« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006/12/30

後半良いから、良い年でした

2006年12月30日

今年も残すところ、あと1日となりました。2006年を振り返ってみたいと思います。
今年は去年の10月から引き続いた、目の中のヘルペスをなだめながらのお正月から始まりました。そのため恒例の初詣その他を、すべて省略しました。順調に見えたのですが、目の中に増殖膜が広がって視力0になり、5月の2回の手術で前半が終わりました。そんな中で、2月に心肥大が改善していることがわかり当分手術の必要が無くなったことと、3月のC型肝炎の著効は、ビッグな良いニュースでした。

目の硝子体手術がウイルスの活動にどう関係しているかはわからないのですが、5月の手術後ウイルス(ヘルペス)の活動は目に見えて沈静化してきました。10月にオイルを抜く仕上げの手術をして、12月には水晶体代用のコンタクトを入れられるようになったのは、大前進です。視力は0.1に届かず、まだ目の角度が左目と合っていないのですが、この干支交代もちゃんと右目で見えます。身体も元気になり、12月は5回も出張してしまいました。13年ぶりの飲酒許可など今年は後半良くなったので、まあまあ良い年だったということでしょうか。06123001a


今年は「お仲間」さん達を初め、いろんな方にお会いできた年でもありました。そういう意味では、非常によい年でした。また来年が良い年でありますよう、皆様のご活躍とご幸運をお祈りします。
来年の干支は亥、去年は犬の代わりに同じイヌ科のタヌキが出てきましたから、今年はタヌキからイノシシへの干支引き継ぎです。

2006/12/26

5.1chサラウンドヘッドホン

2006年12月26日

久しぶりに電気屋の家電売り場を眺めてみたら、音響機器の売り場が拡大していることに気がつきました。それも以前は片隅に追いやられていたコンポです。若い頃にステレオの手作りなど音響機器に凝った(その分、うるさい)世代がリタイアし始め、暇ができたのでまた音響機器が延びるという話は聞いていたのですが、その話は本当のようです。

小生の興味を引いたのは、5.1chサラウンドヘッドホンです。何しろ住宅事情が悪く、オーディオルームなど望むべきもないので、サラウンドシステムがヘッドホンでできるとなると、これは面白そうです。小生も昔FMラジオにステレオアダプター(こういうものがありました)を付けて「FM東海」のFMステレオ放送を聞いていたのですが、右と左のスピーカーを離して角度も自由に置け、狭い空間で音量を絞っても、実に広がりのあるいい音がしていました。あの広がりのある音をもう一度、です。

さてその音源ですが、ヘッドホンはデジタルテレビ向けとして展示してありました。しかし小生としては、高機能CD(SACD)かDVDオーディオで効きたいと思っています。そこで広くなったコンポの売り場に回ってみたところ、DVDオーディオ対応のコンポは多いものの、5.1chサラウンドシステムに対応しているのは、オンキヨー等ごくわずかのメーカーだけであることもわかりました。またパソコンでサラウンドシステムに対応しているところは、パソコンのDVDユニットは松下等の家電メーカー製が多いせいか、ありませんでした。

今度はレコード屋(昔の言い方!)に寄ってみました。DVDオーディオは、意外とありません。その代わりSACDがかなり並んでいました。ただこれも2種類あり、サラウンドシステム対応のものと非対応のものがあります。これから先サラウンド対応のSACDが増えるかどうかですが、地上波テレビのデジタル化とともに、増えるような気がします。パソコンの更新は来年か再来年ですが、その前にサラウンドオーディオを買うかどうか、かなり食指が動いています。

2006/12/24

Merry Christmas!

2006年12月24日

身近なところにある、クリスマスツリーをお届けします。1枚目は横浜ランドマークプラザ、2枚目は同じ横浜06122402
MM21のクイーンモールです。06122404
MM21は暗くなってからの方があちこちイルミネーションが輝き、きれいなのですが、あんな階段の多いところに暗くなってから行くのはまっぴらです。3枚目は玉川学園、構内ですがこの時期だけは出入り自由です。06122310
皆様、良いクリスマスを!

2006/12/23

スキャナの実力

2006年12月23日

先日スキャナを買いました。キャノンのCanoScan LiDe 600Fです。最高1200dpiの解像度ですが、この解像度になるのはフィルムを直接スキャンするときだけで、通常の印刷物(写真も)は300dpiです。061223

さてこの実力を把握するため、いろいろやってみました。写真の最初のものはデジカメで撮ったものをL版で印刷し、スキャナで取り込み、それを少し縮小したもの、061223_1
2枚目は元の写真を直接縮小したものです。違いがわかりますか?この大きさなら、そこそこ良い画像が撮れます。Photo

フィルムを直接スキャンすることもやってみました。1枚は1970年2月の会津線、C11型の重連です。最後の1枚は36年前の小生、大学4年の時の卒業研究中のものです。03


