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2006/06/30

歯用(心臓用)の抗生剤

2006年6月30日

珍しく一週間医者に行かなかったのですが、最後に歯医者に行ってきました。さてその歯医者の、と言うより逸脱した感染しやすい僧帽弁の問題、歯科の開業医の先生は病院の循環器内科の先生に直接問い合わせました。その結果、やはり抜歯だけでなく血の出るような治療の時は抗生剤を飲んだ方がよいとのことで、メイアクト錠(100mg)というのをもらってきました。これを治療の前日の昼から治療日いっぱい飲めと言うことです。歯医者に行く前日の昼から飲み始めるので、気をつけていないと飲み忘れしそうです。目の手術をするときの目薬が点眼方法が複雑で、ぼけたら目の病気になれないと言っていましたが、歯の治療もぼけたら出来なくなってきました。

今日で6月は終わり、今日まではスーツにネクタイでした。ノーネクタイに上着だけはだらしなく見えるので、そろそろ上着無しにしようかと思っています。

2006/06/25

パンダ目はほぼ解消

2006年6月25日

目が次第に開くようになり、パンダ目もほぼ解消しました。ところが開くようになって悪い方の右目が良く見えるようになってくると、どうも右目がやや外側を向いているようです。眼球に対するバンドの取り付けや、手術の時に白目を縫った影響で、ちょっと外側を向いた位置に機械的に収まる場所が出来たようです。意識的に右目で見ようとすると、右目が正面を向きます。時々意識的にやった方が良いのかもしれません。

右目は、こうやって意識的に見ようとするとハレーションが気になってきますが、何かに集中しているときは、ほとんど気になりません。一昨日は久しぶりに拡大鏡を付けてハンダ付けをやりましたが、右目は気にならず、仕事もはかどりました。手術前よりかえって気にならないくらいです。こうなるとつい無理をしがちなので、気をつけながらぼちぼちやります。

小生のホームページ「南海凡吉の部屋」の、「桐沢型ぶどう膜炎治療記」に入院前の3~5月と、2回目の入院中を追加しました。入院中の記事はノートに付けていた日記を元に書き下ろしたもので、ブログに未発表のものがほとんどです。どうぞご笑覧ください。

2006/06/20

口の中がガタガタ

2006年6月20日

歯医者に行ってきました。歯医者は会社のすぐそばなので、会社から直接行きます。
「南海さん、2年ぶりですねえ。」そうなりますか。それから1年間インターフェロンをやって、3週間入院して、半年経ったらまた3週間入院して、やっと歯医者に行けるようになったところです。先生口の中を見るなり、「うわ、口の中がガタガタだ。どうしたんですか?」入院したことを話しましたが、入院したりすると、一気にガタガタになることがあるそうです。しばらく歯医者に通うことになりました。手術と今の目の状況を話しましたが、「いやあ、目の中の話をされると怖くて。」医者でも?

心臓の先生から言われている、「歯の治療の時には、抗生剤を出してもらえ」の話をしたところ、「うーん、それだけでは、何とも。」と怪訝そうです。予防的に薬を出すことは保健上認められていないそうで、どの程度の治療でどの程度の薬を出すことを想定しているのか、自分で聞いてみるとのこと、心臓でかかっている病院の電話番号と先生の名前を書いておきました。この先生、真面目です。まあそれだからこの歯科に通っているわけなんですが。肝臓の先生は長いつきあいで小生の名前を覚えていますが(何せ、いろいろあったもので(^_^;)、心臓の先生は多分思い出さないでしょう。さて、どういう返事になるか。

2006/06/19

パンダがだいぶ改善

2006年6月19日

この所、毎週月曜日が眼科の診察日です。それも朝1番なので、うまくするとフレックスの時間内に間に合います。

昨日右目でテレビの画面がわかるようになったのに気がつきました。今日の視力検査では、視力板が見えました。しかし視野の中にゴミが浮いていてなかなか細かいところまではわかりませんので、どこのCが切れているかまではわかりません。視力は0.05というところです。視野の周りがダイヤガラスのように見え、手術をする前と同じような見え方になってきました。おそらくオイルの中に不純物が増えてきたのでしょう。このオイルはそのうち抜く予定になっているので、それまでは特に濁りを減らす予定はありません。網膜は元気なので、あとは待つだけです。

今日の診察でS先生、看護師さんに「第1診察台、混んでますか?」と聞いたあと、「教授にも見てもらいます。」(やばい、フレックスに間に合わなくなる。)さほど待たず教授から、「S先生!」「南海さ~ん。」とセットで呼ばれました。S先生が「膜っぽい」と言っていた視神経の部分は、膜が広がればオイルを抜くときに処置をすることになりそうです。それまでは様子見で、ずっと安定してきているので次の診察は2週間後になりました。ひょっとすると、2週間も診察間隔が空くのはこの病気になって初めてです。

パンダがだいぶ改善し、ちょっと目にはわからなくなってきました。なお、フレックスにはぎりぎり間に合いました。

2006/06/17

すべてのウイルス性肝炎に国の医療費保障を!

