓の検診がちょっと心配になりました。しかし「自己負担が1割になったから」とおっしゃっていたのですが、おいくつなんでしょう。そんなお歳には見えなかったんですが。

2008/01/26

2夜連続のホール

2008年1月26日

先日、サントリーホールとNHKホールに、2夜連続で出かけました。
まずサントリーホール、N響のB定期です。指揮はブロムシュテットさんで、マーラーの「さすらう若人の歌」とシューベルトの交響曲「ザ・グレート」。このところホルンの主席奏者二人を見なかったのですが、この日は1番に松崎さん、3番に樋口さんで、主席奏者が二人揃うという豪華版、さすがでした。グレートは、木管のソロが多く、それも掛け合いになっていることにあらためて気がつきました。カーテンコール(と言っていいのかどうか、わかりませんが)の時、ブロムシュテットさんはまずホルンの松崎さんを立たせ、次にオーボエの茂木さんのところに行って握手、後木管の主席陣と次々に握手していました。良い演奏でした。演奏とは関係無いところで、主席奏者の樋口さんがこのところ1番を吹かずに3番を吹いているのが、ちょっと気になります。

平日にサントリーホールに行くには、たいていは開演が午後7時ですので、終業後すぐに着替えて飛び出す必要があります。そうすればホールには開演20分前くらいには着けるのですが、小生は心拍が落ちつくまで1時間近くかかることもあって、慣れない人混みを抜け(渋谷での乗換は大変です)、両端に人のいる席に着くと、開演後しばらくは心臓が変な挙動をすることが良くあります。気分が悪くなるほどではないのですが不快で、演奏を楽しめるのは後半です。
そこで翌日のNHKホールなのですが、松山バレエ団の「白鳥の湖」、珍しくペア券ですが6時半開演でしかも3時間の長丁場。どうしようかと思っていたらカミさんが、「どうせ森下さんの良いところは後の方だし、白と黒の区別も付かない世間知らずの王子(ひどい表現!)など見ていてもしようがないわよ。」と言うので、会社を焦らずに普通に出て、第2幕から見ることにしました。

さて当日NHKホールには7時少し前に着いたのですが、係員は1幕2幕を連続で上演するので中に入れると言います。ただ席がかなり中の方なので休憩まで後ろで見たいと言ったら、2階は後方席がないので3階に行けとのこと、エレベータで行くよう案内され、3階一番後ろの補助席に座りました。この最上階最後列席というのも、なかなか良いです。舞台全体(すごくきれい!)が良く見えるし、両隣や後ろに誰もいないので、足を組もうが腕を回そうが平気です。おかげでゆっくりと心臓を落ち着けることが出来、第2幕の白鳥たちの踊りは上からゆったり見ました。

「白鳥の湖」の一番の見せ場は黒鳥の踊りですが、森下洋子さんはさすがに超絶技巧の部分はありませんでしたが、連続回転やジャンプなど、見事なものでした。最近の松山バレエ団は様式美で、何やら幽玄の世界を見ているようです。舞台はものすごくきれいでした。ただカミさんが前回(雅子様ご懐妊の時でしたから、6年前?)見た時には森下さんも清水哲太郎さんも超絶技巧をやっていたそうですから、この6年の影響は出ているようです。

白鳥の湖でいつも気になるのが、黒鳥オディールの行方です。魔王は倒されるのですが、そこに魔王の娘オディールはいません。まあ、オデットとオディールは普通二役ですから、舞台としてはその場にオディールが出てこられては困るわけですが、大団円の後一人残された妖艶な美貌のオディール、魔王の娘ですから、「復讐劇」などとんでもない「第2部」が出来そうです。こんなことを言うと「サスペンスドラマの見過ぎ」と言われそうですが。

2008/01/22

視野が狭いのは膜のせい

2008年1月22日

眼科の診察に行ってきました。最近どんどん間隔が延びるので、行く度に様子が変わっています。ひょいと外来診察予定表を見たら、水曜部と木曜日が入れ替わっていました。今まで木曜日はS先生は不在だったのですが、外来担当になっています。これもN講師が辞められた影響でしょう。なお診察室で漏れ聞いた話によると、4月に新しい講師の先生が来て、凡太郎氏の主治医だったT先生(女医さん)がどこかに異動されるようです。

さて自分の方ですが、目は落ちついたというか、変わりはありません。縫った糸の端も、今のところ治まっています。視力は正規の視力板自体は見えるのですが、Cの字が見えるのはずっと近づいたところ、今日は0.05ぎりぎりだったでしょう。

