目の抜糸は延期
2007年11月25日
先日、先生の都合で一週間延びた、眼科の診察に行ってきました。目自体は落ちついているのですが、縫った後の糸の端が出てきており、これが時々まぶたの裏をひっかくような感じになって、違和感がありまた目やにが出たりします。これを取ってしまおうかどうか、結局なんだかんだで4ヶ月経ってしまったのですが、時々違和感というだけで痛みはないし、目やにもさほどのことではないので、そのままにすることにしました。取るとなると抜糸ですが、少し目を切り込んで引っ張り出さないといけないようです。なおこの糸、強膜を縫ってある糸で、自然に消滅するものではないようです。
先週からずっと風邪気味で、ひどくはならないのですが抜けきらない状態です。それなのに、23,24日と津山に行ってきました。ちょうど紅葉のきれいな時期でした。
写真は津山市内の衆楽園(元は藩主の別邸)と、おみやげのDE50のチョロQです。
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南海さん、こんばんは
津山参りお疲れさまでした。
DLに門外漢な小生もDE50の型番だけは知っています。DD54が故障が多発で試作で作った機関車?ですよね。津山の機関庫に保存?してあるのですか?。チョロQまであるとは、マニアックですね。
ところで、眼を縫った糸とは...文章を読むだけで、痛々しくて体がうずきます(~_~;)。
投稿: ひでほ | 2007/11/25 18:04
コメントありがとうございます。
>ひでほさん
旅行記にも書くつもりですが、DE50は1970年の試作で、本来はDD51の増備分を2000PSのDE50と3000PSのDF51に置き換える目的でした。ところが当時の国鉄は新形式の登場を許すような雰囲気ではなく、DD54の置き換えも含めてDD51が大量増備され、DE50は1両だけで終わってしまいました。山岳線での使用を狙い、伯備線で試用するため岡山に配置したのですがそのまま廃車になり、いつの頃からか津山に移されたようです。津山では日本で3番目に大きい扇形庫とその中にいるこのDE50が、観光資産になっています。まさか地域限定のチョロQまであるとは思いませんでした。
小生の目の最後の手術は去年10月のオイルを抜く手術でしたが、その時白目に3カ所(給水管、排水管、照明)の穴を開け、その後を縫いました。そのうちの1カ所です。
投稿: 南海 凡吉 | 2007/11/26 00:05