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2007/08/27

新聞記事、C型肝炎ウイルスは細胞油滴表面で増殖

2007年8月27日

C型肝炎ウイルスは、肝細胞の中の油滴表面で増殖していることを京大の研究グループが解明した、という新聞記事を見つけました。見たのは朝日新聞の東京版夕刊で、アサヒコムにもありました。C型肝炎ウイルスに感染すると脂肪肝になりやすくなりますが、その油の表面で今度はC型肝炎ウイルスが増殖するという、悪循環が起こるわけです。

IFN治療の前には思い切り痩せた方が良いと言われますが、痩せる→脂肪肝にならない(もしくは改善する)→ウイルスの増殖が抑えられる、という効果があったわけですね。C型肝炎ウイルスがいて太るのは百害あって一利無しですが、飲酒もやはり脂肪肝を引き起こしやすいので、この方面からも厳禁のようです。

2007/08/25

コンタクトのケース

2007年8月25日

コンタクトレンズのケースが、一週間くらい行方不明になっていました。大学に行って鞄からパソコンを出したとき、いつもと違う形で鞄を開けたため、ポケットからはみ出してしまったようです。てっきりなくしたと思い、まあコンタクトのケースくらいどこにでも売っていると思って、軽い気持ちで買いに行きました。ところが、小生の使っている東レのものとは、構造が違っていました。写真の左が東レのもので蓋が二重になっており、メッシュの仕切りが付いています。レンズをすすぐときは、この内蓋だけをして洗浄液ですすぐわけです。右がボシュロムのもので、メッシュの仕切りはありません。07082502a

これはえらいことになったと思い何軒か薬局を見て回ったのですが、蓋が二重のタイプはありません。これは土曜日に純正品を扱っている日比谷の眼鏡屋に行くしかないかと思っていた頃、別のものを探して鞄の中を探し回っていたら、ひょっこり出てきました。ポケットの外側と外のジッパーの間に入っていました。やれやれです。今まで違うタイプの洗浄液を使っていたのですが、今日から純正品です。

このメッシュの仕切りのあるコンタクトケース、買おうとするとなかなか手に入らないので、今のうちに注文しておきました。近くの眼鏡屋でも、注文すれば手にはいるようです。しかし市場性のあまりないメーカーの物を使っていると、手入れも大変です。

「コンタクト」という単語を見出しに付けると、視力回復やら、レーシックやらのトラックバックが沢山付くので、今日のものだけはトラックバック禁止にしてあります。

2007/08/22

網走は地の果て、海の果て(8)

2007年7月17日

今日のカミさんの出発は10:19のオホーツク4号なので、朝から少し時間がある。なお小生の女満別空港行きのバスは10:55発で、オホーツク4号より少し遅い。そのため、屯田公園に行ってみる。北見は屯田兵に関する史跡も多く、信善光寺には日露戦争当時の軍服を着た屯田兵の人形もあるが、駅から距離があり、列車に乗る前に行けるような所ではない。P7170179a

屯田公園に残っているのは石碑で、公園自体はきれいな公園だ。中に図書館もあるが、今日は火曜日だが休日の翌日のため休み、これが後々曜日の感覚を狂わせる原因となる。P7170181a


カミさんと別れ、小生は三治公園に保存してあるD50を見に行く。屋外展示の割には、保存状態が良い。北見も鉄道に縁の深かった街だからだろうか。オホーツク4号を見送り、バスで女満別空港へ。なおオホーツク4号が札幌に着くのは14:46で、その時間には小生は羽田に着いている。石北本線は、北見の網走側は高架だが、遠軽側は地下のトンネルで市街地を抜ける。非電化区間はディーゼルの排気ガスで地下トンネルを嫌うのだが、よく地下にしたものだ。P7170186a


女満別空港へ行く道路は高速道路ではないが、途中の美幌バイパスを70km/hで走る。これでは鉄道の利用者がだんだん減るはずだ。このあたりは水田がない。北見峠(白滝越え)の旭川よりには水田があったので、そのあたりが水田の限界地だろうか。
小生は国内線の飛行機は1960年代後半から使っているが幹線が多く、ローカル空港はあまり利用したことがない。北海道でも千歳以外は釧路だけで、女満別は北海道3つめの空港だ。食事の出来るところが2軒しかなくどちらも軽いものがないが、なぜかラーメン屋にサンドイッチがあり、そこで昼食を採る。

