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2006/10/30

美容院でシャンプー

2006年10月30日

退院後初めての診察に行きました。特に問題なく、経過は順調です。教授診察もありませんでした。眼圧は6で、このくらいあれば大丈夫です。
視力検査では、どうしても一番見えるところがやや右に寄っています。そして見ているうちに、また次第に右に寄ってきます。そのため思いもかけないときに先生の全身が見えたりしますが、真剣にCの時を見ようとすると、なかなか見えません。それでも視力は0.05でした。

診察の時に、このやや右しか見えないことと、右目がやや右下を向いていることをS先生に言ってみました。視野が欠けているのは、増殖膜のせいだろうとのことです。しかし増殖膜は正面から見て右に多く、どちらかと言えば右が見えないところにあります。増殖膜以外の別の影響かもしれません。

その別の影響の可能性があるのが、右目の向きです。失明性斜視という言葉があるかどうかは知りませんが(ネットで検索しても、出てきませんでした)、目が見えなくなると、目が正面ではなくそっぽを向き始め、斜視になることがあるそうです。小生の場合はそのなりかけで、日頃水晶体がないままに放ってあるので、右目が「役に立たない」と思い始めているようです。まだ左と一緒の時は同じ方を向きます。S先生が実験していましたが、左を隠すと次第にそっぽを(外側を)向いていくのが、左が見えるようにするとすっと戻るそうです。この対策は右目を使うことで、右目にはせっかく残った0.05の視力を目一杯使ってもらうことにしました。そのためにはコンタクトを入れるのが一番で、手術の痕が落ち着いたあたりで始めます。役に立たないと思うとぐれるあたり、何やら人間社会を思い起こさせます。

入浴洗髪はOKですが、顔に水のかかるような洗い方が出来るのは、術後2週間経ってからと言われました。そのため、病院の帰りに美容院により(ひらがなで書いた方が面白いですが)、シャンプーをやってもらいました。床屋は顔を下に向けて洗うので、顔に水を付けないためには顔を上に向けて洗う美容院が必須です。入院前(先週の日曜日)に洗って以来なので、快適でした。
待っていたら小生の次に小生より10才くらい年上の白髪の男性(はっきり言って、おじいさん)がやってきました。目の手術の仲間かと思っていたら、カットでした。おしゃれな方です。

入院時の体重測定で3kgほど軽い数値が出たのでびっくりし、これはと思って新しい体重計を買ってきました。今度のは体脂肪率が出るタイプです。それで計ったところ、体重68.7kg、体脂肪率18.7%、この数字だけ見れば理想的です。古い体重計はやはり3kgほど多めに出ることがわかったので、スクラップです。

2006/10/29

治療の反省点

2006年10月29日

小生の桐沢型ぶどう膜炎の治療は今までほぼ最高の状態出来ていますが、決してベストではありません。今にして思えば、1回目の退院後の後の自分の対応に反省点があります。

この病気は、最初のウイルスの活動をいかに押さえ込むかがその後の治療の鍵になります。網膜は一旦破壊されると戻りませんので、最初の活動の押さえ込み方で、予後が決まってしまうと言っても言いすぎではありません。小生は入院後、どちらかというと奇跡的という状態で、ウイルスを食い止めました。その後膠着状態になったところで、退院しました。そして順調にいっていたのですが、退院後1ヶ月で言わばぶり返した状態になっています。問題はこの時会社に行っており、ブログでも「バテバテ」と書いていることです。

その後1年近くも立ってわかったことですが、やっぱりウイルスが活動しているときは安静第一、それも身体の安静が一番大事です。今にして思う最良の方法は、そのまま会社を休み続けて自宅療養を続け、それもほとんど家の中で横になっており、出社するのを年明けにすることです。ほとんど昔の結核の治療状態ですが、ヘルペスに対する特効薬がない状態ではこれが一番良い方法のようです。こうすればそのままウイルスは沈静化し、ひょっとすれば手術無しで完治したかもしれませんし、手術となっても視力視野とも現在より上のレベルで確保できたでしょう。

