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2007/12/31

皆様、良いお年を!

2007年12月31日

なんだかんだで、今年も終わります。一昨年、昨年と会社は1ヶ月ずつ休みましたが、今年は3年ぶりにフルに出勤しました。病気では(今のところ)大きな出来事はなく、医療費も高額医療費に届かないと思います。その代わり、写真展に出品したり(ご来場、ありがとうございました)、撮影旅行も含めあちこち旅行に行ったり、元気な一年でした。

小生のパソコンは元の子供部屋に置いていますが、岡山にいるドラ息子が2年ぶりに帰省してきたため、パソコンがフルには使えなくなっています。そのため、しばらくは巡回も滞りがちになります。07123101a


恒例の干支交代、家にはミッ○ーマウスの系統のぬいぐるみがないため、ネズミがいません。顔が似ているのを引っ張り出しましたが、実はムササビです。

皆様、良いお年を!

2007/12/29

「全員一律救済」という言い方は、おかしい

2007年12月29日

記事を読む度に違和感が募ってくる薬害C型肝炎訴訟の記事ですが、「何か違う」と感じているまま年を越すのも気持ちが悪いので、自分の頭を整理するためまとめてみました。

○「全員」:この訴訟/和解案で出てくる全員とは、「フィブリノゲン製剤」「第9因子製剤」の血液製剤を投与され、しかもそれが書面で証明された方に限定しての全員です。まさかとは思っていましたが、今日(12月29日付)の朝日新聞に、この「全員」というのをC型肝炎患者全員と誤解した人の話が出てきました。同じ新聞にB型C型肝炎患者全体と、今回の「救済」が適用される対象者のピラミッドの図が書いてありましたが、まさに今回の「全員」は氷山の一角でしかありません。現在使われている「全員一律救済」という表現は、誤解を招きます。いや、あえて誤解を生じさせ、氷山の一角だけ片付けて後をうやむやにしてしまおうという深謀遠慮なのかもしれません。

○「救済」:救済といっても、見舞金(もしくは補償金)が出るだけです。それで病気が治るわけではありません。お金が無くて治療を断念していた方には朗報でしょうが、それでも「救済」という表現にはほど遠いと思います。

○感染の責任と治療の責任は別問題:小生の持論です。薬を使っての感染は、確かに国の責任があったでしょう。だけどその後C型肝炎に感染しているとわかってからは、治療についての責任は患者当人にあります。確かにこの病気、治療をすれば確実に治るわけでもなく、いろんな手を講じても悪化していくことも確かにあります。しかし、放置すれば確実に悪くなります。治療はIFNだけではなく次の手もいろいろあるのですが、報道されるのは放置例ばかりです。これでは、C型肝炎の治療全体について誤解を招きます。

アメリカの航空機事故調査はその発生責任を追及せず、事故原因の調査とその再発防止に力点が置かれています。日本はその逆で、すぐ「犯人」探しをしたがります。補償も同様、日本では「原因者は不明だが救済する」といった無過失救済制度がなかなかなじみません。今回の「全員一律救済」が、救済範囲をB型C型肝炎患者全体の無過失救済に行かないようにするための隠れ蓑でないことを、切に願います。国の本当の責任は、C型肝炎を「特定疾患」に認定しなかった(都はそれを止めてしまった)ことではないでしょうか。

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昨日が仕事納めで、今日は「終わった!終わった!」というような脳天気な話を書くつもりでした。なかなか思い通りには行かないものです。

2007/12/27

コンタクトが壊れました

2007年12月27日

朝からコンタクトをきちんと入れたのに妙に違和感があり、取り外してみたところ、周辺が見事に裂けていました。ソフトコンタクトは周辺が裂けることがありそれが寿命と聞いていたのですが、その通りになりました。1ヶ月くらい前から使っている時に突然はずれたりずれたりし始めたのですが、どこかがおかしくなり始めていたのでしょう。しかしこのコンタクト、元々は予備品で、6月末にそれまで使っていたコンタクトの汚れがひどくて白内障状態になった時、降ろしたものです。従ってまだ半年しか使っていません。