女満別発羽田行きJAL1184便の機体はA300-622Rで、元JASの機体である。元々北海道のローカル空港は旧JASの得意とするところで、かつてもJASの便数が最も多かった。レジNo.JA8375はJASでのA300-622Rの1号機である。現在JALはほとんどの便にクラスJの設定があり、比較的安価で「ちょっとゆったり」のシートが選べるので、最近小生はもっぱらクラスJである。小生はトイレに行くことが多いので通路側の席が便利なのだが、ついつい窓側を選んでしまう。今回も左側の窓側である。P7170187a


12:45離陸、前日に台風が通過したばかりで、上空に上がると雲が多い。北海道特有の畑の写真を撮ろうと狙っているうちに、雲で地表は見えなくなってしまった。雄阿寒岳と雌阿寒岳が雲から頂を出している。こういう景色が見られるので、窓側が止められないのだが。
東京近くはずっと雲で、その雲を縫って14:17、無事羽田空港に着陸した。

(完)

2007/08/19

網走は地の果て、海の果て(7)

2007年7月16日(つづき)

北見の街はさほど大きくないので、駅のコインロッカーに荷物を預け、あちこち動き回れる。と言うより、ここは普通の観光コースから外れており、ピンポイントに訪ねるしかない。P7160161a


市内バスで、野付牛公園の中にある北網圏北見文化センターを訪ねる。そう言えば、北見は昔野付牛と言ったが、野付牛とはアイヌ語で「地の果て」という意味だそうである。ここはプラネタリウムを備えた科学館と美術館があるが、目的は美術館である。展示は「天使がいた時代」と題したヨーロッパ絵画展、地元の新聞では話題になっていた。どちらかというとカミさんの趣味であるが、これが個人コレクションの展示であるから、驚く。科学館の方はこれといったものは無さそうだったので、パスする。P7160163a


次にピアソン記念館へ移動、駅前までバスに乗りそこから街中を歩くが、街中の小さな通りまで、やたらと信号が多い。赤信号で待っていても、ほとんど車は来ない。北見の街も道路が碁盤の目に区切られ整然としているが、その碁盤が45度曲がったものとの2枚重ねになっている。車で走ったら、大変だろう。P7160164a北見文化センターもそうだったが、ピアソン記念館は建っている場所がきれいである。芝生ではないだろうが、緑がきれいだ。北海道ならではで、九州ならあっという間に草が背丈ほどになってしまうだろう。P7160165b

ピアソン記念館、旧ピアソン邸の設計者はW.M.ヴォーリズで、近江兄弟社を創設した人物でもある。展示内容について、小生はキリスト教より北海道開拓の歴史の方に興味がある。やはり船で宗谷岬を回り、網走に上陸している。ここは雰囲気の良い、落ちつく場所だ。P7160167a


北見には東急百貨店がある。今日の夕食は、その地下でそろえた。デパ地下だ。明日の夜は東京である。

(つづく)

2007/08/18

網走は地の果て、海の果て(6)

2007年7月16日

昨日カメラを持たずに失敗したので、今日は朝から網走駅前に待機し、しっかりとDMVを待つ。レールと道路のどちらも走れるDMVは、以前より世界各国で研究されていたが、実用化になったものはない。P7160134a
北海道では現在試験運行、何とか実用化してもらいたいものだ。その試験運行の出発地なので停車時間があるかと思ったが、DMVは出発時刻のほんの数分前に現れた。生で見ても、単なる変な形のマイクロバスである。乗客はすべて予約、おそらく満席であろう乗客を乗せて、DMVは走り去った。P7160138a