S先生にいろいろ聞いてみました。まず眼内レンズですが、やはり小生のように水晶体を取りだした後長く放っておくともう眼内レンズは不可能で、レンズを外に縫いつける手術になるそうです(眼外レンズ?)。ただしこれをやっても視力が良くなるわけでもなく、また炎症が起こることがあるので、S先生としては勧めないそうです。まあ今のところコンタクトで問題はありませんから、左目に何か起こったらその手術が出来るという持ちネタにしておき、しばらくはこのままです。なお今使っている東レのコンタクトレンズ、半年しかもたないので違うメーカーのコンタクトを入手するよう画策しています。
小生の網膜は増殖膜がびっしり張り付いており、中央部だけがかろうじて開いている状態だそうです。「視野が狭くなるんですよね」とS先生は言っていましたが、確かに狭く、五円玉から覗いている状態です。小生はこの視野が狭いのは網膜の外側がやられているせいだと思っていたのですが、網膜の上に張り付いた膜のせいだったんですね。この膜はべったり付いているので手術で取り除くことは不可能だそうですが、まあ待っていればそのうちはがれることもあるので(これは小生が勝手に考えていること)、気長に待ちましょう。

S先生に「ひょっとしたら5月に心臓の手術をするかもしれない」と言ったら、「ではその前に」ということになり、次の診察は4月になりました。安定してきたので、助かります。

2008/01/19

鉄の話題、二つ

2008年1月19日

一昨日、珍しく常磐線の柏まで仕事で出かけました。上野で昼食を取ったあと少し時間があったので駅ナカをうろついていたら、CD屋さんがあり、ふらっと入ったらDVD売り場に、「N700系、開発から華麗なるデビューまで」のDVDがありました。このDVD、Wちゃんも話題にされていたのですが、地元で鉄道ものDVDを置いていた模型屋が閉店してしまい、どうしようかと思っていたところでした。6,800円ですが、衝動買いをしてしまいました。

DVDはこのところ買うだけで見ていないものが多く、「奥様は魔女」(日本版ではなく、オリジナルの米国版)などもそうです。次に入院する時はポータブルのDVDプレイヤーを買い込んで、ゆっくり見ようと思っているのですが、心臓の手術の入院では忙しくてそういう暇はないという話も聞きます。まあその時は自宅療養中に見ましょう。

このDVD、楽天では売り切れだったのですが、昨日アマゾンを見たら5,000円の送料無料で売っていました。何なのだ!

今日はこれまた珍しく都心に出かけ、有楽町線の10000系に初めて乗りました。ところが外観はまるで違うのに車内は東武の50050系と全く同じで、違うところは窓が開くところくらいです。東武の50050系は、側面方向幕に行き先と号車番号が交互に出る(ぱっと見た時に、急行か各停かがわからない)、シートの背づりが立っている、シートが浅く上に向きすぎている(長く座ると、腰が痛くなる)、ドアのそばの握り棒がただのへこみになっている(逆手にしないとつかめない)、など、なるべく乗りたくない車両です。東武だけかと思ったら、まさかメトロにも同じ設計がいるとは思いませんでした。東京メトロよ、お前もか!という感じです。

東武の50050系は東急田園都市線に乗り入れてくるので、身近な影響が出ています。メトロ10000系が有楽町線だけにとどまってくれていればあまり影響はないのですが、副都心線経由で東横線まで乗り入れてくると、またまた身近な影響が出ます。日立さん、あの設計何とかしてよ!

2008/01/14

多摩川線撮影行

2008年1月14日

この3連休、藤沢の七福神を回るつもりでしたが寒くて行く気がせず、多摩川線に行ってきました。久しぶりに、写真撮影です。実はこの日(13日)は、ひでほさんから教えていただいたように、東横線で8000系のさよなら運転が行われたのですが、小生は食パンのような切妻車はあまり好きではなく、東横線はパスしました。

まず自由が丘で売店を覗くと、あおがえるストラップが大量に並んでいます。とりあえず1個購入。そして東横線の各停で多摩川へ。東横線も8000系が姿を消して8590系も数を減らしたので、インバータ車ばかりになりました。08011304a


多摩川の駅に降り立ったのは改装されて初めてですが、昔このあたりをうろうろしていたのは1960年代の終わり頃、はるか大昔の話です。今日の目当ては旧7000系の面影を残す7700系なのですが、早速新7000系が来ました。第2編成です。カメラのセッティングが間に合わないタイミングだったのでフルオートで撮りましたが、列車速度が遅いので大丈夫でした。