しかし現実としてみると、書類は机の上に広げたままコーヒーカップも置いたままの状態で緊急入院し、それから3ヶ月間も会社を休むことはまず出来ません。これだけの休みは休職になりますし、歩けて会社に行ける状態なので、どうしても途中で出社してしまうでしょう。ましてや3ヶ月休めば完治するという保証もないし、休んでいても無言の圧力を感じてしまうでしょう。おそらく他の病気でも、後から考えれば「あそこで休んでおけば良かったのに」と思った方は多いと思います。そうやってみれば、小生はあまりひどく悪い方には転がっていかなかったようです。

もし「桐沢型ぶどう膜炎」で検索してこのブログにたどり着いた方がいらっしゃったら、最初の抗ウイルス薬投与中の安静が最も大切だということを、明言しておきます。

2006/10/28

今回の手術の目的について

2006年10月28日

今回の手術の目的は、目に充填されていたシリコンオイルを水(生理食塩水)に置き換えることで、自分では5月の手術の続編と考えています。従って、今回の手術をしたからといって、特に症状が改善したり、視力が戻ったりすることはありません。シリコンオイルは身体に害は少ないといっても異物であり、長期間(1年以上)そのままにしておくと、緑内障など他の病気を引き起こすおそれがあります。緑内障は視力を失うことのほか、めまいや吐き気など不快な症状があるそうで、5月の手術で眼圧が高いときの気持ちの悪さ(吐き気)はいやになるほどわかったので、予定通り今回手術を行いました。特に緑内障はなってからの治療が大変なので、避けられるものは避けた方が良いと思った次第です。

もう一つは、そろそろ「治療中」の状態から脱却したいとも思ったからです。そのためにはまずウイルスの活動が沈静化するのが第1なのですが(沈静化しないと、この手術も受けられません)、オイルを水に抜き変え、使っている目薬を徐々になくすことです。特に散瞳剤系の目薬を使っていると瞳孔が開いているためまぶしく、左目でしっかり像を捕らえることが出来ません。
そしてもう一つが「見てくれ」の問題です。右目がまぶしいため、しっかり見ようとすると右目をつぶってしまいます。そのためいかにも「目が悪い」という印象を与えてしまっています。さらに右目が自分で見ないで左目について動くだけなので、目が寄りません。

今更見てくれはどうでも良いかもしれませんが、特に自分で気にしていると相手に「自信がない」という印象を与えるようです。社内のよく知っている人が相手だと「お前は少し自信がないくらいでちょうど良い」などと言われますが、新規事業で社外の人が相手だと、自信がないという印象を与えるのはマイナスです。

そのため小生は密かに眼内レンズを入れることを期待していましたが、これは術前の視力が矯正して0.05で増殖膜が手つかずの状態では、入れられませんでした。後はコンタクトで、コンタクト+眼鏡(左右のバランス上)で右目が自立して動くことが次の目標です。なお小生の網膜の外周部はウイルスにかなりやられたので右目の視野は狭く、5mで視力検査表の幅がやっとです。それでも中心部は生きており、レンズをたっぷり入れた眼鏡をかけると視力検査表があることは確認できますので、うまくレンズを調製すれば「SEE」だけではなく「LOOK」が可能です。手術後しばらくは目が落ち着かないので、コンタクトの話が出るのは1ヶ月くらい先でしょう。

ウイルスの活動はもうほとんど(完全に?)沈静化しており、5月の手術の時に大量に投与された抗ウイルス薬もステロイドも、今回は目薬を除いて一切使いませんでした。おかげで入院費も、約7万円と安かったです。
またもう一つ5月の手術の時に「オイルを抜くときが一番危ない」と言われた眼球癆は(今年の5月3日の記事を参照ください)、まず起こらない状態と判断されたのか、気にすることなく手術は行われました。こういうときに肝臓だったらGOTやGPT、あるいはウイルス量でどういう状態かこちらもある程度わかるのですが、眼科の場合は先生方は目視で確認して目の元気が良い、あるいは炎症が起こっているというのがまさに一目瞭然でわかるのに、こちらは全くわからず、そのあたりは不安(と言うより、不満)です。