網走9:30発の「オホーツク」4号で、北見に移動する。網走に着いたときは夜で、回りの景色が見えなかったので、ゆっくり眺める。まず網走湖にそって走るが、意外と大きい。女満別までずっと右側は網走湖とカラマツ林が続く。美幌の構内は広く、多数の測線の形跡がある。かつては農作物を出荷していたのだろう。美幌の先で、峠を一つ越える。行きには気がつかなかったが、結構な峠である。緑がきれいだ。「オホーツク」車内で、遠軽から積み込む弁当の予約を取り始める。今日は北見まで、残念である。P7160143a


北見は同東北部開発の拠点だった。鉄道が池田から開通し、それが網走まで延びて網走本線となった。小生の小学生の頃は、まだ網走本線だった。これが石北線の開通の後に池北線に格下げされ、やがて第三セクター化され、その後廃止に追い込まれる。跨線橋の上に立って眺めると、廃止されたふるさと銀河線が複線でまっすぐ延びており、かつての本線の威光を感じさせる。しかし現在の高速道路の進捗状況を見ると、石北本線ですら存続が危ない状態で、池北線の廃止は致し方なかったろう。北海道は、だんだん旅行しにくい土地になって行く。P7160154a


北見の名物は、ハッカである。やはりハッカ記念館に足を向ける。駅からハッカ記念館へ向かう途中、旧国鉄の車両を多数並べた場所があり、とりあえず写真だけ撮る。後で調べてみたら、勤労青少年センター、あの車両は何のために置いてあるのだろう。P7160155a

ハッカ記念館はかつてのホクレン北見薄荷工場の事務所で、なかなか風情がある。ハッカ記念館では驚くことだらけ、まずハッカとペパーミントは違う。ハッカからだけ、結晶メンソールが取れるという。用途は主に医薬品で、一時期は世界の70%を抑えていたという。しかし合成品に押され、1983年には工場も閉鎖された。今は北見のハッカはない。ここまで聞くと何やら富良野で聞いたラベンダーと同じであるが、ラベンダーは復活したのに、ハッカは復活の兆しはない。やはり香料としては、ハッカは刺激が強すぎるからだろうか。個人的には、細々とでも天然ハッカに復活してもらいたいのだが。P7160158a


なお現在の北見からの出荷の主力はタマネギのようで、シーズンにだけ石北本線に貨物列車が運転されている。北見は貨物列車の東北の限界点でもある。

(つづく)

2007/08/17

網走は地の果て、海の果て(5)

2007年7月15日(つづき)

札幌からJR特急で約5時間以上かかる街は、稚内、根室、網走で、この3カ所は「地の果て」と言って良いであろう。ところが海路となると、話が変わる。稚内は日本海航路で、根室(花咲)は襟裳岬の難所があるものの太平洋航路で行けるが、網走は稚内もしくは根室の先となる。根室回りは納沙布、知床の両岬を回るのに加え、国後島と野付半島の間を抜けなければならないため、明治時代は稚内回りがもっぱら使われていたようだ。そして宗谷岬を回って沿岸沿いに知床半島の手前で行き着いたところが網走で、まさに「地の果て、海の果て」である。P7150117a


網走駅からバスセンターまで歩いてみる。途中に花のきれいな公園がある。網走だけではなく、北海道内は公園が良く整備されており、きれいだ。バスの時間を確認し、また網走駅まで戻る。小生は一人旅の時も、カミさんと一緒の旅行も良く歩くが、そろそろ控えないと心臓に負担がかかりそうだ。P7150119a

網走駅前から網走監獄に行くバスは、流氷館や北方民族博物館を回る循環バスである。途中に「網走刑務所前」というバス停があるが、こちらは現役、現在は重罪犯はいないそうだ。これから行くのは博物館の「網走監獄」である。P7150120a


博物館「網走監獄」に着く。映画で使われる刑務所の門は、ここのものだという。地の果て海の果ての網走だが、実際はさらにその回りは湿地帯か原生林で、脱獄してもまず助からないような所だ。まさしくここは流刑地であった。P7150121a

監獄内の展示は、人形がリアルだ。坂道で心臓に負担がかかったのか、それとも建物歴史が持つ「気」に当てられたのか、気分が悪くなる。ざっと一通り回ったところで休憩、次のバスで移動する。P7150122a