撮影場所を探して蒲田まで行きましたが、多摩川線は付近に住宅が密集している上に直線区間が多く、良い撮影場所はあまりありません。ところが蒲田に着いてみると、池上線でも新7000系が動いていました。蒲田駅でちょうど2本並んだので、外から狙える位置にいたら、良い写真が撮れたでしょう。08011320a


走行中の写真は、結局沼部-鵜の木間になりました。線路際が道路で一応側面が撮れるものの、道路が低いので見上げる角度になります。何枚かは失敗して、パンタグラフが切れてしまいました。7700系は台車こそパイオニアIII(本当はⅢですが、これは機種依存文字です)型からTS-800系に変わっているものの、車体は旧7000の面影をそのまま残しています。小生の好きな電車の一つです。

風が冷たく、下着を余分に着込んで行ったものの、ともかく寒い日でした。帰ったら、カミさんが冷笑していました。

2008/01/12

薬害肝炎救済法の「副作用」

2008年1月12日

薬害肝炎救済法(正式名称はかなり長いので、省略します)が昨日(11日)成立しました。ところがこの薬害肝炎訴訟で「C型肝炎」という単語と「全員一律救済」という単語が一人歩き始め、予想されていた通りの誤解が出始めています。

その1、昨日うちの会社では管理職が集められ、社長が年間の方針について一席ぶった後、懇親会がありました。立食のパーティ形式なので、社長は会場全体を回ります。
「よ!凡ちゃん!君もいくらかもらえるの?」
「冗談じゃないですよ。もらえるのは350万人の中の1000人だけですよ。」(この1000人という数字は、多少いい加減)
「申請すれば、いくらか来るんじゃないの?」
「あれはフィビリノゲン製剤投与が文書で確認された人だけで、こっちみたいな注射器の感染はダメですよ。病院も廃院になっているし。」
「そうかあ。大盤振る舞いだからおこぼれに預かれるかと思ったのに。」
社長はわかっていてわざとからかう人で、一杯入っている酒の席。事情は全部把握していてからかい半分だったのかもしれません。

その2、クラブのOB会の定期会合に出かけました。写真展をやった、あのクラブです。帰る間際に、長老の先輩が声をかけてきました。
「南海君、君は確かC型肝炎といっていたよね。」
「はい、そうです。治りましたけど。」
「新聞に出ていたあの救済法、君は何か関係してくるの?」
「いやあれは、かくかくしかじか(上と同じ事情の説明)なんです。」
「そうかあ。いや、何がどうなっているのかわからなかったから、君に聞いたらわかると思ったんだよ。しかしあの金額を半分にして、その分他の人に回してくれれば良いのにね。」
「全くです!」

上にも書いたように、「C型肝炎」という単語と「全員一律救済」という単語が一人歩きし、そのANDが誤解を招いているようです。

小生の場合は治療費負担は最後の1回だけだったし、特に人生をダメにされたとはも思っていないので今更お金をもらいたいとは思いませんが、B型肝炎及びC型肝炎の治療費補助、それもIFNに限定しない治療費補助を行ってもらいたいと思っています。

まあ小生の場合は、目の病気及び心臓病もC型肝炎の治療に伴って起こった、もしくは悪化したのですから、元々のC型肝炎がなかったら多病どころか無病だったかもしれません。会社には「南海さんは病気しなかったら、今頃はもっと上の地位で、」という人もいますが、これは病気しなかったらもっと出世したかというと、そういうものでもありません。ましてや感染の原因の医療行為を否定したら、小生は若い時に死んでいたか、学校を休むか止めるかして、全く違った人生を歩いていたでしょう。

小生は、その人の天賦のものは、才と災が抱き合わせになっていると思っており、小生にも才と災がそれなりに来ていると思います。中には才ばかりで災が無いような人もいますが、こういうのは例外として置いておきます。後は災を如何に克服し(あるいはなだめ)、才を如何に延ばすかですが、こういうことを言えるのも、いろんな面で小生が恵まれているからかもしれません。

2008/01/09

大ドジ

2008年1月9日

昨日は会社の元同僚のお父上が亡くなったので、お通夜に行きました。ところがそこでとんだ大失敗をしでかしました。

焼香をすませ、「清め」も軽くすませて駅に向かい、パスモを取り出すために鞄を肩にかけた時に???と思いました。肩にかけた感じがいつもとまるで違うのです。よく見たら違う鞄、さあ大変、どこかで間違えたようです。