この新しい方も汚れがだんだん落ちなくなり、洗浄剤を純正品から過酸化水素系に変えたところきれいに落ちるようになったため、そのまま過酸化水素系の洗浄剤を使っていたものです。純正品と違ってこすり洗いをするのですが、その時コンタクトの端をつかんで生理食塩水を流しながら洗っていたため、端の方に無理がかかったのでしょう。過酸化水素でもろくなっていたのかもしれません。

このコンタクトは同じものを作ってもやはり一個2万円かかるので、計算上年に4万円かかることになります。保険も利かず、医療費と認められないので年末調整に合算するわけにも行かず、ちょっと痛いです。

最近はソフトコンタクトはデイリーまたはウィークリーの使い捨てに移行し、こういう半年も使うようなコンタクトは少なくなっているようです。そして小生のような水晶体代用は、多くの方が眼内レンズになっているようです。小生も視力が0.1見えれば眼内レンズに出来るのですが、まだちょっと届かないため、手術の対象になっていません。

年が明けたら、また予備レンズを頼まねば。

2007/12/25

薬害C型肝炎は、氷山の一角だ

2007年12月25日

薬害肝炎訴訟は一括救済の方向でまとまりそうです。まだどうなるかはわかりませんが、半歩前進といったところでしょう。
小生は薬害肝炎訴訟の方達を、半分違和感を感じながら、半分応援しているようなスタンスです。応援の方は、曲がりなりにもC型肝炎という言葉を広め、さらにはC型肝炎の治療費補助という話が政党から出てきたのも、薬害C型肝炎訴訟でがんばられている皆さんの働きによるものと考えているからです。そのあたりは小生も、自己負担がないことを良いことにフォーラムに安住して外への働きかけを一切やってきませんでしたから、反省することは多々あります。

違和感の方は、あまりにも「薬害」C型肝炎にこだわっているように見える点と、政府に頭を下げさせることに訴訟の目的があるように見えるからです。マスコミは犯人を捜してつるし上げることを好みます。そのため、たたきやすい相手を徹底的にたたく傾向があります。しかし薬害C型肝炎は、医原病であるC型肝炎及びB型肝炎のごく一部でしかありません。犯人を特定できない、あるいはほぼ特定できてももうこの世にないという方が、大多数です。マスコミはたまたま犯人が見つかったため大喜びをしているようにも見えます。

それから薬害ということは、その時の治療によって命を救われているはずです。命を救ってくれた薬ですので、あまり悪者扱いはしない方がよいと思います。

小生も、病院の注射器もしくは針の消毒不完全で感染したと思われます。しかし、その時代のことを今の常識でどうこう言い立てるつもりはありません。あの時代に注射器の使い捨てを強いたら、それこそお金持ちしか治療を受けられなくなっていたでしょう。それよりも今の時代は、まだまだ不完全ですが、IFNを始め抗ウイルス薬など、いろいろな薬が出ています。小泉改革のおかげで世界一医療費の個人負担が高くなった日本において、C型肝炎B型肝炎の医療費補助を、IFNにかかわらず行うことがまず先だと思っています。副作用の少ない治療法を開発することも、当然必要です。

薬害C型肝炎訴訟が和解になり、福田首相が国の責任を認めて頭を下げ、これで「一件落着」にならないことを希望します。

2007/12/24

クリスマス恒例、くるみ割り人形

2007年12月24日

暮れの第9(ベートーベンの交響曲第9番)と新年のニューイヤーコンサートはすっかりおなじみになっていますが、バレエの「くるみ割り人形」も舞台がクリスマスということもあり、おもにこの時期に演じられます。このところ第9とくるみ割り人形が隔年になっており、今年はくるみ割り人形の方に行ってきました。夫婦二人ともコンサートに行くことが多い(カミさん>小生×3)のですが、珍しくペア券で一緒に行きました。

松山バレエ団(主演は森下洋子と清水哲太郎)で、チケットがバレエ団任せだったら何と一番前でした。会場によっては一番前の席は足が見えないこともあるのですが、ゆうぽうとは舞台が目線より下で、全部見えます。オーケストラピットのすぐ前で、中央よりやや右だったため金管セクションの正面、目の前がチューバという位置でした。