話は変わりますが、昨日駅で電車を待っていたとき、右目(コンタクト入り)で広告のあんどん看板の字が読めました。かなり大きなひらがなでしたが、この看板は手術前には調子が良いときにかろうじて読めていたものです。手術前の調子の良いときは視力は0.3ありましたから、実力的に同等にはなってきたようです。

2006/12/20

水晶体代用コンタクトレンズ

2006年12月20日

小生のコンタクトについて、もう少し詳しく説明します。なお「水晶体代用コンタクトレンズ」という言い方は、無いようです。
大きさは普通のソフトコンタクトと同じで、黒目(茶目)より一回り大きい大きさです。小生はカミさんのハードを見慣れていましたので、第一印象「でかい!」そのため、装着するときに上まぶたや下まぶたにぶつかり、半球がひっくり返って逆になってしまうことがよくあります。そして小生のは水晶体代用のため、レンズの半球形のドームの頂点に一段と高い出っ張りがあります。これが凸レンズで、そのためレンズが逆にひっくり返ったとき、スピーカーのコーンのような形になります。この凸レンズ、大きさは瞳より大きいそうで、そのため多少中心位置が合わなくても問題はないと、コンタクトを持ってきた技師さん(実は眼鏡屋さん)は言っていました。しかし小生の行きつけの眼鏡屋さんで見てもらったところ、0.5mmずれるともう焦点距離が変わってしまうとのことでしたので、コンタクトの位置がずれると見え方は変わるでしょう。しかし0.5mm以内に装着するにはどうすればいいのかわかりませんので、日によって調子の良い悪いを我慢しなければならないでしょう。

そのコンタクトを付けていると、いろいろわかってきました。まず色ですが、大きい面積ならわかります。プリント基板のレジストの緑色もわかりましたし、電池ケースの中にオレンジ色の単3電池が4本並んでいるのもわかりました。しかし瞳の調節が動かないようで、車の尾灯や信号機はわかりません。またあんどん式の表示もだめで、暗いところも全くだめです。瞳はほぼ一年間薬で動きを止めていましたので、動かす筋肉がすっかり麻痺してしまったようです。腕や足ならリハビリ(かなり苦痛を伴う、地獄のリハビリ)で治るのですが、瞳はどうすれば良いんでしょう。
右目が日頃やや下を向いているせいか、右目で見ようとするとかなり上を見るつもりで目を動かさないと見えません。ところがそれで右目の正面に対象物を捕らえると、その像は左目の像よりかなり上(正確に言うと、やや左上)に見えます。像の位置と距離から逆算したところ、ずれは約10°でした。そのため両目で見ていて右目で見ようと意識すると、背後霊のように像が二重に見えます。右目のサーボ機構がおかしいのはわかっていたのですが、どうもサーボに対する命令で視野中心を判断しているようです。これが慣れると(訓練すると)治るのかどうか、次回の診察は1月22日です。

2006/12/18

ソフトコンタクトは面倒だ

2006年12月18日

自分の度数に合わせたコンタクトレンズができあがり、受け取りに行ってきました。そしてまず取り付け、取り外しの練習です。付けるのは一回でできましたが、はずすのが少し手間取りました。目にしっかり指を当てなければ行けないのに、慣れないとどうしても指先がさわるかさわらないか位になってしまうんですね。ソフトは本当に頼りなく、水の中に入れると全くわからなくなりそうです。

しかしソフトコンタクトは取り扱いが面倒ですね。まず精製水を買ってきて食塩錠を入れて溶かして保存液(要するに、生理食塩水)を作っておき、取り外したあと洗浄液(中身は洗剤)で洗い、保存液ですすいで煮沸消毒です。これが毎日。一週間に一回はこれに蛋白質除去の煮沸が加わります。ソフトコンタクトは違和感が無いのが売りで、小生も今日病院でコンタクトを付けて約2時間歩き回っていて違和感は全くなかったのですが、その分手入れが面倒なわけです。カミさんは「そんな面倒なことはできない。ハードの方が良い。」と言っていますが、小生は目がきれいな球面になっていないので、ハードは難しいでしょう。

さてこのコンタクトで視力はどうなったかというと、まだ慣れないこともあり、あまり見えません。まあ、慣れれば視力は出てくるでしょうし、ホームで黄色い線が白く見えましたので、非常用としては役立ちそうです。しかし電車の中で黄色が白にしか見えないことに気がつきましたので、見えるようになるとますます「見えない」ことが出てくるかもしれません。

2006/12/16

鉛筆の碑

2006年12月16日

子供の頃、明治時代に事業を興した人たちの伝記を読んだことがあります。その中で印象に残っているが、板ガラスの工業的製法を確立した人の話でした。おそらく旭硝子の創業者だと思いますが、残念ながら名前は覚えていません。0612166


