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2006/01/31

目の透明度は上がってきているものの

2006年1月31日

昨日眼科の検診に行ってきました。視力は変わらなかったのですが、目の検査をしている間、この時は左目に黒い板が付いた眼鏡をかけさせられているのですが、検査の先生がごそごそしているのが右目で良く見えました。ずいぶん見えるようになったのを実感しています。しかし透明度は上がってきているものの、フレアーの検査という、炎症で破壊された蛋白質の検査では、まだ炎症反応が出ていました。目が硝子体を透明化する働きは活発で透明度が上がっては来ているものの、まだ炎症は続いてどこかで濁りの元を発生させているんですね。先日久しぶりに姉から電話がかかってきて、声の調子がお正月とまるで違うと言われ、体調も良いのですが、調子が良いといって無理をすると一気に悪くなる状態であるのは、変わりないようです。効かないと言われながらもそこそこ効いていた抗ウイルス薬は、保健の使用期間を大幅に超過して使えなくなっており、ステロイド剤も副作用が心配で減量に入っています。あとは身体の免疫力だけなので、いっそうの注意が必要なようです。
フレアーの検査で炎症が続いているということは、まだどこかで網膜がウイルスに食われているということですが、以前ほどの活発な活動ではないため、特に手を打たずにいます。レーザーも、網膜剥離の兆候は無いため、無理せず次回回しということになりました。このフレアーの検査、炎症で破壊されたものを調べるのでまるでGOT/GPTの検査ですが、肝臓と違って網膜は再生能力がないところが辛いところです。

そのあと風邪気味なこともあって行きつけの内科により、首が太くなることについて聞いてきました。バッファロー肩といってムーンフェイスと並ぶ副作用だそうです。肩から上は全部太め(丸め)になるんですね。先日群馬の工場に久しぶりに行ったとき「顔が変わった」と言われましたので、小生もいくらかムーンフェイスの兆候が出てきているようです。なおムーンフェイスもバッファロー肩もステロイドの服用を止めると元に戻るそうなので、先日作ったワイシャツは今度は首周りが緩くなりそうです。

追記です。
ステロイド剤の服用について、眼科医の指示は15mgからいきなり10mgに減っていましたが、小生は自分で錠剤を半分にし、間に4日間12.5mgという日を作りました。これについて内科の先生に聞いたところ、「減らすときは慎重にした方が良いから、この方が良いんじゃないですか。」という意見でした。今度5mgに減るときも、自信を持って同じ方法でやります。

2006/01/29

今の目の状態

2006年1月29日

現在の目の状態について、まとめてみます。
ステロイドは15mgだったのが、22日~25日は12.5mg、26日からは10mgと減量になりました。処方では24日からいきなり10mgに減っていたのですが、自分で勝手に2日分を2.5mg減らし、その分をあとの2日に回しました。プレドニンの5mgの錠剤ですが、プレドニンの錠剤は爪で簡単に半分にできるので、こういう手を使いました。
ちょうど減量を始めた22日から身体が重く、また目の表面がちかちかと痛かったのですが、25日から体の重さもなくなり、また目の痛みも消えました。目の痛みが目の奧だと網膜から来ているので急遽病院に行ったのですが、表面(というより、目頭や目尻)なのでそのままにしておきました。散瞳剤兼調節麻痺剤のアトロピンを止めたのが11日で、そろそろ効き目が無くなる頃、麻痺していた筋肉が動き出すときの痛みかもしれません。

そのアトロピンの効き目が無くなったので少しは見やすくなるかと思っていたのですが、相変わらずハレーションというか左の映像に白い像がかぶさり、見づらいです。ただ右の視力は確実に戻っており、26日に電車の中で実験したところ、天井脇の広告の文字が右目で初めて読めました。今まで見えることはあったのですが、字まで読めたのは初めてです。ただこれもそのままでは読めず、目を急に動かすとその分濁りが一方に寄り、雲の切れ目から見えるみたいに字が読めます。眼科の診察は明日ですが、この手でレーザーが打てるかどうかです。
なお朝はほとんど見えず夕方になるほど良く見えてくるのは相変わらずで、夜はテレビドラマくらいだったら右目だけでも見られます。

昨日首が太くなったことを書きましたが、ステロイドの副作用に甲状腺に関するものは見あたらず、逆にペグイントロンの副作用としてありました。今までの2回のIFNでは何ともなかったし、今回もペグ投与中の検査では何も出てこなかったので、意外です。なおステロイドを長期投与すると、自分の副腎が働かなくなる副腎抑制が起こりますが、同じステロイド剤でもリンデロンより半減期の短いプレドニンが起こりにくく(その分効き目は弱い?)、小生が今飲んでいるように朝1回の服用にすると起こりにくい、という記事を見つけました。