流氷館は小生は紋別の物を見、カミさんは興味がないのでパス、北方民族博物館に行く。ちょっと休んだだけで、気分は何ともない。やはり「気」に当てられたか?北方民族博物館をじっくり見る。小生が全く知らなかった、別の文化圏がここにある。その文化圏は遠くカナダまで広がっており、日本は島国で単一の独立した文化圏であるというのは、全くの幻想にしか過ぎない。
帰りのバスを待っていたら、韓国人の団体が現れた。北海道は韓国で人気だとは聞いていたが、こんな人里離れたところまで観光に来るとは思わなかった。P7150127a


今度はバスセンターまで戻り、網走の街を少し歩く。流氷観光船オーロラ号の岸壁は歩くには遠く、あきらめる。街中にある永専寺の山門が旧網走刑務所の正門である。P7160130a
歩くといろいろ発見がある。網走市役所の看板はものすごく立派、網走には支庁が置かれているが、車は北見ナンバーである。また網走は花の街でもあり、あちこちにフラワーポットがある。冬が厳しいため、短い夏を謳歌しているようだ。

(つづく)

2007/08/16

写真展無事終了

2007年8月16日

写真展は、無事終了しました。わざわざ足を運んでいただいた皆様に、あらためてお礼を申し上げます。評判は、「大好評」のようでした。

今日会場に行き、写真パネルをもらってきました。あらためて持ってみると、でかい!全紙かと思ったのですが、写真の部分だけで全紙の大きさがあり、縁の部分だけ全紙より大きくなっています。他のパネルと同じ場所に入りません。一応別の所に応急的に入れましたが、きちんと置き場所を考えなければなりません。

今日はNHKの京都五山の送り火(大文字焼き)の生中継を見ていました。大文字を生で見たのは1999年、もう8年も前になります。

2007/08/15

網走は地の果て、海の果て(4)

2007年7月15日

朝ホテルから出てみると、駅前にDMVがとまっていた。あわててカメラを取りに戻るが、出てきたときはスタッドレスタイヤ特有のやかましい音を立てて走り去っていた。この音、米沢でさんざん聞いた音である。バス停を見ると、休日だけの事前予約制の運行で、釧網本線を走っている。今日は日曜日であったが明日も休日なので、明日も朝からちゃんと来よう。P7150067a


昨日は夜に着いたので良く見えなかった網走駅だが、縦書きの立派な看板がある。駅では珍しい縦書きだが、これは「横道にそれないように」という意味があるそうだ。やはり「番外地」の街でもある。P7150068a


今日はまず原生花園を見に行く。釧網本線に原生花園駅があるので単に原生花園と書いたが、正確には小清水原生花園だ。北海道はあちこち原生花園があり、最初にいったのは豊富の原生花園だった。
釧網本線の快速「しれとこ」はキハ54の単行、8年前に稚内まで行った急行「礼文」も、また根室までいったときの快速「ノサップ」もキハ54だった。この車両は北海道にしかいない。キハ54 507の車内は元新幹線0系に使われていた転換クロスシート、0系にはこの時代に一番良く乗ったので、懐かしい。釧網本線は意外とアップダウンが多く、キハ54はほとんどノッチを入れっぱなしである。進行左側の海沿いの席は一杯で山側に座ったが、これが大正解、原生花園の駅の手前で、右側はエゾキスゲの大群生になった。P7150073a


原生花園駅で降りる。原生花園の真ん中で、その先はオホーツク海、山側は涛沸湖である。天気がよいが、少し風が強い。日差しが強く、やけそうだ。オホーツク海を見るのはこれで3度目だが、1回目冬の紋別、2回目は宗谷岬からチラであり、夏のオホーツク海をしっかり見るのは初めてだ。海が青い。その海の右側に知床が見える。こういうところでは、生来遠視の小生は遠方ばかりを見て、生来近視のカミさんは近くの花ばかりを見ている。P7150081aP7150095a

