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2006/04/02

13年間の総括(2)

2006年4月2日

明日以降書き込みが途絶える可能性があるので、「卒業文集」の続きを書いておきます。

○続・IFNの功罪
小生は1回目と今回(3回目)の2回、治療終了後ヘルペスが暴れ出し、1回目の顔面神経麻痺は無事完治しましたが、今回の急性網膜壊死はまだ治療中です。この急性網膜壊死、70%は失明する(片目ですが)病気で、意地の悪い方には、「なんだお前は、片目を差し出して著効を得たのか。悪魔と取引したな。」と言われるところです。本当に難病でお悩みの方の中には、悪魔と取引してでも治したいとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、小生はそこまでは考えていませんでした。

確かの今回の急性網膜壊死は、最後に背中を押したのはIFNでしょうが(医学的には、根拠はありません)、原因のストレスはIFNの前から始まっています。ずっと没交渉で連絡もすべて姉二人に任せていた、熊本にいる養母(かなり長くなる複雑な事情があります)の具合が悪くなり、右手と右足が不自由な長姉と二人で見舞いに行ったのが2003年11月のこと、親父は死ぬ前に一度も会わなかったので、養母の方は死ぬ前に一度会っておこうという気持ちでした。翌2004年にはいきなり携帯電話に熊本の外科医から電話がかかり、「養母の延命処置をどうするか?」という話です。熊本には身内は誰もいないというものの、仕事中にいきなり聞かれても、これは困ります。しかも小生は養子縁組はしておらず法律的には他人なのに、「ご長男が決めてください」には困りました。その後しばらく落ち着いたかなと思ったもののやはり死んだという知らせ、その後はバタバタと喪主初体験(2004年6月26日)になりました。この時の上司が気配りが無く、喪主をやっているのに養子縁組をしていないと言うだけで弔電の一つもよこさず、熊本では肩身の狭い思いをしました。
そして葬式後にIFN開始、IFN最中の熊本での一周忌まで終わり、今年は3回忌と親父の13回忌が一緒なので盛大にやろうという話が出たところで、身体が拒否反応を示したようです。したがって、もしIFNをやらなくてもやはり急性網膜壊死が出るかあるいは別の病気がでて、熊本に行くことを不可能にするように身体が無意識に反応したと思います。

故に、小生のIFN終了後の急性網膜壊死は、非常に特殊な例です。ただIFNをやる前後にストレスの元を抱えると、ただでさえストレスのかかる治療ですから、良くないと思います。

○ペグは楽か?
従来のIFNと比べると、楽です。ただこれは1回目半年88本、2回目1年半266本の通常のIFNを打った人間(しかもその昔には、カナマイシンを200本以上打っています)の言う台詞ですので、割り引いて考えてください。また自分でも今回のペグレベでは後半のレベトールの副作用の方がきついと感じたのですが、小生は心臓病モードで通常の3/4の量でしたので、こちらも割り引いて考えてください。

○心臓病とIFN
IFN、特にペグレベの治療には、心臓病はどちらかというと禁忌症状に入ります。しかしペグレベが使えないわけではなく、レベにはちゃんと心臓病モードの処方量があり、現に小生は治療を完遂しました。ただ治療中に心臓に出る症状については心臓病にもいろいろあるため、まだきちんと整理されてはいないようです。LVDs(左室収縮末期内径)が40近くなって手術を勧められたのはペグの服用中でしたし、また服用終了後にLVDsが27まで改善したのも、眼科への入院による安静もありますが、レベの影響が無くなったせいではないかと思います。「レベの服用中は、心肥大が一時的に悪化することがある」ということがはっきりすれば、循環器の先生がびっくりすることもなく、患者も安心して(小生のようなショックを受けずに)やり過ごせるのではないかと思います。

○これで安心か?
残念ながら、著効になったからと言って手放しで安心は出来ないようです。肝臓ガンは時限爆弾のようなもので、一旦発ガンスイッチが入ったらもうIFNでも止められないと言われています。そのため、著効後も長期監視が必要になります。ただIFN以降はスイッチが入りませんから、IFNをやらない方の肝臓ガンのように、次から次へと出てくることはないようです。ではどの程度監視しなければいけないかというと、飯野先生の古い本(C型肝炎のインターフェロン療法:1997年初版)には5年と書いてあったものの、新しい本(最強のC型肝炎治療法:2004年初版)では10年となっています。それだけ時間が経ってからのガンが発見されたということでしょうが、小生の場合は10年経てば67歳、肝炎のあるなしにかかわらず肝臓ガンの検査を受けた方が良い年です。つまり肝臓ガンの監視は、一生続くということです。

あとまだいろいろ書きたいこともあるので、しばらくはこのブログのタイトルはそのままで、続けたいと思います。そのうち、タイトルだけ変えます。

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C型肝炎治療記」カテゴリの記事

コメント

本当に辛いストレスは仕事上のことでなく、身内のことかもしれませんね。私も子供の事、それにつづく母の死に伴うゴタゴタで本当に心身共にボロボロになりました。それで1回目のIFN治療が延びてしまったのですが、肝炎自体が最初の肝生検のころに比べて予想より進行してしまったのは一連の大きなストレスのせいだったかなと思っています。ただ大きな苦しみを(ついでにIFNより数段も痛い注射も何本も(・・;))を経験したお陰から前回のIFN治療も何とか凌げたのかもしれません。
今日は春の嵐のようなお天気になってしまいましたね。南海さんの身体の中の嵐が早く過ぎ去りますように。