鉛筆の工業的製造は東京で、今の新宿御苑のあたりで始まったとのことですが、その創業の地の近くに「鉛筆の碑」ができたと聞き、見に行きました。明治時代は玉川上水の水を使った水車を使っていたそうですが、今は暗渠になっており、それらしき場所はありません。鉛筆の碑は、新宿区内藤町の多武峰内藤神社の中にありました。

あと見てみたいものは、国産最初のオルガンを担いで箱根峠を越える、山葉氏と河合氏2人のレリーフです。おそらく、浜松市のヤマハに展示されていると思います。

話は変わりますが、ヘルペスの活動が活発で安静を命じられていた頃、電車では極力座るようにし、急行には乗らずに各停を選んで乗っていました。ヘルペスの活動が治まって急行に乗るようになりましたが、どうも立っているときのバランスが昔より悪く感じます。特に吊革につかまっていないと、バランスを崩すことが多々あります。やはり遠近感がわからないと、平衡感覚も悪くなってくるようです。そのため近所迷惑にならないように、吊革にしっかりつかまっているか、極力座るようにしています。

2006/12/11

ソフトコンタクト

2006年12月11日

眼科の診察、と言っても、今日は「コンタクト外来」です。必要な度数を測り、まず「お試し用」コンタクトを入れます。自分の物ができると自分で着脱するようになるのですが、今日は技師さんが入れてくれます。コンタクト初体験ですがソフトなので違和感はなく、そのまま1時間ほど待って視力を計ります。もう少し見えるかと思ったのですが、やはり中心部が見えないので目をずらしながら見るのに変わりはないので、視力は0.07でした。視野が暗く、網膜の感度が落ちているのを感じます。色ははっきりとはわからず、逆に白い物だと良く見え、ときどき二重に見えます。

その後診察、緊急オペが無かったようで、S先生の診察です。コンタクトはきれいに装着されており、この先どうするかと聞かれたので、このままやってみると答えました。このままと言っても今付けているのは「お試し」なので、新たに自分用のを作ることになります。完成は一週間後で、今度は自分で付けたりはずしたりする練習をすることになります。

コンタクトを付けても右目はさほど実用になるとは思えないのですが、やはり少しは使っていないと、廃用性斜視になる危険があります。また毎日付けていると少し慣れて、もう少し見えるようになるのでは、と思っています。その価格は\26,000也、保険は利きませんでした。また煮沸消毒が必須と言われると、そのセットが1万円かかります。

帰りがけにS先生に聞いてみたところ、「コップ1杯くらいならば」と飲酒OKがでました。酔っぱらうと目が充血してきますが、やはり飲み過ぎると目にも良くないようです。ともかく今日は、超ミニ缶で乾杯です。

2006/12/09

キャンディーズの時代

2006年12月9日

miyaさんのブログでも話題になったキャンディーズ、小生にとっては北九州時代、結婚して子供が1人だけの時期と重なっています。NHKの番組の中では都倉俊一氏が「日本の社会に余裕があった時代」と言っていましたが、個人的には全く余裕のない時代でした。それまでの家賃9800円のボロアパートから、ピアノが置けるようにと下上津役(何と読むでしょう。答えは文末です。)に新築された賃貸マンションに越したのは良いのですが、家賃は月収の1/3を越え、経済的には四苦八苦でした。初めての子供が生まれたのですが、2人とも末っ子で弟妹を見たこともなく、また東京生まれのカミさんには周りに頼れる知人もなく、本だけが頼りの育児でした。熊本の実家は初孫誕生で大喜びなものの、義母も含めてこれまた育児経験がある女性が誰1人おらず、誰か経験者が「男の子はこんなものよ」と一言言ってくれれば、どんなに楽だったかもしれません。精神的に全く余裕のない状態だと子供にも伝染し神経質になり、自家中毒で何回病院に担ぎ込んだかわかりません。

昔のアルバムを見ると、長髪のお父さんに超ミニのお母さん、2人とも若いと言うより幼い!写真は幸せそうな若夫婦で、周りからも「チェリーナみたい」(わかる方は、相当古い)と言われたものですが、カミさんは発狂寸前だったと言っています。キャンディーズはそんな中、テレビの中で元気で、小生達も歌番組を楽しみにしていました。そして1978年4月のキャンディーズのさよならコンサートは、東京に転勤が決まった同期生の送別会の二次会で見ていましたが、その7月には小生も東京に転勤になり、東京を拠点に全国を飛び回る過酷な生活が始まります。一方カミさんは自分の実家に近くなって小生の実家から遠くなったことで精神的にも落ち着き、二人目の男の子が誕生してからは長男も落ち着きました。その後も波乱は続くのですが、とりあえずは一段落です。