本気になって片目の生活に慣れようとしないため、相変わらずドジをやっています。コップに水をつごうとしてそこら辺をぬらしてしまうのはしょっちゅうですが、今日のお昼はファミレスでスープをつごうとしたとき、目測を誤って手にかけてしまいました。熱くなくて助かりましたが、熱いものを扱うときには注意しなければいけません。

明日は眼科の診察ですが、その後お通夜(同期入社の男性=小生は中途入社のため13歳年下)に行くため、結果の報告は多分火曜日です。

2006/01/28

スーツに穴が開いた!

2006年1月28日

昨日の朝出がけにカミさんが小生のスーツのズボンを見て、
「あらいやだ。どこでこの白い汚れくっつけたの?」ぱたぱた。「落ちないわね。やだー。これ汚れじゃなくて、穴じゃない!」
ズボンの左膝の外側の部分がすり切れて薄くなっており、下着(ロングパンツ、要するに股引)が透けて見えていました。急遽着替えましたがこのスーツ、もう15年以上着ていて本来は今シーズンで引退するはずだったのが、デパート恒例のバーゲンの時期に小生が入院していたため、新戦力が来ないため引退を先延ばしにしていたものです。何で左膝の外側がすり切れたのかと思っていましたが、ちょうど鞄が当たる位置でした。

こうなったら新戦力を急遽補強しなければならず、息子宛にデパートから来ていた「紳士服イージーオーダーよりどり2着\58,000から」という葉書をひっつかみ、仕事で出かけたビッグサイトから横浜のTデパートへ直行です。売り場では目がハレーションを起こして細かい色がわからないので、年配の店員さんに頼んで生地を探してもらいました。
最近はウエストを絞った仕立てがまたはやりだそうで、若い人はそういう仕立てにしているそうですが、さすがに小生はオーソドックスにしました。モデル体型のkazuさん、「ナイスミドル」指向のところで、挑戦してみます?なお小生の礼服(略礼服)は30年前のものをまだそのまま着ていますが、これはウエストを絞った仕立てです。

ついでにワイシャツ売り場に行き採寸したところ、首周りが2cmも大きくなっていました。今頃筋肉が付くことは考えられないので、ステロイドの副作用で甲状腺が腫れたのでしょうか。こういう副作用があるかどうか、今度内科の先生に聞いてみます。

2006/01/25

システム変わって初めての通院

2006年1月25日

年が改まって、初めて肝臓の方の病院へ行ってきました。今日は肝臓ではなく、心臓の検査(心エコー)です。chokobananaさんがコンピュータシステムの変更で大混乱とおっしゃっていましたが、小生のところも場所は違うものの、やはりシステムは変更されています。13年間使ってきた診察券も、今年から新しくなりました。

さて入るとまず「案内係」という腕章を着けた女性が立っています。
小生「検査だけだけど。」
案内係「予約を取ってあれば、一応受付機を通してください。」
診察券を入れると、いきなり受付票が出てきます。
係「これで良いです。」
小「あ、先に保険証の確認をすると書いてありましたが、良いんですか?」
係「受付番号が印刷されていますから、そういう方は出す必要はありません。」
事前の案内と違うなと思いつつ、ともかく検査室へ。
検査室「受付票ではなく、診察券を下さい。」
ここまでの小生の行動は、眼科の大学病院のパターンでした。病院によって、違いがありますね。

心エコーで呼ばれて上半身裸になって検査着を羽織り、検査室に入ると、検査技師さんの他に主治医とコンピュータの担当者らしい背広の男性がいました。どうやらすべてのシステムが変わったらしく、どこまで電子カルテになるのかはわからないのですが、検査データなどはオンラインになりそうです。
小生にプローブを当てるのは技師さんで、主治医は画面の前、横に背広の男性が付いています。
「これ戻すのどうするの?」「ここです。」「あ、この角度だとよくわかるねえ。」「3度だね。」(多分、逆流の程度)「ここ写真撮っといて。」「撮りました。」
主治医が一緒だったので話が早く、主治医は画面ではなく印刷された印画紙を「眼鏡はずさないと、見えないんだよな」(御同輩!(^_^;)と言いながら、「まだ整理できていないけど、前より良くなっているね。詳しくは来月の診察の時。」とのこと。僧帽弁の逆流は自然治癒はしない病気ですが、それに伴う心肥大は多少は改善する可能性もあります。詳しい話は来月ですが、ともかく良い傾向で、余分なものを抱え込みたくない状態の小生にとっては、良い知らせです。