ストレスをためないようにと思ってもなかなか難しいですね。自分が年齢を重ねれば、親も高齢になります。難しい問題ですね。南海さんの目がよい方向に向かうことを心から願っています。

落第続きの13年生の卒業文集をしっかり読ませて頂きました。ホントに長い歴史でしたね。最後の関門もぜひ優等生で卒業されますよう祈っています。

まずはおめでとうございます。後は目の治療ですね?目というのは情報の入り口の多くの部分を占めるので具合が悪くなると不安になる物です。小生も網膜剥離で左はレーザー固定、右は強膜バックリング手術を受けましたが目の中の浮遊物はまるで油と水が混ざった水槽を通してみている様な状態です。ただ手術した右の方が比較的はっきり見えます。(周辺はゆがんでいますが)
ところでN先輩から手紙が来て、ネコパブリッシングでまた使用した出発式の写真で左端に写っているのは小生ではないか?ということでしたが、凡吉さんの入院がどうなるのかを確認して返事を出そうと思います。
頑張って下さい。

コメントありがとうございます。今日からの入院は、中止になりました。詳細は、今日付のブログに書きます。

>miyaさん
やはり身内のことが一番ストレスになることが、身にしみてよくわかりました。それに比べると、下っ端の仕事のストレスなど楽なものですね。従業員の生活を預かっている経営者になると、また違うでしょうが。

>うめさん
自分も歳取ってくると、周りも年を取っています。今回も姉が元気なら、ここまでストレスはたまらなかったんですけどね。その姉が親父の葬式の翌年倒れたのも、これまたストレスだったのかもしれません。

>kazuさん
振り返ってみれば、小生はIFNほとんど第1期生。そのあとの長期投与では治験。ペグリバでも1期生(実質、0.5期生)と、なぜか先頭を走ってきて、そのたびに落第してきました。晴れて今回13年生(関西風に言えば、13回生)で卒業です。皆さん、後に続いて下さいね。

>凡太郎さん
今日の診察はN講師、やはり信頼感が違いますね。小生の目の状態は、今日のブログに書きます。
N先輩には小生が貴君ではないかと言ったので、聞いてこられたのでしょう。N先輩によろしく。

すみません、ドジをしました。前々回のところにコメントをしてしまいました。
今日のブログ読ませて頂きます。

>chokobananaさん
いつもは隔日なのにこの所連日、それも毎日違った対象で書いていますから、コメントが付けづらいと思います。コメントメール機能でどこに付いたかわかりますので、ご心配なく。

遅くなりましたが、著効本当におめでとうございます。ブログ時々でしたが拝見させて頂いております。同じ弁膜症なのですね。
不整脈もあり、長い月日の何度もの治療に大変な思いをされてきたのですね。同じ弁膜症の方の治療に私は勇気付けられました。
私は治療終了経過中ですが、たとえ、結果がどうあれ、希望を頂いたこの治療には感謝の気持ちです。副作用はさすがに、思った以上にきつかったですが、どうしても治療したい、という自分の気持ちが強かったです。先生からもやる価値はある、心臓の方は大丈夫と
仰られたので自分の気持ちに正直に治療に入りました。南海さんほど肝臓の何度もの治療でご苦労されたということは私にはないのですが、肝臓もあり心臓もありで、忙しい身体には違いないですね。
それでも、前に進みたい、治したい、どちらか、一つでも治ってくれれば・・私はやはり肝臓の方が自分にとっては治したいと。心臓はお薬を飲みながら、どうにかできるので。13年間の総括貴重ですね。

>memoreさん
いらっしゃいませ!お祝い、ありがとうございます。お名前は時々他の方のブログで見かけていましたが、目が悪くなってから巡回先を絞ったので、memoreさんが弁膜症とは全く気づいておらず、失礼していました。
memoreさんは三尖弁で3回も手術されているのですね。小生は僧帽弁で逆流度3ですが、心肥大が治ったので、そのままです。小生はレベの量は通常量の3/4だったのですが、memoreさんは通常量、大変だったと思います。陰性化が早いので、結果は期待できると思いますよ。焦らず、のんびり待ちましょう。

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» [w/]卒業 [w/, w/o 〜いるもん、いらんもん〜]
[http://nankaiponkichi.cocolog-nifty.com/weblog/:title=また一人卒業]されたみたい。おいらは、浪人やけどね。 非常にリスクのある状態で治療にのぞまれて、著効だった。 ◇ そろそろ、ほんまに前を向かないと。昔の学校を眺めて、思い出に浸っていてもしょうがない。悪い卒業生になっちまう。また、次のことを考えて、後ろは見ないようにしよう。あたらしい。目標。夢にむかって、目標は変わらんけど、その課程が少々寄り道になっただけ。 パソコンから、リンクを落とそう... [続きを読む]

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