小生の鞄には金目のものは全く入っていないのですが、眼鏡やら住所録やら、無くなったら困るものがたくさん入っています。申し訳なかったのですが鞄を開けて持ち主を確認したところ、うちの会社の人ではありません。「清め」の場所で誰かが間違えたかと思い、そこで呼んでもらいましたが、該当者はいません。そうしたら焼香前の荷物置き棚に忘れ物があるとのこと、何とそれが小生の鞄でした。

お通夜の会場は公民館のような施設でしたが、会場がが狭かったので、焼香の直前に荷物置き棚が設けてありました。小生は下の棚に鞄をおき、その左側にコートを置きました。焼香が終わって退出すると、荷物置き棚の反対側(裏側)から荷物を取ります。後で気がついたのですが、小生はそこで反射的に置いた時と同様、右が鞄左がコートと手が動き、コートの右側の鞄を取ってしまったのです。小生のコートは最近では少なくなった薄い色なので、よくわかります。そこでコートが目印になるのですが、違う鞄をってしまいました。同じ真っ黒で、口がジッパーになっていて2列になってもので、しかも始末の悪いことに持った感じが重さを含め同じで、そこに香典返しも一緒に持ったものですから全く気がつきません。

暗いところに黒い鞄とはいえ、明るいところで並べてみると、まるで違う鞄です。そこで謝って持ってきた鞄と交換したのですが、本来の持ち主からは何も届けがないようです。会場の方に後を託して、小生は無事に戻った自分の鞄を持って帰りました。しかし小生は焼香が終わった後一緒に来た人を待つために、荷物置き棚のすぐ前にしばらくいたのですが、「鞄を間違えた方!」という声は聞きませんでした。

原因は逆向きになったのに、反射的に置いた時と同じに手が動いたものだとわかりましたが、全く目印がない真っ黒の鞄というのも、間違える原因ではあります。早速目印代わりの飾りを取り付けました。
そろそろぼけ始めている、ということはないと、、、、思うんですが、、、(だんだん小声)。

2008/01/07

松が取れた

2008年1月7日

今日からどこの会社も本格的な始動らしく、電車が混み始めました。今日で松が取れるのですが、小生はここ数年、ボロ集合住宅の玄関に小さな松飾りを付けています。ところが今年はお正月に街を歩いても、松飾りを付けてない家が多いように思えます。集合住宅ではなく、一戸建ての話です。そう言えば、毎年暮れになるとスーパーの前にしめ縄屋が店を出すのですが、今年はありませんでしたね。

昔はしめ縄などは、正確な日付は忘れましたが、「どんどや」といって神社に持っていって燃やしていました。今住んでいる近くにも神社があるのですが(初詣はそこに行きました)、そこでもお正月過ぎの「どんどや」は取りやめになったようです。ダイオキシン規制で焼けなくなった→処分できないので飾りを付けなくなった、という循環ではないかと思います。ちなみに小生は、あきらめて燃えるゴミに出しています。

なお以前は車にも松飾りを付けていましたが、最近の車は付けづらくなったこともあって、さすがに少なくなりましたね。山形では社有車にしっかり付けていました。

2008/01/03

吉例 江戸最初山手七福神

2008年1月3日

吉例となった七福神巡り、今年も時間に余裕がなかったため、山手七福神です。

皆様にも御利益がありますように。08010301a


土日にでも行ってみようという方のために、案内図も上げておきます。小生は東急目黒線の不動前を出発して目黒不動からずっと歩き、清正公の東京メトロ南北線/都営三田線の白金高輪がゴールです。08010302a
小生は1時間40分くらいですが、ゆっくり歩いて2時間というところでしょうか。ただ目黒不動から回ると権ノ助坂の登りがきつく(心臓弁膜症なのに、ようやる(^_^;)、清正公からの方が楽でしょう。白金に入るとちょっと入って休めるような店もないし。目黒駅が頂点なので、目黒を起点にして2分割という手もあります。

2008/01/02

笑門来福

2008年1月2日

皆様、明けましておめでとうございます。旧年中はいろいろお世話になりました。今年もよろしくお願いします。

今年は何かとバタバタする一年になりそうですが、無理をせず、のんびり行くことにします。08010101a


初詣はジルベスターコンサートが終わった後、地元の神社に行ってきました。このあたりも、年々参拝客が少なくなってくるような気がします。今年は4日から仕事なので、恒例の七福神巡りは3日ですね。日本海側は大雪、一部には孤立しているところも出ているようです。山形の工場の仕事初めは大変だろうなあ。

笑う門には福来たると言うことで、鴨シーこと鴨川シーワールド名物、笑うアシカのぬいぐるみです。今年が皆様にとって、良い一年になりますように。

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