2006年6月17日

集団予防接種によるB型肝炎感染の最高裁判決が出ました。患者救済の面から、画期的な判決と思います。

ただ「過去を裁く」という点で見ると、少し厳しすぎるのではないかと思います。新聞だけでは経過がよくわからなかったので高裁判決の方も見ましたが、1951年(昭和26年)頃には、注射針の連続使用による感染の医学的知見が確立していた、とされています。それではどうすべきだったかを考えると、小生の田舎の小学校は、小生の小学校時代(昭和30年頃)各学年150人程度の児童がいました。全学年では900人です。集団予防接種を行うとき、1日に2学年ずつとすると、300セットの注射器と針を準備しなければなりません。使い捨ての注射器など無い時代、これを毎日校医さんが自分の医院に持ち帰り、消毒することになります。
針交換だけの注射器の使い回しでC型肝炎の感染が広まったと言われていますし(「最強のC型肝炎治療法」、飯野四郎著、講談社)、B型肝炎はC型肝炎よりもっと感染力は強いので、注射器(筒)の交換は必須になります。はたしてこれだけのことが、物不足でガーゼや包帯すら洗って使い回していた昭和30年頃に出来たのでしょうか?

小生は、「あの時代だから仕方がなかった。」と国の過失は問わず、その代わり集団予防接種によって感染が起こったのですから、医療費はきちんと保証してもらう「無過失賠償」が望ましかったと思います。そうすればそのほとんどが医療行為によって感染したと思われる、すべてのB型肝炎とC型肝炎の感染者に対する医療費保障の道が開けます。

似たような裁判で薬害C型肝炎の訴訟がありますが、それに関する記事が朝日新聞で6月10日から16日まで「裁かれる薬害」として連載されていました。ただこの記事においては悲劇を強調するため、「インターフェロンは効かない」、「C型肝炎は不治の病である」と取れるような書き方をしていました。最終回は偏見や差別の話でしたが、小生から見るとこの連載がかえって偏見をあおっているようでした。今更言うまでもありませんが、C型肝炎は治る病気です。そして仕事をしながら治療することが出来る病気です。しかし長期の治療期間と高額の治療費が必要なため、すべてのB型及びC型肝炎の患者に対する医療費保障を求めたいものです。

2006/06/14

久しぶりに心臓の方の病院へ

2006年6月14日

久しぶりに、心臓の方の病院に行ってきました。肝臓と同じ病院なのですが、肝臓が半年に1回になったため、とんとご無沙汰です。帰りにバスカードがちょうど残額0になりました。眼科で通っている病院はバスに乗らないので、当分買わなくてすみます。

心臓自体は、レベトールが終わったら心肥大が改善したので特にどうと言うこともなく、検査(24時間ホルター心電図、心エコー)も9月以降になりました。ただ逸脱している弁は感染しやすいので、他の病気の治療をするときに感染予防の手を打つことは、念を押されました。弁の感染で緊急手術になることもあるそうです。今度歯医者に行くので、治療するときに感染防止の話をします。ちなみに目の手術の時には、抗生剤の量が普通の倍になっています。

連続して会社に行き始めて3日目、特に疲れはありませんが、なぜか眠いです。入院中は睡眠時間は短かったのですが、退院後だんだん長くなり、会社に行く前は8時間から9時間になっていました。会社に行き始めても7時間の睡眠時間は確保していますが、どうもそれだけでは足りないようです。今度の土日には、たっぷり寝ます。

2006/06/12

目はほぼ安定

2006年6月12日

眼科の検診に行ってきました。週末あたりから右目がやたらまぶしく、それだけ透明度が上がった感じはあったのですが、視力は0.05が見えました。しかし見える範囲はすごく狭く、Cの字を一度見失うと、もうだめです。今日は手前から少しずつ遠ざけてもらえたので、比較的遠くまで追えました。こうやってみると、最初の手術直後の0.05の時はCの板を持った先生まで見えましたので、余裕の0.05でした。言い換えれば、透明度が上がればそこまで見えるということです。

そのほかでは、
○虹彩のレーザーの穴が、少し小さくなってきている。→必要なら外来でも追加で開けられる。
○視神経のところの膜っぽいところに変化はない。→様子見。
次の診察も一週間後になりました。会社に行き始めると週1回の通院が限度ですので、次が来週というのは有り難いです。

入院中、特に手術後は歯磨きがおろそかになったせいか、入院中に引き続き、今日また歯にかぶせてあった詰め物が取れました。今度は歯医者にも通わなければなりません。

2006/06/08

仕事の前に面接官

2006年6月8日

会社にいつ出ようかと思っている矢先、昨日は本社に呼び出され、面接試験の試験官をやらされました。スーツを着るのは一ヶ月ぶりです。入院中にステロイドの点滴もやったため、首周りがまた太くなったのではないかと思いましたが、首周りは変わらず、ワイシャツはそのままOKです。心配したのは靴で、一ヶ月も革靴を履いていないと靴擦れが出来やすいのですが、この所革を柔らかいものにしているため、こちらもOKでした。