普通のコンサートの時は舞台左に第一ヴァイオリン右にヴィオラかチェロ、あるいは右に第二ヴァイオリンで、後ろに木管群、その後ろが金管というのが一般的です。ところがオーケストラピットの中では左手に弦全部、右に木管金管、そのまた右に打楽器という配置になります。知識としては知っていたのですが、こう近くで聞くと管楽器はパートによって音の出てくる場所が違い、知っている曲でも驚くことだらけです。ホルンの和音と思っていたところがトロンボーンだったり、新しい発見がありました。

実は一番前の席は、カミさんも心配していたのです。というのも森下洋子さんは我ら夫婦と同じ歳(同学年)です。近くで見ると「老い」が見えるのではないかと思ったのですが、そんな心配は無用でした。一番の見せ場「グラン・パドゥ・ドゥ」は目の前で金管が高らかに歌い上げ(トランペットソロも見事=ニューシティフィルハーモニック)、実際の目は舞台上の二人と、大迫力でした。

アンコールは松山バレエ団恒例のクリスマスメドレー。ジングルベルのようなテンポの良い曲になると、チューバが大活躍していました。終わって席を立った時にホルンの人と目が合い、拍手をしたらぺこりと一礼、ホルンさん「花のワルツ」は「ブラボー」でしたよ。

2007/12/22

疲労性腰痛?

2007年12月22日

今週は(も?)何かと帰るのが遅くなりました。それでも家に着くのが8時半過ぎで昔に比べると格段に早いのですが、最近は7時頃には家に着いていたので、珍しい状態です。そうしたら、先週末の2時間立ちっぱなしの影響を引きずっていたのか、腰痛が再発しました。完全に疲労性の腰痛で、日頃腰痛体操をしているのでひどくはなりませんでしたが、防ぎきれなかったようです。体操が少し雑になっているところもありましたが。

何とかなだめながら仙台一往復をこなし、最後は東武動物公園(何も動物園に行ったわけではありません)からとんぼ返りで横浜に戻って定年退職される方の送別会へ出席です。この立食パーティでは腰の別のところが痛くなり、途中で座っていました。

今日は朝ゆっくり寝ていたところ、現金なものでほとんど回復してしまいました。やはり疲労性です。痛みが無くなって張りが残っているだけになったので、そろそろ湿布薬でも貼ろうと思って引っ張り出したところ、何と有効期限が2003年8月!その間腰痛を起こさなかったんですね。小さめの箱を買ってきました。

来週は群馬で忘年会の翌日に、朝から他社での打ち合わせがあります。これが最大の山で、これを乗り切れば今年も終わりです。

2007/12/19

一年ぶりの歯医者

2007年12月19日

一年ぶりに歯医者に行ってきました。実は去年入院前に通っていて、後一本のところで入院になったものです。その後一本は何ともないので放っておいたのですが、ほかの歯の金冠が取れてしまいました。そのはずれた金冠を持って行ったところ、しっかりしていたため、そのまま付け直して終わりになりました。

ワーファリンを飲んでいることを言ったのですが、歯を抜くとき以外大丈夫だそうです。抗生剤も、派手に削るときだけになりました。先生、少し情報を集めたようです。なお入院するとまた歯ががたがたになるので、手術が終わって落ち着いた頃、また通うことになります。

今日は仙台往復、今「こまち」の車内です。「はやて」より「こまち」の方が、ゆったりしています。

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2007/12/15

【新聞記事】B型肝炎治療のガイドライン

2007年12月15日

いささか旧聞に属しますが、12月9日の朝日新聞(朝刊)にB型肝炎治療の記事がガイドラインも含め載っていました。約半ページ有り、B型肝炎治療関係でここまで大きい記事はあまりありません。この一週間前にはC型肝炎治療のガイドラインが載っていました。なおこういうニュースではない医療特集記事は、アサヒコムには転載されないようです。

ガイドラインを簡単にまとめると、

  年齢   35歳未満  35歳以上量少 35歳以上量多
HBe抗原+  IFN      エンテカルビ  エンテカルビかIFN
HBe抗原-  経過観察   エンテカルビ

