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2006/09/25

そのうちコンタクト?

2006年9月25日

手術前の最終診察のため、眼科に行ってきました。前回の検査結果も出ていましたが、特に異常はありません。心電図も、何も出なかったようです。S先生は前回の「シンコペーション」の現場にいたのでこの心電図をあまり信用していないのですが、小生のは負荷心電図か24時間ホルターでないと出てきません。ただ循環器関係のデータはこの病院にはないので、心臓の状態は自己申告です。ともかく予定通り、来月23日入院です。

手術についての詳しい説明も聞いてきました。術中に網膜剥離の傾向が見られたら、水置換ではなくガス置換に変えるそうです。ガス置換はうつぶせ寝など術後がちょっと大変ですが、網膜を押さえる力は水より上です。今がオイルでがっちり押さえているため、オイルを抜いたときどうなるかが一番心配のようです。増殖膜はべったりくっついて固まっているようで、取れるだけ取るというスタンスです。診察の後眼底写真を撮りましたが、のぞき見したところ膜はかなり広がっていました。

オイルから水に変わっても、見え方は特に変わらないそうです。そうなると何で抜くのかということになりますが、入れっぱなしにしておくと緑内障が怖いそうです。ぎりぎりまで先送りにする手もありますが、今体調が良いので、良い機会でしょう。

術後ですが、眼内レンズは入れられたら入れるけど、多分無理だろうとのことです。虹彩も周囲の炎症の影響で癒着しやすくなっており、水晶体を入れる場所も癒着している可能性が高いようです。するとどうなるかというと、コンタクトレンズになるそうです。眼鏡にすると片側普通、片側瓶の底になるので、みっともないし、かけたときの重量バランスも悪くなるそうです。この年になってコンタクトレンズの話が出るとは、思ってもいませんでした。ただし両眼見えるようになると、視力のバランスが取れないのでかえって見づらくなることもあるそうです。まあ、それは見えてからの話です。

2006/09/24

お彼岸

2006年9月24日

小生は3人きょうだいの末っ子、カミさんもまた2人きょうだいの末っ子です。2人とも末っ子というのはこの際置いておいて、親の世代4人が小生の世代は5人になっています。ところがその下、小生の子供達の世代になると、双方の家庭で結婚しているのは小生夫婦だけのため、2人しかいません。う~~ん、日本の人口が減るはずだ。

そのためいろいろ問題は起こってくるのですが、その一つにお墓の問題があります。親父のきょうだいは皆いなくなったものの、熊本にはまだ親戚はいます。ところがカミさんの方は父方の親戚は皆新潟のため、89才で自分ではお墓参りが出来なくなった義母が心配していました。死んだ人のことで生きている人たちに負担はかけたくないのですが、とりあえず下の世代にお墓の場所だけでも教えておこうと、昨日長男を連れて3人でお墓参り、と言うよりお墓の掃除に行ってきました。二男はモンゴルに行っており、こういう時には役に立ちません。

霊園には八王子からまたバスに乗っていきます。お彼岸なので臨時の急行バスが増発されており、動員された車両は貸し切り用の大型バスでした。八王子の周辺は道路が狭く祝日になると渋滞するので、駅から霊園まで50分近くかかりました。ゆったり座っていける貸し切り用バスは、有り難い限りです。

お墓は最近手入れをしていないので、木が生い茂って大変なことになっていると聞かされていました。しかしアンコールワット遺跡ではあるまいし、東京の霊園では雑草の力もたいしたことはありません。また管理の方も常駐しているので、隣の区画まで枝を伸ばすような木は、剪定してあるようです。ほとんど長男がやりましたが、雑草を引っこ抜き、汚れている墓石をきれいにしました。植えてあるキンモクセイが、良い香りでした。0609231aohigan


長男は春に姉に連れられて熊本の実家の片付けに行ったとき、お墓の場所も教わりお墓参りもしています。これで長男にとっては父方と母方との、両方のお墓の場所がわかったことになります。この後どうするかという問題は残りますが、とりあえず関係者を一つ下の世代にまで広げました。