今回の手術は白目に開けた穴が小さかったのか充血が少なく、もう見た目は術前と変わりません。このまま炎症など何事も起こらなければ、大成功でしょう。

2006/10/27

予定より早く、無事退院しました

2006年10月27日

早々と今日、退院しました。以前だったら来週月曜日か火曜日に退院するところですが、病棟の改修工事のあおりでベッド数が少なくなっており、状態の良い患者はさっさと追い出されたようです。今日は朝夕と抗生剤の点滴があるはずだったのですが、それも中止になり、抗生剤は飲み薬になりました。まあ、追い出される「状態の良い」レベルであることは、良いことです。しかし手術後一週間経っていないため、まだ顔も洗えません。退院はしたものの、当分は自宅かすぐ近くまでです。

ザウルスで見るとココログの画面はコントラストが少なくて見づらく、コメントに対する返事は割愛させていただきました。そのため、見出しの誤変換までやってしまいましたが(^_^;。まとめてになりますが、凡太郎さん、digiさん、chokoさん、memoreさん、miyaさん、ポチさん、振宿さん、meeさん、前向きさん、ばんばんさん、コメントありがとうございました。

次の診察は月曜日、それでこれからどうするかが少し見えます。

2006/10/25

手術は無事終了、週末退院へ

2006年10月25日

手術は24日、Y教授の執刀で無事終わりました。安全第一で増殖膜をいじらずオイルを抜くだけにしたので、1時間足らずで終わりました。網膜の状態も良かったので、普通の水充填です(助かった)。

今日(25日)視力検査の後S先生の診察を浮け、説明を聞きました。
○増殖膜は今の位置だと取り除いても視力に影響はなく、取り除くことで網膜全剥離に至る危険が大きいこと。
○今後膜が網膜中心部に至る可能性は、小さいこと。
○眼内レンズをいれると、その後何かあった時に大変になること。
で、今のままで収束に向かうことになりました。今のところ再剥離の兆候は見られず、金曜日朝の検診で何もなければ、そのまま退院ということになりました。28日(土曜日)からの薬もすでに出ているのに、予想外に早い退院です。確かに今回は痛み止めも使わず、楽でした。それだけ早く退院しても良いということでしょう。コンタクトは外来での処方になります。

2006/10/23

今日から入院しました

2006年10月23日

予定どおり、入院しました。今回は7階です。そしてベッドは、通路側になりました。ちょっと窓の外を見たら、2階違うだけで、随分景色が悪くなっています。スタッフは全員違う顔触れ、これから名前を覚えます。同室の方は、全員腎臓のようです。

過去の病歴を説明する際、1回目の手術の時脈が飛んだのに平然と手術が続いた話をしたら、「眼科の先生、あまり他の病気は気にしないことが多いですから。」S先生は一応気にして、リズムが変わらないことを確認していましたから、まあいいでしょう。

午後から教授診察、9階に呼ばれました。どうやら新しい患者から7階に切り替わるようで、9階のスタッフは皆そのままです。ついでにナースセンターにあいさつに行きました。

教授のとなりはN講師、教授は小生の目の中を見ながら、N講師は眼底の写真を見ながら、「無理しないでオイルを抜くだけにした方がいいな」「そうですね」という会話です。7時過ぎにS先生が現れ説明してくれましたが、増殖幕は無理して取らず、網膜の再剥離を防止して、安全第一に行こうということです。なおウイルスはもうほとんど活動しておらず、術後の抗ウイルス薬や、ステロイドの点滴はないそうです。

明日の手術は、午後2時からです。

2006/10/21

硝子体手術について、まとめ

2006年10月21日

来週の手術についての説明の意味も含め、硝子体手術についてまとめてみました。なお小生は医学の専門家ではありませんし、内容にはかなり主観が入っていることをお断りしておきます。