小清水原生花園は、国鉄でSLが廃止されたら荒れてしまったという。SLの火の粉で自然野焼きが行われていたそうだ。かつて北海道のSLには火の粉止めを付けたものが多くファンからは不評だったが、実際に火事が起こっていたのなら火の粉止めも必然である。また放牧も行わないとダメだそうで、かつての牛に代わり、現在は馬が放牧されている。P7150102a


原生花園をたっぷり堪能し、記念入場券を買って、網走に引き上げる。来る途中のエゾキスゲの群落は写真を取り損ねたので、今度も山側の席でその気で狙う。シャッタータイムラグの少ないカメラを買ったのだが、図体が大きすぎるので、今回の旅行には昔のカメラを持ってきた。シャッタータイムラグが大きいが、何とかいい写真が撮れた。P7150112a


帰りのキハ54 515は同じ新幹線0系でも1000番台に装備された固定型簡易リクライニングシート、全体が中央を向いた「集団見合い型」と言われるシート配列だ。ヨーロッパでは多い配列だが日本では人気がなく、回転型リクライニングシートに変わっていった。駅そばで昼食を採り、いよいよ「番外地」へ向かう。

(つづく)

2007/08/14

大鉄道博覧会

2007年8月14日

江戸東京博物館で行われている「大鉄道博覧会」に行ってきました。本当は昨日行きたかったのですが、お盆でも月曜日は休館日です。07081412a


会場は子供連れでかなり混雑していましたが、展示が見られないほどではありません。目玉は蒸気機関車2台の現物展示と、修学旅行用「ひので」号155系の座席、それにオハネ17型寝台車のカットモデルでしょうか。小生はなぜかオハネ17には乗ったことがなく、良く乗っていたのは冷房化された後のスハネ16です。長さが少し足りないのですが、上段に乗ると荷物置き場まではみ出して寝られるので、もっぱら上段を使っていました。

もう一つ、黒岩保美さんの画も展示してありました。これは見応えがあります。そして、おみやげに「つばさ」のサボを買ってきました。しかしこの特別展だけで\1300、う~~ん。07081409a


帰りに新宿で紳士用の日傘を見ましたが扱っておらず、結局新聞に出ていた池袋のT武百貨店まで行きました。晴雨兼用です。会計の時に店員さんに聞いたら、製品のほとんどは関西に流れ、関東では扱っている店がほとんどないとのこと、見かけないはずです。しかし今年が結構な売れ行きのようですから、来年はもう少し扱う店が増えるでしょう。

2007/08/13

網走は地の果て、海の果て(3)

2007年7月14日(つづき)

札幌発網走行きの「オホーツク」は1日に4本あるが、朝2本午後2本で、札幌と網走とをそれぞれ出発した編成が往復するダイヤになっているので、3号と5号の間は5時間半の時間が空く。そのため札幌を朝早く出るか、網走に夜遅く着くかの2つしか選択肢がない。あとで調べてわかったことだが、札幌-網走間には高速道路経由のバスが夜行を含んで1日9往復しており、所要時間も5時間50分と、列車の5時間半と比べて遜色がない。ましてや沿線の最大都市北見までは4時間半と、列車と同じ所用時間である。どうやらこの区間はバスに主力を奪われた区間のようだ。個人的には、IFN以降長距離バスには乗らなく(乗れなく)なっている。P7140064a


15:16札幌発車。「オホーツク」用のキハ183系は旧型で、最高時速が110km/hである。東海道線と同じ最高速度なのだが、函館本線内は他の特急が130km/hですっ飛ばしているので、遅く感じる。席は最後尾の4号車であるが、今日は夏の3連休のせいか2両の増結があり、全体では6両編成だ。キハ183系の先頭車は電源エンジンを積んでおり、その音で走行エンジンの音が聞こえない。P8130009a


「オホーツク」には車内販売もあるが、16:00まではこれから先の長丁場に備えてか、待機中である。1時間40分で旭川へ、ここから石北本線にはいる。網走への旅はここからが本番である。やってきた車内販売にDMVのチョロQがあったので、早速購入する。この時点ではDMVの試験運行線はこれから行く釧網本線だということに、小生は気がついていない。