ホームページの「3回目のインターフェロン」に2006年分を追加しました。C型肝炎に関する話は、これが最終になります。ただ途中が抜けていますので、そこだけはそのうちに追加します。

2006/09/22

肝臓は新しい先生

2006年9月22日

半年ぶりの肝臓の検査、IFN終了後1年と1ヶ月になります。今回から新しい先生です。うむ、さすがに若い。某病院眼科のS先生と、どっちが若いかな。
今回の検査は、
   GPT=10
   GOT=18
と、すこぶる順調です。白血球や赤血球も順調、血糖値が128とやや高いのですが、採血がちょうど食後2時間あたりで、食後血糖値は140以下なら正常との記事をネットで見つけましたので、正常範囲でしょう。先生も血糖値のことは、何も言いませんでした。

ウイルスは前回、終了後7ヶ月のものですが、マイナスでした。6ヶ月経ったときのウイルスがプラスかマイナスかが今までわからなかったのですが、これで堂々と「完全著効」と言えます。

さてその著効判定ですが、著効かどうかは終了6ヶ月後のGPTでわかりますが、完全著効か不完全著効かは、やはり6ヶ月後のウイルス検査の結果を見ないと判定できないそうです。前回(半年前)部長先生が6ヶ月のGOT/GPTデータと4ヶ月のウイルス検査結果を見てCR(完全著効)と書いて丸を付けたのは、「CRに間違いないから、一週間後のウイルス検査の結果で確認」という意味だったのかもしれません。まあ大事なのはウイルスがいるかいないかではなく、活動しているかしていないかですから、GPTが10台と低かったらウイルス検査結果はあまり気にしなくて良いのでしょう。いなかったら活動するわけはありませんから、最高ですが。

ついでに著効判定が1年に延びるかどうかも聞いてみました。「私たちは半年でやっていますね。まあ、一年経って再燃する人もいるにはいますが。」とのこと、この病院は当面判定は半年のままでしょう。

今後大切なの時限爆弾のスイッチが入ったかどうかの検査で、来年の2月に肝臓のエコー検査、3月に診察の予定が入りました。部長先生も含めベテランの先生方は予定日だけ決めて後は総合受付に任せているのですが、さすがは若い先生、自分で検査の空き時間も調べて(新システムは可能なのです)半年先の時間まで入力してしまいました。初めて総合受付は書類(伝票?)を出すだけになり、会計に直行しました。

2006/09/20

アトロピン

2006年9月20日

話題になった「MASTERキートン」に、アトロピンで毒殺を計るというシーンがありました。アトロピンといえば、目薬としてずっとお世話になっている薬です。調べてみたら、目薬として使われている硫酸アトロピンも、毒性がありました。
少し使うと薬、多量に使うと毒というのは、薬には良くある話です。いや、薬は皆そうだと言って良いかもしれません。それだけ、量をきちんと守ることが大事になります。

目薬としてのアトロピンは、散瞳、調節麻痺剤として使われ、使うと瞳孔が開いてまぶしくなり、またピント調節が出来ないので実用上見えなくなります。これはねんざの時のギブスを巻いて動かなくするのと同様、炎症の起こっている筋肉を安静にさせるためだと、眼科の開業医から聞きました。
なおアガサ・クリスティのミステリーに、目薬のアトロピンで中毒症状を起こすという話があるそうですが、それは読んでいません。目薬で中毒を起こそうとすると、ずいぶん量が必要になりそうです。

2006/09/18

4と9

2006年9月18日

先週の手術前の全身検査の時の話ですが、会計で検査指示書と結果の入力とが合わず、しばらく待つように言われました。そのため椅子に座ってぼんやり会計を眺めていたのですが、会計の番号が飛んでいることに気がつきました。この病院の会計は窓口がずらりと並んでおり、1から12まで番号が振られているのですが、4と9がないことに今頃気がつきました。

4は死に通じ9は苦に通じると言って嫌われていることは知っていましたが、まさか会計の窓口まで避けているとは気がつきませんでした。なお病室にも4はないのですが、9でなく10がありません。10は重に通じ、第10病室だとそれこそ「重病」になるので、嫌ったのでしょう。