目の周りは、いくらか引いたとは言うもののまだパンダで、相手をぎょっとさせないために眼帯を準備しました。これだと、ものもらいか何が出来たようにしか見えません。まあ、何とか無事に終了しました。

久しぶりに30分以上電車に乗りましたが、思いの外疲れませんでした。半年前に比べ、体力がさほど落ちていないようです。ウイルスの活動が、沈静化しているせいかもしれません。そのため、明日から仕事に出ることにしました。とは言っても、1日出たら土日休みです。

2006/06/06

運動量制限の必要なし

2006年6月6日

眼科の検診に行ってきました。目は少し見え方が悪く、視力としては0.01くらいです。まあ、これくらいの行ったり来たりは、良くあることです。ただ網膜の視神経のあたりが、少し膜っぽくなっているそうです。これはしばらく経過観察ですが、増殖膜がまた出てくるようなら取り除く手術が必要になります。今度の手術は、もう硝子体は取り除いてあるので、オイルを抜いて膜を取り除くだけなので、さほど大変な手術ではありません。増殖膜は網膜のすぐ近くにでてくるので、技術的には難しい手術ですが。手術をやるとしても、数ヶ月先の話でしょう。

以前は「安静に」と言われていたのですが、炎症の元を取ってしまったため、さほど気にする必要がなくなったようです。今日確認したところ、「特に運動量を制限する必要はない。普通にやって良い。」と言われました。少しずつ運動量を増やし、鞄を持っても平気なように体力の回復を図ります。まだ時々目が痛いのでなかなか仕事をする気にならないのですが、そろそろ会社に行く準備をしなければいけないようです。

2006/06/05

リハビリ!

2006年6月5日

リハビリをかねて、会社に挨拶に行ってきました。駅まで歩くときの、鞄が重いこと!いつも持っている鞄ですが、久しぶりの持つとやたら重く感じます。
しばらくJRに乗っていなかったら、自宅近くの駅の自動改札機が新型に変わっており、すごく反応が良くなりました。もうSuicaをちょっと浮かせる必要はありません。

会社近くの駅は、エレベータエスカレータ、何もありません。近くに盲学校があるんですから、もうちょっと何とかしても良いのではないかと思っています。といいながら会社は、3階までこれもエレベータがありません。お昼になると、3階から下りて隣の棟の3階に上がり(ここが社員食堂)、食事が終わればまた3階から下りて3階へ。いやあ、自宅にいるのと運動量がまるで違いますね。ほんのちょっといただけで帰ってきましたが、さすがに疲れました。こうやって徐々に身体を慣らしていきます。明日は検診日です。

2006/06/02

経過は順調

2006年6月2日

退院後初めての眼科診察に行ってきました。
半年前は退院の時に電車の加速に身体がついていかない感じだったのですが、今回はさほど体力が落ちていません。前回の方が動き回っていたのですが、前回はウイルスも元気で、炎症が強かったのかもしれません。

病院に着くと、まず角膜細胞検査、その後視力検査です。昨日あたりから右目がかなりまぶしく感じ始めていたので、少し見えるかなと思っていやのですが、矯正レンズ(水晶体の分も眼鏡のレンズの方に足してあります)を付けて0.04が見えました。ただ手術後一回炎症を起こしているのでオイルの中に少し不純物が浮いているようで、1回目の手術のあとの方がきれいに見えました。今回はまさに液体を通して物を見ている、という感じです。

その後フレアーの検査をするため診察室の外で待ったいたところ、「南海さん、教授が見たいと言っています。」といきなり中に呼ばれました。直接教授診察台です。
「視力0.04ですか。オイルできっちりガードされていますね。眼底も良いですね。」
看護師さんに向かって、「S先生呼んで!」S先生、あわてて登場。
「S先生、こっちきて一緒に見なさいよ。眼圧も良い。LI(レーザーで虹彩に小さな穴を開ける処置)正解だったな。」(教授、自画自賛)「オイル抜けるところまでいければ良いんだけどね。」
小生に向かって「南海さん、順調です。しばらく経過観察させてください。」
そこでS先生「南海さん、次回の予約を入れますから、ちょっと待っていてください。向こう(自分の診察台)で呼びますから。」
やはりS先生、自分の診察台の方が落ち着くようです。改めてじっくり見ます。
「先生、フレアーの検査がまだなんですけど。」
「まだでしたか。炎症も激しくないし、フレアーの検査は次回にしましょう。」
ということで、予定より早く終わってしまいました。まずは順調です。

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入院費は、締めて50万5千円強でした。2回も手術をした割には、安いと思います。桐沢型ぶどう膜炎の手術や治療は定型化されていない部分が多く、費用が大学の研究費から出ている部分もあるようです。しかし2回の入院で、心臓の手術のために蓄えていた貯金と休暇を使い果たしてしまいました。心肥大が進行しないよう祈るだけです。

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