硝子体手術は、端的に言えば硝子体を取り除いてしまう手術ですが、その後代替えとして何を入れるかでその後がいろいろ変わってきます。硝子体手術は網膜硝子体手術が正式な言い方であるように、網膜に状態によって変わります。

1)網膜の状態が非常に悪いとき
硝子体を取り除いた後にシリコンオイルを入れる、オイル置換になります。オイル置換は網膜を押さえる力が一番強く、そのため眼球の後にその内部からの力を受けるようバンドを巻くのが、一般的なようです。押さえる力が強いということは内部の圧力が高いということで、眼圧が高いことに繋がりそうですが、眼圧は普通と同じです。このあたりのメカニズムは、まだ理解していません。
オイル置換は術後普通に(あおむけに)寝ていて良いのですが、病院によってはうつぶせ寝を推奨、あるいは必須にしているところもあるようです。
オイル置換後そのままにしておくと緑内障になる危険があるため、最短3ヶ月、最長1年で水に置き換えます。その時の網膜の状態次第では直接水置換とせず、一旦ガス置換とすることもあるようです。会社で化学屋さんから、オイルを抜いた後洗わずに直接水を入れるのかと聞かれましたが、これも不明です。まあ、あと3日経てばわかります。

2)網膜の状態がやや悪いとき
硝子体を取り除いた後にガスを入れる、ガス置換になります。ガスは自然と身体が作り出す水に置き換わりますが、網膜にはガスが当たるようにするため、うつぶせ寝にする必要があります。このうつぶせ寝、専用の枕があればいいと思うのですが、何もありません(少なくともF病院には)。一度やってみましたが、気持ちが悪くなりました。

3)網膜の状態が良いとき
硝子体を取り除いた後に水を入れる、水置換になります。水といっても、生理食塩水です。眼球は一定の内圧(眼圧)があることでその形を保っているのですが、自分で水を作り出す力と、排出される水とのバランスで眼圧を保っています。従って病気で眼球の水を作り出す力が弱っていると、水置換にしたときに作り出す水が排出される水に追いつかず、眼球が外からの圧力に負けてつぶれてしまいます。これが眼球癆で、こうなったらもう眼球を摘出して義眼を入れるしかありません。オイル置換後で一番危ないのがこの時で、手術時期の見極めが大事になります。

なお硝子体手術をするときには、よほどの例外でない限り、水晶体は取り除きます。その後状態が良かったら眼内レンズを入れ、眼内レンズが入れられなかったら眼鏡に水晶体の分をカバーさせるか、コンタクトレンズを使うことになります。

ということで、来週23日から入院し、24日に1から3に(ひょっとしたら2に)する手術を受けてきます。なお入院中はスパムトラ対策のためにトラックバック不可としますので、ご了承ください。

2006/10/18

日頃病院に行ってない人が要精密検査と言われると

2006年10月18日

うちのカミさんは胃腸が弱いこともあって、しょっちゅう「具合が悪い」と言っています。しかし医者には歯医者以外ここ数年行ったことが無く、ほっつき歩くことが趣味で、1日2万歩くらいは歩いています。それが先日、不正出血のために産婦人科に行ってきました。年齢から言って当然子宮ガン(頸ガンと体ガンの両方)は検査の対象になります。触診では異常は見られなかったものの、一週間の検査結果待ちになりました。

しかし病気に対して(病気という状態に対して)免疫がないため、子宮ガンの検査に回っただけで、もう余命数週間と思ってしまいます。仮に子宮ガンだとしても、そんなに簡単に死なないものですけどね。医者からは安静にするよう言われていたのですが、「安静で子宮ガンが治るわけでは無し。」と言って、またほっつき歩いていました。案の定検査結果を聞きに行くとき、「安静にしていないと出血が止まらないし、出血が止まらないと検査がきちんと出来ません。」と怒られてしまいました。