検査が終わって総合受付へ行くと、ここにも受付機があります。これは説明書(ホームページも)に書いて無く、混乱の原因はここだったのかもしれません。水曜日の午後という空いている時間帯だったため特に引っかかりもせず、会計窓口の前で待っていると番号が表示され、支払機で支払いました。あれ、最後まで保険証は出さなかった。まあ、いいか。
システムが変わってから領収書と予約票が同じ紙になったのですが、3月の肝臓の診察予約が印字されていません。総合受付の前にも立っていた「案内係」の女性に聞いて調べてもらったところ、診察時間が当初の午後から午前に変更されたため、予約が消えてしまったとのこと。いつもだったら1ヶ月前(今回なら2月)に自宅に電話がかかってくるところですが、今回は何となく危なく、早めに発見できて良かったです。

昨日(24日)、ぶどう膜炎になって初めて群馬に出張してきました。来週の月曜日が眼科の診察で、どうなっているかですが、ちょっと動いたくらいで目の濁りが増えるようだと、まだ炎症が続いているということです。なお出来るだけ身体に負担をかけないようにするため、「動く筋トレマシン」状態の満員の急行電車は避け、途中で何回追い越されようと、往復ともゆっくり各停で行きました。高崎線は、湘南新宿ラインの各停グリーン車です。これで悪くなるようだと、出張はまたお預けです。

2006/01/24

第34代式守伊之助親方

2006年1月24日

初場所終了後に、第34代式守伊之助親方が定年となり引退されました。第34代と言ってもよほど行司さんに興味のある方でないとわからないと思いますが、三役格の時は木村光之助、その前は木村光彦といった、二子山部屋(現、貴乃花部屋)ただ一人の行司さんです。名前よりも、「のこおっった、のこおっった」の声の方が印象に残っていると思います。勝負が決まったとき、「勝負あり!」と割とはっきり言う行司さんでした。何回か「行司のファインプレー」(踏み越しや勇み足を見つける)を新聞記事で目にしました。

若貴ブームが始まる頃、「大相撲ダイジェスト」の放送の最初の頃の取り組みで登場されていました。ちょうど幕内の一番下の地位だった頃でしょう。行司の世界はよほどのことがない限り年功序列なので、入門時期の関係で自分より年齢が若い人が上の地位にいると、最高位には絶対あがれないことになります。光彦さんは上の方二人と年齢が接近していたので立行司は無理かと思っていたのですが、誕生日と本場所開催時期との関係で一場所立行司を務められたのは、ご同慶の至りです。

半世紀にわたる行司生活、お疲れ様でした。

2006/01/22

5年ぶりの積雪

2006年1月22日

昨日は東京は5年ぶりの積雪となりました。ツチグミの皆さん、通院お疲れ様でした。5年前(2001年1月)には、「また雪かきをサボった」という書き込みをやっていますので、結構積もったんだと思います。その当時小生は雪になると冬の北海道に行くために買ったショートブーツを履いていたのですが、そのショートブーツは山形で履きつぶしてしまい、今は雪用の靴は、冬の出張用のごつい革靴だけになってしまいました。おかげで昨日は外に出られず、一日こもっていました。逆にカミさんは米沢で買った防寒防水仕様の靴が大活躍し、昨日も出かけています。雪対策品は、雪国で買った方が品揃えも多く、良いものがあります。

小人閑居して不善を為すというわけではありませんが、暇に任せてホームページに古い旅行記をアップしました。ブログは写真をクリックすると大きく表示する小細工が出来るので、ホームページでも出来ないかと参考書をひっくり返し、何とかそれらしく作ってみました。ホームページビルダー(V9)にはその機能が無く、HTML直書きです。

目薬の散瞳剤と調節麻痺剤であるアトロピンは1月10日に止めたのですが、まだその効果が残っており、時々ものすごくまぶしくなって字が見えなくなります。アトロピンの効果は10日くらい続くと言われており、今日で12日目ですが、4ヶ月近くも続けていたのでなかなか戻らないかもしれません。今日大型電気店のパソコン売り場を覗いたのですが、明るくて見づらく、早々に引き上げました。無駄遣い防止のためには、目は今のままの状態の方が良いのかもしれません(^_^;。

