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2006/04/16

1985年から92年までのまとめ

2006年4月16日

1回目のIFNに関することを少しずつ書きためていましたが、今日1985~1992年を小生のホームページの「インターフェロンに挑戦」にまとめました。1985年にB型肝炎とわかってから、1992年のIFNを打つための紹介状を書いてもらうまでです。本当に書きたかったのは「目から鱗」が相次いだ1993年と1994年なのですが、そこを書くための言わば前振りです。どうぞご笑覧ください。肝心の1993年~1995年は、順次追加していきます。

「3回目のインターフェロン」もけりが付きましたので、そのうちに整理してホームページにまとめます。その時はこのブログのタイトルもかえるつもりですが、「多病息災日記」は少し厚かましいかな?

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C型肝炎治療記」カテゴリの記事

コメント

今ざっと目を通させていただきました。本当に長い闘病生活、頭の下がる思いです。ゆっくり読んでみますね。タイトルは「多病息災日記」で決まりですよ(^_^)v

14年という長い付き合いではありますが、治療を決意され、最高の医者に出会え、IFNの治療も保険適用になりとやはりいいめぐり合わせでしたね。それに加え南海さんの努力で勝ち取った著効だと思いますが、これからの記事で更にその詳細を教えて頂きたいと思います。ところで、3回目のインターフェロンの後にタイトルの追加があったのですね。今日気がつきました。

コメントありがとうございます。

>うめさん
当人にはあまり「闘病」という意識はなく、結果的に留年が続いた、という感じですね。
ブログは連休中に模様替えするつもりです。

>chokoさん
運は良かった思います。会社で倒れて担ぎ込まれた先が、すべての始まりでしたから。こういうときは、都心部にいた方が幸運にぶつかる確率が高いですね。悔しいですけど。
サブタイトルはずいぶん前、心臓の手術を勧められた頃に付けました(^_^;。最近「ぶどう膜炎」を「桐沢型ぶどう膜炎」に変えましたが。

貴重な記録をサッとですが目を通させて貰いました。三度もの肝炎治療。B型肝炎が完治されたらC型肝炎の治療。心臓弁膜のこと。
すごい闘病だったのですね。B型で更にC型だとわかった時のお気持ちはショックも大きかった事だと察します。コツコツと今日まで耐えながらも歩まれてこられて来たのだと感じます。一生懸命さが病を乗り越えられたのですね。なんか、私も元気を貰えた感じです。病気と共の人生だけど、辛い、苦しい、言葉だけじゃあ表わせきれないほどの経過がありますね。本当に肝炎が治られて良かったですね。治られたばかりでゆっくりとしてくださいね。でもまだ記録などをブログで書き続けてくださいね。わたしは人工弁入っていて、もう18年も前に手術しました。機械弁です。一回目は機械弁、二回目は生体弁、三回目は機械弁。現在は弁形成術とかありますね。あと、人工弁を入れる手術でも初めての方には胸を大きく切らずに済む体に負担のかからない手術方法があるとお聞きしています。昔よりだいぶ手術も進歩しているとのことです。ご年配の方もしています。もし、万が一、手術をとなったとしても、あまりご心配はいらないと思います。先生も検査をして経過をみながらこのままでもってなる場合もあると思います。あくまでも万が一という事で私の知っている事を書かさせて頂きました。肝炎では大先輩の南海さんですね。心臓はほんの少しだけのわたしです。(^^)私も後を続きたいです。

>memoreさん
ありがとうございます。まあ先にも書きましたが、当人は「闘」という意識はまるでありませんでした。でしたではなく、まだingなんですが(^_^;。
心臓弁膜症については、幸い小生の僧帽弁逸脱は弁形成が最もやりやすい病気らしく、その点はやや安心です。心臓弁膜症の先輩には、いろいろご教示いただきたいと思います。
皆さん、後に続いてください。

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