愛別の手前あたりで、登り坂が始まる。石北本線は生田原-金華間の常紋越えが有名であるが、上川-上白滝間の白滝越えも負けず劣らず険しい。キハ183系はトルコンの直結を切り、エンジン音も高く登っていくが、速度はやっと30km/hくらいだ。思っていたよりずっと厳しい峠だ。回りの地形が厳しすぎて写真に適した場所がないので、鉄道雑誌に紹介されていないだけだった。渓谷沿いに坂を登る。新緑というには遅くもう夏だが、北海道の緑は黄緑色に近く、新緑の感じだ。その山中に、高速道路の建設が進む。

石北トンネルを挟んだ上川-上白滝間には、かつては天幕、中越、奥白滝の3駅があったが2001年に廃止され、駅間距離が34kmとなり、日本2位の長さである。ちなみに日本一は、同じ北海道は石勝線の新夕張-占冠間で、34.3kmだ。奥白滝の駅前にさび付いた電話ボックスがあり、かつてはこのあたりに人の生活があったことを思い起こさせる。P7150069a


網走着は遅いので、夕食は札幌で仕入れてきた弁当である。逆コース(上り)なら遠軽で駅弁を積み込む(予約制)のだが、下りはそれもない。

遠軽到着は19:00、札幌から3時間45分だ。かつて小学生だった長男を「北海道自然の村」の遠軽キャンプに送り込んだが、「北斗星」で札幌に着き、同じ時間の「オホーツク」で遠軽に着いたはずだ。その遠さに、さぞびっくりしたことだろう。ここで進行方向が変わり、先頭車となる。遠軽を発車後しばらく平坦地が続いた後、常紋越えにかかる。ここは難工事だったところで、トンネルの壁の中から人柱にされたと思われる人骨が発見された、という記事を見たばかりだ。残念ながらもう真っ暗であったが、写真撮影の名所だった旧常紋信号所の場所は確認できた。

網走着20:48、札幌からの所要時間5時間32分。これで最短経路なのだから、まさに網走は地の果てである。

(つづく)

2007/08/12

網走は地の果て、海の果て(2)

2007年7月14日

函館の天気は曇り、今日も寒い朝だ。今日乗る「スーパー北斗」3号の発車時刻は8:30なので、それまで少し散歩する。しかし寒い。函館の朝市は、初めて見た。これはすごい。これから先の旅が長くないのなら、ゆっくり見物し、買い込むところだ。函館駅に「SL大沼号」の補機(DL)と客車は止まっていたが、肝心の蒸気機関車はまだ連結されていない。蒸気全盛時代にはあまり見向きもされなかったC11だが、ここに来て人気者になっている。P7140048a


「スーパー北斗」はキハ281系、何回乗っても感動するくらい早い。今日の車両は試作車のキハ280-901であるが、量産車と変わりはない。大沼をゆっくり眺めるが、今日は曇っており、駒ヶ岳が見えない。長万部の構内は、広い。ここから別れる「山線」、本来の函館本線には乗ったことがない。沼ノ端で室蘭本線から千歳線が別れるが、千歳線の上り線はここで大きく離れている。沼ノ端は昔は本当に湿地帯だったようで、複線化の時に地盤の良いところを探したのだろう。小生は北海道旅行の帰りはいつも飛行機なので、この千歳線の上り線にも、乗ったことがない。昔仕事で白老に来たときは、千歳空港から車だった。P7140058a


千歳空港の回りは原野である。そのため千歳側から列車で札幌に近づくと、原野からいきなりビルの林立する都会になる。その都会の高架複々線を走り、札幌に定刻11:47に到着した。P7140056a


今日の札幌は乗り継ぎで、昼食時間を含め3時間半時間がある。そのため、ちさきバラ園に行くことにする。次の時間が決まっているので、往復タクシーだ。タクシーで約20分、しかもかなりの登り坂で、タクシーは入口のすぐ前まで行ってくれる。心臓に不安がある身としては、登り坂は出来るだけ少ない方が良い。P7140061a