検査結果はグレード3Aで、1は「異常なし」、2は「問題なし」というところだったのですが、3だったので、要精密検査です。その精密検査をする病院ですが、カミさんは2人とも帝王切開で出産しているため、二男を出産した病院に行くのが一番です。ところが、二男を出産したのはあの愛育病院、自宅からの距離も遠くなったこともあり、さすがに今回は敬遠しました。そして検討して、小生の眼科と同じS大学F病院にし、紹介状を書いてもらいました。

先生、「出来るだけ早く行ってください。」
家内、「えっ。そんなに緊急を要するのですか?」
先生、「うちと違ってすごく混みますから、朝早く行ってください。あ、行くのは水曜でも木曜でも、いつでも良いですよ。」

さすがにカミさんも、緊急事態ではないと思い始めたようです。なお3Bだとガンの確率50%くらいですが、3Aでは5%くらいだそうです。

そして今日、F病院に行ってきました。丁寧に、すごくわかりやすく説明をしてくれる先生で、カミさんは安心したようです。しかし紹介状の内容が要領を得なかったようで、全部再検査になりました。その検査結果がわかるのは、2週間後です。まあ、2週間も放っておいても問題のない状態ということです。何やら薬ももらってきました。小生は、「どんなに早くても、俺が退院するまで入院することはない。」と言っていたのですが、まさにその通りになりました。カミさんは近くの産婦人科に行った頃「病気になると、人生観変わるのね。」と言っていましたが、また戻るでしょう。

2006/10/14

ランドマークタワー

2006年10月14日

今日の新聞に、氷川丸と横浜マリンタワーが、年内で営業を終了するという記事がありました。マリンタワーは市に移管され、やがて営業を再開するでしょうが、氷川丸の方は保存はされるものの、公開はどうなるかわかりません。その昔、会社で借り切って「夏祭り」をやったことを思い出します。0610141


マリンタワーの方はその昔一度行ったことはありますが、大昔です。そこで行ってみようかと思ったのですが、思い直しました。こういう記事が出た直後は、大混雑になります。それと12月になってからも大混雑になります。行くとすれば、11月です。そこでというわけではありませんが、ランドマークタワーに行くことにしました。ランドマークタワーが完成したとき、混雑と高さ(値段の)で敬遠していました。0610143


さすがにもう混雑はなく、値段も\1,000でした。もっと高かったような気がしますが、勘違いかな。登ってみると273mはさすがに高く、眺めは良いです。天気が良く周りは良く見えましたが、富士山は見えませんでした。0610146


話は変わりますが、歯医者は昨日で一段落となりました。もう1本残っていますが、それはかぶせてある金冠をはずしてやり変えるため、退院後です。

10/15 0:30 追記:写真のタイトルを日本語に修正しました。

2006/10/12

鏡よ、鏡

2006年10月12日

若い頃、特に20歳代の頃は、鏡を見るのが嫌いではありませんでした。と言うより、チェックのうるさかった姉からしつけられたせいで、かなり積極的に、いろいろチェックしていました。しかし40歳代ともなると、デパートのエスカレータの横の鏡に映るくたびれたおぢさんの姿(自分のことです)を見て愕然としたこともあります。

それからまた十数年、今年5月の目の手術をした後、見つめても見返してこない右目が気になり、何となく真剣に鏡を見なくなりました。左目で右目を見ているので、右目の目線は並行に横を向いてしまい、当然のことなのですが、やはり気になります。
右目は目薬でずっと瞳孔を開いたままにしてあるので、明るいところではまぶしく、左目で見ている像にハレーションがかかったようになります。そのため、何かを見ようとすると右目を細める癖がついてしまいました。写真は正直で、皆右目が細くなっています。同じ桐沢型ぶどう膜炎で相談を受けた方に、「鏡を見て訓練すれば、開くようになりますよ。」と言ったものの、「見せよう」という意識より「見よう」という意識が先に立ち、左右をバランス良く開けるという感覚はどこかへ行ってしまっています。日頃鏡を見ていないツケです。まあどちらにしろ次の手術でまた変わります。もっと開くようになるか、それとももっと閉じるか、はたして。

