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2006/04/01

13年間の総括(1)

2006年4月1日

C型肝炎のインターフェロン治療は一応卒業しましたので、卒業文集ではありませんが、今までのことを大雑把にまとめてみようと思います。かなり独断と思いこみが入っていると思いますが、そこは「勝てば官軍」、ご了承下さい。なおインターフェロン自体は皮膚病の治療で使うこともありますし、小生のぶどう膜炎の治療でも第3選択で名前が挙がりましたので、まだご厄介になることがあり得ます。

○IFNをやろうと思ったわけ
小生がC型肝炎とわかったのは1992年の5月です。GPTは70前後で、小柴胡湯で抑えていました。IFNが保険適用になったのはその年で、やっぱり「炎」の付くものは治した方が良かろうという軽い気持ちで、申し込みました。過去に肺結核の治療で、週2回ながら1日2回というカナマイシンの注射を1年以上続けた経験があるので、半年くらいの注射は平気だろうという思いもありました。病気の完治は企てずに折り合いを付けていこうという考え方はそのころの小生にはなく、この考え方を教わったのは1回目のIFN治療の時です。このあたりのことは、そのうち小生のホームページにまとめます。

○そのころのC型肝炎についての情報
全く知りませんでした。IFN治療についてはずっとお世話になっている病院に最初に行ったとき、先生が「この本を読むように」と言って貸してくださったのですが、患者側から見た経験談は全く知ることはできませんでした。
2回目のIFNを決意する前に、1回目の入院で知り合った患者さんからの口コミ情報で「最近のIFNは効くぞ」という話が出、ずっと強ミノだった方もIFNに踏み切られたことも、2回ものIFNを始めた後押しとしてあります。この患者側から見た情報が少ないことから、2回目のIFNの時にnifty(当時はNIFTYSERVE)のフォーラムに「インターフェロンリターンマッチ記」を書き始めました。しかし小生はずっとniftyのフォーラムにいたため、ブログデビューが遅れてしまいました。

○なぜ患者会に入らなかったか
こんなに長くかかるとはそのころ思っていなかったから、というのが本音でしょうか。1回目がうまくいかなかったとき、「これは一生のつきあいになる」と思っていたら、入会していたかもしれません。また2回目を始める頃にはNIFTYのフォーラムを通じて他の難病の方や福祉関係の方と知り合いになれ、患者会の必要を感じなくなっていました。ただ都のC型肝炎の特定医療費が廃止され、また医療費の自己負担が増え、さらには混合診療(もし早く認可されていたら、ペグリバは自費扱いだったでしょう)までが取りざたされる時代になってみると、患者会に入会して圧力団体として行動していた方が良かったかな、という思いも少しあります。患者会がそういう団体かどうかは、入会していないのでわかりませんが。

○病気になって何か変わったか
「病気になったメリット」という言い方は、症状や後遺症が軽いことからの傲慢さが感じられるので、好きではありません。好むと好まざるとに関わらず変わってしまうわけですが、いわゆる「弱者」に目がいくようになったのは2回目のIFNのあたりからです。ただ小生の場合は人よりも施設の方にどうしても目が行き、「駅のバリアフリー度」などを調査することになりました。

○IFNの功罪
功はともかく出たので、書くのは罪についてになります。小生の場合、1回目は都の特定医療費のおかげで只、2回目は治験でこれまた只と、まともに医療費を払ったのは3回目だけです。この点は、かなり恵まれていると思います。会社では、課長になった翌年にC型肝炎が判明し、結局そこから先は出世できませんでした。ただC型肝炎にならなかったら(と言うより、IFNをやらなかったら)出世できたかというと、そこも疑問です。仕事上の差別は受けた記憶がなく、生産系から開発系に移動しましたが、ずっと第一線(それも自分ではんだごてを握るような第一線)にいます。これも恵まれている方かもしれません。日常生活(歯科、床屋、ETC)でも、C型肝炎による差別を受けた記憶はありません。山形に転勤したときも組織のトップで行きましたから、酒を飲まないことでいじめられることはありませんでした。

○IFN治療を推奨するか
します。ただこれからは始めようとする方は、副作用については個人差がありますので、よく調査されてください。

続きはまた書きますが、諸般の事情で少し先になるかもしれません。

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コメント

最初にC肝と分かったとき、患者会に電話をしましたが、出てきた女性があまりにも覇気がないので、かえって気落ちしガッカリした思い出があります。
私、お仲間アンテナから外れる事にしました。次の治療前にいろいろ充電しようと思っています。ブログは細々と続けますし、こちらを続けて拝見させて頂こうと思っております。目の治療、ガンバですe(^。^)g

コメントありがとうございます。

>miyaさん
以前書いた(と言うより、批判した)「C型肝炎に出会って」という本に出てくる患者会でも、積極的な治療をしようとする人はほとんどいませんでした。やはり「圧力団体」としては、無理なようですね。
miyaさんのブログは勉強になることが多く、読ませていただいています。ついつい余計なことも書き込んでいますが(^_^;。小生は巡回にお仲間アンテナを使っていないので、閉鎖されない限り、覗かせていただきます。

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