ちさきバラ園は高いところにあるだけに、見晴らしがよい。函館と違って札幌は晴天、日に焼けそうだ。バラも見事である。これが元は個人の庭園だという話を聞き、驚く。「プリンセス・ミチコ」という品種があることは知っていたが、「エンプレス(皇后)・ミチコ」という花は初めて見た。気品の感じられるピンクだ。P7140057a


まず最初のおみやげを買い込み、少し早めに引き上げたが、帰りは交通渋滞に引っかかり、予定通りの時間に札幌駅に着いた。これから5時間半の列車の旅である。

(つづく)

2007/08/11

今日から夏休み

2007年8月11日

今日から夏休みに入りました。うちの会社は夏休みと正月休みに入る前は「納会」と称して会社で一杯やるのですが、昨日は仕事で午後から出かけていて、その納会にも間に合いませんでした。このところ仕事が忙しく疲れも溜まっていたので、良いお休みです。例年より短いのですが、15日まではのんびり出来ます。

その初日の今日、クラブのOB会の例会なので、池袋まで出かけました。例会場は冷房が効いているので、楽です。その例会場の帰りにMデパートが目に止まり、そのままふらふらと入ってみたら、07081105a
夏用の紳士帽、それもスーツに合いそうな帽子がありました。この手の形がしっかりした帽子は、最近会社に「帽子かけ」なるものがないので置き場に困るのですが、買いました。写真の帽子です。クリーニングが出来ないので汚れたらその時点で終わりですが、数回の夏は持つでしょう。スーツに帽子をかぶった姿のモデルは、王監督です。

2007/08/06

日傘が欲しい!

2007年8月6日

眼科の診察、それも臨時診察に行ってきました。縫ったあとの糸が出てきたところが、治ったかどうかの確認です。まだ違和感は少しありますが、痛みはなくなり、炎症も治まったので、そのままになりました。「痛みがひどいようなら、糸を切りますけど。」と言ったS先生の言い方から見て、糸を切るのはかなり大事のようです。元々ほおって置いても吸収されてしまう糸ですから、しばらく様子見でしょう。明日からコンタクトも復活します。

朝からまず病院に行き、それから会社に行ったのですが、お昼過ぎに仕事でまた出かけました。一番暑い時間です。休日に外に出るときは帽子にサングラスですが、会社から出かけるときはそういうわけにも行かず、何も無しです。男用の日傘が欲しいと思いました。上着も一応持っていきましたが、結局持っていっただけに終わりました。明後日もお昼前に出かけます。雨傘を差していくかな。

2007/08/05

網走は地の果て、海の果て(1)

2007年7月13日

今日から4泊5日の予定で北海道に出かける。行き先は網走、北見。小生は仕事と遊びで何回か北海道に行っているが、カミさんと一緒に行くのは3回目だ。カミさんと二人で最初に北海道に行ったのは1999年で、2回目のIFNが終わったあとだった。次は2003年で単身赴任から帰ってきたあと、今回は3回目のIFNのあとおまけのぶどう膜炎が一段落し、やっと旅行らしい旅行が出来るようになったときである。北海道に行くのは、どうやらこういうタイミングになっているようだ。

東京の天気は曇り、駅に着くまでに小雨が降り出したが、傘を差すまでもない。駅に着いてしまえば今日の夜まで列車の中なので、ここで傘を広げたくはない。
東京発12:56の「はやて」19号、前日まで仕事だったので、遅い出発だ。山形から東京に帰ってきたあと仕事の関係で山形がすっかりご無沙汰になり、東北新幹線にも全く乗らなくなってしまった。日頃は上越新幹線のMAXばかりなので、E2系は新鮮に感じる。6号車E226-1304。編成全車1000番台の新製編成、全車1000番台の編成は編成全部に車体間下ダンパが通るので、揺れが少ないはずである。今日は珍しく3人がけのAB席だ。

「はやて」は大宮-仙台間無停車だが、宇都宮を過ぎると飛ばし始める。やはり1000番台編成は揺れない。ただしトンネルにはいると蛇行動がある。旧型のE2系は300系に似た(はっきり言って、悪い)乗り心地であったが、1000番台編成はトンネル内の蛇行動も含め700系に似た感じで、旧型に比べるとずいぶん改善されている。しかし盛岡-八戸間はトンネルだらけで、おもしろくない。