この4が死に通じるのは中国語(聞いたのは台湾なので、大陸は違うかもしれません)も同じらしく、中でも54が「吾死」に通じると言って、最悪のようです。

飛行機は逆に13を避けているようですが、こういう縁起担ぎの欠番を全くやらないのが旧国鉄で、4も9も13も全部そろっています。小生はというと、出身高校の入試の時の受験番号は42、出身大学の受験番号は4448だったので、4は縁起の良い数字です。

(記録をしっかり確認しないで書いたため誤りがあり、全面的に書き直しました。)

2006/09/16

多摩モノレール

2006年9月16日

ふと思い立って高幡不動へ行ってきました。ここは土方俊三の菩提寺なので、NHKで「新撰組!」をやっていたときには観光客が多かったようですが、さすがに今は少なくなっています。小生の目的は五重塔だったのですが、ここの五重塔は新しく、解説は何もありませんでした。06091604b


高幡不動まで行くときに、初めて多摩モノレールを使いました。羽田空港線と同じ誇座式(アルウェーグ式)ですが通勤通学輸送を目的としているので乗客の流れを良くするように、車内のタイヤハウスをなくしています。目的だけではなく、羽田空港線の開業からずいぶん時間が経っていますので、技術的にタイヤハウスがなくせるようになったのかもしれません。車内も初期のものはクロスシートですが、後期のものはロングシートで、まさに通勤通学用です。やはり通勤用の北九州モノレールと、雰囲気がよく似ています。06091610b


沿線(多摩センター高幡不動間)には、大学がたくさんあります。輸送能力で比較すると普通の鉄道の方が断然大きいので、モノレールで輸送力が足りなくなると京王動物公園線の延長という話も出てくるのでしょうが、すでに人口減少に入った今日、モノレールで十分まかなえるでしょう。

2006/09/14

多焦点眼内レンズ

2006年9月14日

このところ帰宅時間がだんだん遅くなり、カキコの時間が取れなくなっています。といって寝る前に巡回しそれも書き込みまでやると、それこそ目に悪そうで自粛しています。今日は比較的早く帰宅できました。

先日(9月4日)に書いた多焦点レンズ眼内ですが、ぼやけた映像としっかりした映像を一緒に見ると、しっかりした映像だけを見るという脳の働きを利用したもので、同時に遠近両方の二つの映像を見るようです。多焦点とは言うものの焦点が合うのは2カ所で、ピントが甘いという評もありました。また右目と左目で遠近を分担する方式(モノビジョン)もあるようです。どちらも小生には縁がなさそうです。

11日(月)に手術前の検査を受けてきました。角膜、採血、レントゲン、心電図と、かなりあちこち回りました。検査結果を聞くのは25日ですが、不整脈は出なかったようです。

2006/09/09

二日連続の日帰り出張

2006年9月9日

一昨日(7日)、昨日(8日)と、2日連続で群馬に日帰り出張をしました。泊まった方が楽だったのですが、7日の夕方に横浜で仕事の用事があったため、2日連続となりました。会社の規定では群馬までの出張に新幹線の利用は認められていないのですが、朝早かったため2日とも行きは新幹線を使いました。自腹ですが、ここでけちって身体に負担をかけると、後々たたりそうでしたので、かまわず利用しました。高崎までの新幹線代など、病院の支払に比べれば安いものです。
7日はE1系の「MAXとき」でしたが、8日は週末のせいか不定期の「あさま」が運転されており、15分早いのでそちらを使いました。自由席はE1系よりもE2系の方が広く、楽でした。

今日は床屋に行ってきましたが、やはり頭の真ん中がずいぶん薄くなってきました。IFNが終わって1年以上、いくら何でもIFNの影響はないでしょう。まあ、サラリーマン漫画に出てくる「バーコードおじさん」よりも歳は取っているので、当然といえば当然ですが。元々が童顔だったため、どういう風に歳を取れば(見かけが)良いのか、悩むところです。