となっています。量というのはウイルス量のことで、エンテカルビは抗ウイルス薬です。

なおB型肝炎ウイルスはC型肝炎ウイルスと違って、一度感染するとB型肝炎ウイルスの遺伝子が体内の遺伝子に組み込まれ、体内から完全になくなることはありません。そのため、HBe抗原-でもあるいはHBe抗体+でもGPTに異常が出ることがあり、GPT正常でも肝硬変や肝がんに進むことがあります。そういう面では、C型肝炎よりやっかいかもしれません。

なお、ガイドラインはNHKの別冊きょうの健康「肝炎・肝硬変・肝がん」(2006年3月25日発行=現在も売っています)にも載っていますが、今日の健康は抗ウイルス薬にラミブジンを推奨しているのに対し、朝日新聞に記事ではラミブジンは耐性が出やすいのでエンテカルビを推奨している点が異なっています。しかしいろいろな場合分けに対する記載は「きょうの健康」の方が詳しく、B型肝炎に関心がある方はこちらも一読され、ラミブジンをエンテカルビに置き換えて読まれることをお勧めします。

小生のようにHBs抗原消滅まで「治癒」すると、まあほとんど心配はないようです。ただ定期的なエコー等の検査は必要で、小生の場合はC型肝炎治療後の経過観察がそれをまとめて引き受けています。

小生がB型肝炎に感染していることを知った1985年頃には抗ウイルス薬はありませんでしたので、治療方法もずいぶん変わっています。しかし、B型肝炎の抗ウイルス薬は一度使用し始めたら止められず、一生飲まなければなりません。また抗ウイルス薬というものはレベトールがそうであるように、高いです。現在肝炎のインターフェロン治療に関しては負担軽減策が検討されていますが、B型肝炎においてはインターフェロンが使えるのはごく一部です。薬害C型肝炎だけではなく、国民病であるすべての慢性ウイルス性肝炎治療に、国の補助を求めたいものです。

2007/12/14

今週は疲れた

2007年12月14日

今週は月曜日の観劇から始まり、水曜日がコンサート、木曜日がグループの忘年会と、帰りが遅くなることが続きました。そして金曜日は何もないと思っていたら、突然告別式です。まあ結婚式と違ってお通夜葬式は突然ですけどね。告別式もいろいろな事情で外で2時間立ちっぱなし。最近立ちっぱなしになることが少ないので、さすがに疲れました。IFN中なら告別式は欠席したところです。

今一番落ちつく時と言うか一服付けられる時は、会社から帰って缶ビール片手にメールチェックして巡回している時なので、今週はその時間もあまりありませんでした。今日やっと一服です。さあ、明日は年賀状の住所書きの続き。

2007/12/09

出雲街道津山宿(2)

11月24日(土)

津山は吉井川に沿った盆地であるが、こういう地形は霧が出やすい。さらに吉井川には津山市街の西方と東方で他の川が合流しているので、なおさらである。今朝は見事な川霧で、もう9時になろうかというのに視界が聞かず、しかも寒い。ただ天気は良さそうなので、まず鶴山公園に向かう。元津山城の城跡で、小高い山になっている。この山が元は「つるやま」と呼ばれ、その名が転じて「つやま」になったと、パンフレットには書いてあった。公園の読み方は「かくざん」である。津山城は明治まで天守閣が残っていたが、明治維新のどさくさで取り壊されてしまった。かつてNHKの朝の連ドラで津山城の天守閣が壊される場面(画面はそれを見ている人たちだが)があり、題名や筋はすっかり忘れてしまったが、そのシーンだけは覚えている。Pb240056a


鶴山公園は桜の名所である。寒いところでは桜は秋に真っ赤になるが、ここ津山でも赤くなっている。もっとこの紅葉はPRしても良いと思う。動物園の温度計を見たら6℃、寒いはずだ。Pb240060a
城跡を上まで登る。途中の紅葉がきれいだ。坂道で、石段が多い。小生はずっとテニスをやっていたせいで心肺機能は強くなっており、僧帽弁が逆流していても坂道はカミさんよりも平気である。ただ脈拍が一旦上がると1時間くらいは下がらないので、急ぎ足で登るようなことは止める。上まで上がると津山市内が一望できる。さすが美作国の「首都」、かなり大きな街である。Pb240064a