2006/10/09

秋の宴

2006年10月9日

昨日は「秋の宴」、ダブルヘッダーでした。

最初は韓国から一時帰国している友人(同級生)を囲む激励会。電気科を卒業した仲間6人で何となく始まったこのグループ、小生ともう1人の病気持ち(膠原病)の2人を除き、皆一度退職して再契約の状態になっています。あ、1人だけ退職しっぱなしがいました。そろそろそう言う年齢になってきました。良い天気で良かったです。写真は森戸神社の鳥居と富士山です。06100811


そして逗子で横須賀線に乗り込み、東京駅へ。戸塚で東海道線に乗り換えた方が早くて便利なのですが、座ったら面倒くさくなり、そのまま地下駅へ。やはり失敗で、地上に出るまでが大変、そこから八重洲北口へ行くのも大変、出てからも工事をやっていたため見通しが利かず大変でした。

会場には遅れて着き、失礼しました。いやー、楽しかったです。バンバンさん、とりまとめありがとうございました。
バンバンさんのところにも書きましたが、小生がメールアドレスを知っている方にだけ、メールでスナップ写真をお送りしています。ただし会社宛のIDには、お送りしていません。小生宛にメールをいただければ、そちら宛にお送りします。

2006/10/05

2回目、3回目の手術

2006年10月5日

小生は全回の入院の時に手術は2回やっているため、今度の手術は3回目になります。実は目の手術の麻酔は普通点眼なのですが、これが2回目になると、ぐっと効きが悪くなります。目のpHが変わるせいだと聞いたこともありますが、本当のところはわかりません。小生の2回目も麻酔の効きが悪く、ずいぶん痛い目にあいました。1回目の手術のあと、それまでしみていたステロイド剤、リンデロン(おなじみの、シェリングプラウ社製(^_^;)がしみなくなり、目の様子が変わったのはわかりました。

夏あたりから、またリンデロンの目薬がしみるようになっています。そうすると今回の手術は、また麻酔が効くようになっているはずですが、さてどうでしょう。

群馬のホテルにて。
最近のホテルはインターネットの設備を備えたところが増えました。これは自分のノートパソコンをLAN接続にして書いています。

2006/10/01

アイーダ!

2006年10月1日

某国の元首相みたいに、特にオペラが好きというわけではないのですが、アイーダとタンホイザーは一度見たいと思っていました。今までに何回か機会があったのですが、小生の都合と折り合いが付かず、やっと今日行ってきました。グリーンホール相模大野の「アイーダ」です。

ところが出かけようとすると、天気予報では夕方まで持つと言っていたのに、雨が降り出しました。まるで小生が出かけようとするのを待っていたようです。「最近雨雲の好みが変わったのよ。」と言ってほくそ笑むカミさんを尻目に、相模大野へ。ちなみにカミさんはこういうド派手なのは嫌いで、今日は都心でソロコンサートです。相模大野は本当に久しぶりに来たらすっかり変わり、立派な駅ビルが出来ていました。前回来たのは、レコードプレーヤーの針(死語、と言うより、歴史上の名称)を売っている店がここにしかないので買いに来たときで、覚えていないくらい前です。アーケードも出来ており、グリーンホールまでずっと傘を差さずにいけるかと思っていたら、一カ所切れ目がありました。

グリーンホールは伊○丹の先にあります。時間があるのでネクタイ売り場をうろついていたら、良いネクタイが目にとまりました。よく見たらクリスチャンディオール、柄も良いけど値段も良いので、止めておきました。何か買うなら、退院後。

今回のアイーダは、キエフオペラです。金冠の和音がきれいなオーケストラで、第2幕の凱旋行進曲のあたりは、たっぷり聞かせてくれました。出演者は皆ウクライナの方のようで、ちょっと軍人や奴隷にしては栄養が良すぎる方もいましたが、まあそのぶん声量はありました。堪能しましたが、小生の好みから言うと、アイーダではなくエジプトの王女アムネリスの方でした。

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