八戸着16:03、寒い!今日の函館着が19時過ぎるので、駅弁を買い込む。地方都市は店の閉まるのが早く、19時すぎたら食事は出来ないと思った方が良い。八戸名物ウニとアワビの炊き込みご飯「いちご煮」と、缶ビール。カミさんと一緒の旅行はそれこそ学生時代からだが、旅行中缶ビールを買うのはおそらく初めてだろう。ちなみに、結婚34年である。P7130045a

八戸からは789系「スーパー白鳥」、JR北海道の所属車なので、もう乗ったときから北海道気分だ。ほぼ満席で発車。八戸を出るとすぐ右手に八戸臨海鉄道の広いターミナルが見える。DD13タイプのDLが待機している。小生は安全、大気汚染、省エネルギーのすべての観点から鉄道貨物輸送をもっと活用すべきだと思っているので、貨物ターミナルが活気があるのはうれしい。逆に八戸から先へ、新幹線の路盤がずっと延びているが、小生はこれ以上の新幹線の延長には反対である。

789系には初めて乗るが、びっくりするくらい防音性能が良い。また車内の作りが良く、かちゃかちゃという異音が全くしない。シートも良い。これは485系3000番台の「白鳥」より789系の「スーパー白鳥」の方が、断然お得である。野辺地で「きらきらみちのく」らしいリゾート気動車とすれ違う。窓が大きい!青森で進行方向変更、乗客もかなり入れ替わるが、まだ満席の状態が続く。この列車は札幌行きの「北斗」の最終に接続しているので、その乗客も多いのかもしれない。

789系の車内には、停車駅間のどのあたりにいるかを電車のイラストで表した表示がある。電車緑のLED表示なので、芋虫のようにも見えるが。青函トンネルが近づくとこの「芋虫」の前方にトンネルが現れ、青函トンネル内では「芋虫」もしっかりとトンネルの中に入った。実に芸が細かい。車内が静かなので、ブレーキをゆるめるときにブレーキ弁の排気音が聞こえる。P7140051a

「スーパー白鳥」は快調な走りで定刻19:20、どんよりと曇った函館に滑り込んだ。函館はともかく寒い。天気も悪いので、山登り(夜景の見物)は止める。今日は最高気温が16℃だったそうだ。

(つづく)

2007/08/04

暑いと体調が悪くなる?

2007年8月4日

今朝は久しぶりに時間を気にせず、のんびり起きました。ところがなぜか心臓の鼓動が早く、体調がすぐれません。脈を取ってみると、かなり乱れています。それも余分なところに打っているようです(期外収縮です)。朝食を採り、カミさんがかなり以前に買った血圧計を引っ張り出して計ったところ、血圧自体は110/56だったのですが、脈拍が91もあります。小生はテニスをやっていたため心臓が悪くなる前は脈拍が低く、安静時で64くらいでした。

じっとしていたら体調は良くなってきましたが、ともかく暑く、珍しく冷房を入れました。小生は冷える方に弱いので、冷房が嫌いなのです。逆に我慢していた暑がりのカミさんは、大喜びです。

昼食も出かけずに自宅で採ったら(レンジでチンのスパゲッティ)、いつも通りの体調になってきたので出かけました。今日は出かけるつもりはなかったのですが、会計処理のために写真展の会場に行かなければならなくなったのです。

外に出ると、心臓がどうの、脈拍がどうのは、全く気になりません。逆にいつも脈拍が早かったり元気が出なかったりしているのに、階段が多かったり(会社の近くの駅にも会社にも、エスカレーターはありません(;_;))、出張に行くのに気が乗らなかったりのせいにしているので、気がついていないのかもしれません。P1000084a

帰宅して冷房の中でのんびりして、寐る前にまた血圧を測ったら98/56で、脈拍は81まで落ちていました。ひょっとしたら、厚さのせいで体調が悪かったのかもしれません。

品川に行ったついでに、近くの八ツ山で京浜急行の電車の写真を撮ってきました。

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