次に鶴山公園の北側にある衆楽園に向かう。岡山にある後楽園よりも古いという。ここの紅葉も見事だ。池に映り、実に美しい。京都のように人が多すぎないのも良い。これで入場無料である。今年の紅葉は、これで充分だ。Pb240069a


これから本当は郷土博物館に行くつもりであった。ところが祝日の翌日は指定休館日で、今日は土曜日で3連休の中日なのに休館。観光資産はたくさんあるのに、観光地らしくない街だ。Pb240084a


津山は出雲街道の宿場町で、古い町並みも残っている。昼食を取った後、そちらに向かう。出雲街道は鉄を運んだ街道らしい。古い町並はよく見ないとわからないが、腐食防止の止めに一旦焼いた板を使っている板壁など、面白いものが残っている。ただ交通規制を行っていないので車が多く、おちおち見ていられない。「フーテンの寅さん」最後の舞台がここ津山であり、また「あぐり」は岡山が舞台だがロケはここ津山で行われたなど、面白いものが沢山見られた。Pb240089a_2


最後に旧津山機関区を見に行く。駅の裏手だが裏手に回る踏切が遠く、かなり歩く。津山の西側は津山線と姫新線が並行しており、複線のようだ。旧津山機関区の扇形庫(ラウンドハウス)は多少荒れてはいるものの、建物はそのまま残っている。呼び物はDE50、国鉄末期のごたごたがなければDD51の代わりに伯備線や播但線など、山線で活躍したはずのDLだ。岡山に配置されていたはずだが、いつの間にか津山に移っている。年に何回かは庫から引き出されるようだが、今日は生DE50が見られたことで良しとする。おみやげはDE50のチョロQとなった。Pb240104a


現在も津山は運転区(正式な名称は不明)があり、気動車が配置されている。因美線や津山線の各停はキハ120の単行が主体となってきている。このキハ120、小さい車体ながらちゃんと車椅子対応のトイレが装備されており、JR西日本の考え方がわかる。それと比べると、トイレの無いキハ31を単行で走らせ、一編成の中にトイレが一つしかない特急を走らせているJR九州は、もっと何とかしてもらいたい。

帰りは時間帯の関係で急行「つやま」。現在JRに普通急行はほとんど残っておらず、東京で急行券を買う時に説明するのに苦労した。新幹線に乗り継ぐと在来線の急行/特急料金が半額になるが、これは1964年の新幹線開業当時から変わっていない。車両はキハ48基本番台の2両編成、ちゃんと車掌も乗っている。キハ48基本番台は本来北海道向けの車両であるが、寒冷地対策としてデッキが付いており、また空気バネを装備している。その装備を生かして急行用として使っているわけだ。「なるほど」という感じである。なお窓は原型は北海道標準の二重窓であったが、キハ47共々JR西日本標準のユニット窓に改造されている。

さすが急行、昨日の快速より所要時間が短い。しかし帰ってから調べてみたら、快速も坂道を下る岡山行きの方が速く、所要時間自体は快速と大差なかった。岡山からは700系「のぞみ」、夕食は岡山名物「祭り寿司」。実質1日半であったが、充実した旅行だった。

(完)

2007/12/08

出雲街道津山宿(1)

日本各地はあをあちこち旅行しているがまだ空白地帯はたくさんあり、中国地方の山間部のその一つである。なにしろ、本州縦断路線伯太の花輪線から陸羽西線、仙山線、米坂線とかなり乗っているのだが、中国地方は横断線に乗ったことすらない。その中国地方の山間部で、津山は以前から気になっていた。そうこうしているうちにドラ息子が岡山に住むことになり、気分的に身近になった。紅葉の時期を狙って出発である。

11月23日3連休の初日、新横浜11:50発の「のぞみ」85号、休日は寝坊しないと疲れが残るので、遅い出発である。休日の混雑ピークは9時頃なので、もうピークは過ぎていると思っていた。ところが新横浜に着いてみると大混雑、弁当を買う予定であったがそこも長蛇の列である。平日の朝でもこんなには混んでいない。ホームの弁当売り場で買うことにし、「まもなく2番線に、」というアナウンスを聞きながら並び、何とか間に合った。