先週追加したホームページの旅行記の写真に、カーソルを当てると写真の説明が出るよう変更しました。ついでにポップアップの写真の表示方法も変え、自動的に画面一杯に出るようにしました。ピクセルから%に変えただけですが、本には「大きさをを%指定にすると、縦横比が保てない」と書いてあったのですが、片方だけ%指定にしたらちゃんと縦横比を保ちました。ブラウザによっては、特に古いバージョンではうまく動かないかもしれません。

2006/09/04

オイルを抜く手術の日程が決まりました

2006年9月4日

今日は眼科の検診日、しかも教授診察もありました。オイルを抜く手術の可否、良ければ日程を決めるためで、回復は順調なので、オイルを抜いても良かろう、ということになりました。視力検査では、視野が以前より明るくなったのを感じます。ただオイルの中の不純物が横筋になっているので、Cの字は見えるものの、どこが切れているのかはなかなかわかりません。それとどうも一番良く見えるところが真ん中に来ず、目をあちこち動かして見ています。オイルを抜くと、この状態もまた変わるでしょう。

ただ小生は増殖膜が少し広がりかけており、しかも今回はそれが網膜にぴったりくっついているので、S先生はその手術を心配しています。出来るだけ取らなければ視力に影響するし、放っておくと牽引性網膜剥離になるのですが、手術中に下手をすると網膜に傷を付けてしまいます。瓶の口から覗きながら瓶の底のゴミを、瓶の底にさわらずに取るようなもので、かなり高度な技術を要します。小生の場合はまた執刀医T教授、第1助手S先生になるのでしょう。なおS先生、助手に昇格されたようです。

さてその手術の日程ですが、10月24日になりました。入院は前日の23日からで、多分2週間くらいでしょう。久しぶりの、と言うよりこの病院では初めての、予定入院です。何しろ今までの2回は、どちらも緊急入院でしたから。病棟ですが、今度は7階になりました。眼科が9階から7階に引っ越したそうです。看護師さん達は一緒に引っ越したのかどうか、楽しみです。手術までに、検査に何回か通うことになります。

その病院の待合室で、多焦点眼内レンズの治験の募集を見かけました。対象者を見たら、両眼の白内障の手術をする人です。やはり片方だけだと、具合が悪いのでしょう。いわゆる遠近両用眼鏡の多焦点、もしくは累進焦点レンズは目を上下に動かしてピントの調整をしますが、眼内レンズは一体どうやってピントの調整をするのでしょう。自分には関係ありませんが、今度調べておきます。

2006/09/02

ホームページを更新しました

2006年9月2日

一昨日は朝からビッグサイトに行き、その後会社に向かいました。移動中にお昼になりそうだったので、少し早めに大井町の駅ビルへ、移動中の食事は乗換駅の駅ビルが一番便利です。夜になると居酒屋になる店へ。
「いらっしゃいませお一人様。おたばこは?」
「吸いません。」
中を眺めて「申し訳ありません。禁煙席が満席で、喫煙席しか空いていませんがよろしいでしょうか?」
「いいですよ。」
ここまでは良くある話です。ところが食事後会計をするとき、
「禁煙席が空いてなく、申し訳ありませんでした。」
と言われました。出入りの激しい店で小生を覚えていたわけですが、ビッグサイト帰りで大きな袋を持っていたせいでしょうか?それとも顔を覚えていたんでしょうか?まさかしっぽは出ていなかったと思うのですが(笑)。

昨日は歯医者に行き、やっと金冠(最近のものは構造も材質も金冠ではなくなっていますが、良い単語がありません)が取れていた左上の2つの歯に、新しい金冠が出来ました。そして会社に戻ったら月曜日のプレゼン資料についての討論に巻き込まれ、会社を出たのが8時になってしまいました。特に疲れることもなくずいぶん体力が戻ってきたと思いましたが、歯の治療直後でいつものつまみ食いが出来ず、ともかくおなかが空きました。

小生のホームページを更新しました。今度の更新は旅行記で、2003年分を全部アップしたことになります。自分でも忘れていたのですが、ちょうど今大河ドラマの舞台になっている長浜城で、山内一豊についての記述がありました。歴史によると、山内一豊はもうすぐ掛川に「転勤」になるはずです。早くまとめようと思っている1回目のインターフェロンの記事は、なかなかまとまりません。

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