NHKの番組のあと会社の若い連中にキャンディーズを知っているか聞いてみたのですが、皆キャンディーズの解散後に生まれたこともあり、名前だけ走っているという程度でした。一方1975年生まれの長男はかなり詳しく、世代の差を感じます。長男は、アイドルの客席からの応援の形はキャンディーズで確立され、その後変わっていないと言っています。そう言われて気がついたのですが、時代的にあれは学生運動のシュプレヒコールと同じです。キャンディーズの主な支持層は団塊(学園紛争の主力だったのは、この世代)の一つ下の世代で、「全キャン連」も「全学連」(死語!)のもじりですから、おそらくそうでしょう。どちらも遠い昔の話です。

なおキャンディーズの歴史については、digiさんのブログに詳しいです。そして下上津役の読み方は、「しもこうじゃく」です。読めましたか?digiさん以外の方。

小生のホームページの中の「桐沢型ぶどう膜炎治療記」に3回目の入院中とその退院後、10月11月分をアップしました。ご笑覧ください。

2006/12/03

行きつけの眼鏡屋さん

2006年12月3日

小生が眼鏡(老眼鏡)をかけ始めたのは1994年からですが、ずっと同じ眼鏡屋で眼鏡を作ってきました。大手のチェーンではなく個人でやっている店で、商売用か本当に目が悪いのかわかりませんが、大旦那夫婦も若旦那夫婦も、全員眼鏡をかけています。1994年以来の小生の視力(というより眼鏡の度数)の変化の記録はカルテとしてその店に保管されているのですが、その眼鏡屋が引っ越してしまいました。直線距離ではたいした距離ではないのですが、電車ではJRと小田急と、乗り継いでいくことになります。

引っ越しの挨拶状をもらったとき、小生は遠くなったからもうここには行かないなと思っていたのですが、最近拡大鏡を付けて細かい作業をするときに目が疲れるようになり、結局その眼鏡屋に行くことになりました。と言うのも、小生は11日からコンタクトの練習を始めますが、新しい眼鏡を作れるのは早くて年末、おそらく年明けです。ところが左目の老眼の度が進み、そこまで待てないような状態なのです。ただ新しい眼鏡を作ってもレンズは左だけ、右のレンズは年明けに入れることになります。そこで古い眼鏡の枠だけを使い、左だけ今の度数のものに交換することを考えたのですが、そういうことを頼めるのはその眼鏡を作ったところ、つまり引っ越した眼鏡屋になってしまったわけです。

引っ越しの挨拶状に地図が書いてあったので、迷わずに行けました。店にはお客さんが誰もいなかったので、去年の10月の発病から現在に至るまでの経過を若旦那と話し込んでしまいました。今使っている眼鏡を作ったのが去年の2月ですから、それからあっと言う間の変わりようです。病院はF病院にかかっているという話をしたら、何と大旦那さんも、F病院で白内障の手術を受けたそうです。なお引っ越した最大の理由は前の店には駐車場がなかったことで、しかもあのあたりは取り締まりが厳しく、3分止めていただけでも切符を切られる状態だったそうです。

他にお客さんがいなかったこともあり、じっくり計ってもらいました。右目は現在の、水晶体がない状態で、15ジオメトリー。単位がどういう意味かはよくわかりませんが、小生の眼鏡を作ったときの製作表には0.25という数字が書いてありましたので、ものすごい度数になります。15ジオメトリーの眼鏡というと、眼鏡の中の1カ所だけがふくらんだ凸レンズになるそうで(そうしないと、分厚くなります)、0.5mm顔を動かしただけでも見えなくなるそうです。視力検査機で15ジオメトリーのレンズを入れてみましたが、目の位置が合わないせいか、何も見えませんでした。しかし目の屈折率の検査機の方は、これは青い海に浮かんだ白いヨットが見えるものなのですが、右目でヨットが見えました。右目でこれだけはっきりものが見えたのは初めてです。網膜は健在なことがわかりましたが青い色は見えず、どうやら色覚細胞はかなりやられているようです。

右目は乱視もひどく乱視も見てもらいましたが、ほとんどが角膜乱視だそうです。小生は網膜のゆがみから来ていると思ったのですが、水晶体がないことできちんとしたカーブが出ず、角膜が変形しているようです。この乱視はコンタクトでも矯正できないため、眼鏡に頼ることになります。

さて結論ですが、現在くらいの度数の変化なら今新しいものを作ることはなく、右目が落ち着いてから一緒に作った方が良いだろうとのことでした。拡大鏡を付ける作業の時は、中近両用眼鏡よりも単焦点の方がよいので、予備として作った単焦点の眼鏡を使うことにします。この単焦点の眼鏡はそれをかけては歩けないので、ついつい中近をかけっぱなしにしています。少し気をつけなければいけません。なお右目が落ち着いたあとは、フレームも新調して作ることにしました。今度はどういうデザインにするかな。

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

フォト
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