700系の「のぞみ」である。本来は500系かN700系を狙うところだが、今回は津山線との接続を優先させたため、往復とも700系になってしまった。300系よりはマシである。
新横浜があれだけ混んでいたので指定席が満席なのは当然だが、「自由席ご利用のお客様は、指定席車両にお乗りください」というアナウンスをしていた。つまり自由席車両はもう立錐の余地もなく、分散させないと乗ることすら出来ない状態なのだろう。みんな一体、どこへ行くのだろうか?

平日の「のぞみ」だと名古屋でかなり空くのだが、今日は空かない。京都から五月雨式に減り始めた。京都でもっと空くかと思ったのだが、意外と空かない。途中の伊吹山は、錦になってきれいだった。大阪でかなり降りるが、また乗ってくる人も多い。この「のぞみ」は岡山行きだが、大阪-岡山間の需要もかなりあるようだ。以前の国鉄や新聞社の組織も、岡山までと四国が大阪、広島以西は北九州の管轄だったが、文化圏が違うのでそう分けたのだろうか?Pb240103a


岡山15:02到着。岡山駅の改良工事もだいぶ進み、以前迷わされた駅の表示がすっかりわかりやすくなっている。そのあおりで、吉備線/津山線のホームは少し移動したようだ。岡山からは快速「ことぶき」、すでに入線している。キハ47の2両編成で、ワンマン運転だがどちらもトイレ付きの基本番台車だ。座れたが、発車する時のは立つ人も出る混雑となった。

津山線の快速は津山までを1時間15分前後で結ぶ。営業キロ58.7kmは、東京-茅ヶ崎間と同じくらいの距離だ。ただ津山には中国自動車道が通っているので、大阪へ出るには高速バスが主流になっているだろう。

津山に到着する直前、進行方向右側に大きな扇形庫が見えた。駅の案内にもあったが旧津山機関区の扇形庫で、17線有り日本で3番目に大きい扇形庫だそうだ。ちなみに1位は旭川で25線(旭川の扇形庫は180度を超えていて、見事だった)、2位が梅小路で20線、3位がここ津山である。帰宅後調べたが1965年当時でも津山にいたのはC58とC11で大型機はおらず、良くこれだけ大きい扇形庫を作ったものだ。「鉄道遺産ツアー」というものがったが前日の申し込みで、参加は断念した。Pb240098a_2


津山は街の中を川が流れ、落ちついた雰囲気である。どこかで見た雰囲気だと思ったら、人吉に似ていた。今日は泊まるだけで観光は明日である。ホテルの部屋で飲んだ「麒麟淡麗生グリーンラベル」は、岡山工場の製品だった。

(つづく)

2007/12/07

2日続けての忘年会

2007年12月7日

昨日今日と、2日続けての忘年会でした。昨日は共同研究をやっている相手先と、今日は部内です。明日は写真展を行った例のクラブOB会の忘年会がありますが、こちらはパスしました。

去年の12月より「1杯だけ」限定で飲酒がOKになり、宴会などでは350mlをめどにしています。またIFN中やステロイドを飲んでいる時と違って、宴席で妙に疲れるということはないのですが、2日連続はやっぱり疲れます。取締役から2次会費用の金一封が出ましたが、2次会はパスです。

来週は月曜日の観劇から始まりコンサートなど、家で食事をしない日が続きます。メタボに注意です。

2007/12/01

異常気象

2007年12月1日

今年は夏が異常に暑かったせいか、東京の紅葉にも異常が出ています。今年は、東京でも紅葉がきれいなんです。これは絶対異常です。07120103a


秋に山形に行った時、桜の葉が真っ赤になっており、その美しさに感激しました。東京の桜の葉といえば、枯れて落ちるか、ひどい時は枯れる前に落ちてしまいます。ところが今年は、赤くなっているのです。さすがに山形ほど真っ赤にはなりませんが、例年になくきれいです。やはり異常気象です。07120101a


写真は東京都、自宅の近くです。

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