来月でぶどう膜炎の発病から5ヶ月、このままで良いのか次の手を考えなければいけないのか、思案の時期に来ています。ただこのヘルペス、最初(12年前)は顔の表面(顔面神経麻痺)で次は網膜にと、だんだん奥に入ってきているのが気に入らないところです。女優の高峯秀子さんのご母堂(養母)は亡くなる前にヘルペスが脳に入り、障害(確か記憶障害)を起こされたそうです。完全に炎症が治まる前に下手にいじくるとヘルペスはまた暴れ出すことがあるとのこと、しばらくは様子見した方が良さそうです。

2006/01/20

先生に自分の考えを伝えるのは難しい

2006年1月20日

眼科の診察に行ってきました。今日はレーザーも予定に入っていて、そのために診察時間が午後だったのですが、透明度が上がってきているもののレーザーを打てる状態ではなく、また持ち越しになりました。右目は元々どうかした弾みにものすごく良く見えることがあったのですが、そのどうかした弾みのレベルがだんだん低くなり、その代わり普通の時のレベルが上がってきている感じです。この自覚状態を診察時に先生に言ったのですが、診察では固まっていた濁りが目全体に広がってきており、その代わり全体としては薄くなってきている(透明度が上がっている)状態だそうです。また目の中心部の透明度が上がってきているため相変わらず検査時の視力は良いのですが、周辺部が均一になってきたため、今まで使っていた、目を動かして弾みで濁りを動かしてレーザーを打つ、というテクニックが使えなくなり、検査では良く見えるのにレーザーが打てないという状態が続いています。次回も午後、つまりレーザー含みです。

硝子体の濁りは、先生は何も言いませんが、簡単に透明化する手術があるようです。「硝子体混濁」で検索したら、沢山引っかかりました。小生の場合はウイルスの活動を抑えて炎症を止めるのがまず先決なのでその話は出ませんが、炎症が完全に治まったら手術の話が出るかもしれません。

次の薬から(時期的には、来週の火曜日からです)、ステロイドが10mgに減量になります。5mgを単位としての1錠の減量なので、もう少しステップ幅を小さくするよう痔の出血の例を出して言ってみましたが、小生の考え方は伝わらなかったようです。先生は各段階で2週間停留するから良いという考え方のようでした。帰りに薬をもらういつもの薬局で薬剤師の先生に言ったところ、大学病院は割と早く減らす傾向があるそうです。そして、「まあまだ10mgだから。本当に難しいのは5mgから先よ。」とのことでした。

小生は膠原病の友人の経験談などから、各段階で2週間はおいても、その刻みにいきなり5mg減らすのではなく、例えば4日間2.5mg減らしてまた下げる、というやり方が良いと思っています。今回は幸い火曜日から減量なので、日曜日から4日間12.5mgにし、木曜日から10mgにしようと(勝手に、自己責任でしようと)思っています。10mgから5mgへの減量も最悪この手が使えますが、5mgから先は全くわかりません。友人は現在8mgを服用中だし、小生が10年前にステロイドを飲んだときの記録はありません。今月末あたりに、行きつけの内科に相談してみるつもりです。

2006/01/17

抗ウイルス薬は風邪にも効く?

2006年1月17日

一昨日(15日=日曜日)はどこにも行かず一日家にいたのですが、夕方から喉が変な感じがしてきました。そうしたら翌日(16日)には朝から喉が痛くなり、会社の帰りに行きつけの内科に行き、風邪薬をもらってきました。いつもだとまだ市販の風邪薬で治るような状態なのですが、ステロイドを15mg飲んでいるため、安全を期しました。先生も心得たもので、「ステロイドは15mgですね。」と言ってしばらく考えたあと、いつもとは違う風邪薬が出てきました。

風邪で医者にかかるのは、久しぶりです。一昨年(2004年)は1月から一ヶ月以上かかるひどい風邪を引き込み、それこそ医者に通っていたのですが、昨年はインターフェロン中のため、風邪は引きませんでした。そして昨年の暮れから今年にかけてはステロイドを飲んでいるため「風邪を引かないよう気をつけろ。」と言われていたものの、風邪は引きませんでした。入院中に喉がちょっとおかしくなり、イソジンをもらったくらいです。ひょっとすると、ずっと飲んでいた抗ウイルス薬は、風邪にも効いたのでしょうか?抗ウイルス薬を止めて一週間で風邪ですから、関連性があるような気がします。

最近運動を控えているところに眼科医の指導で胃を空っぽにしないように間食をしているため、体重が増え気味です。ついに70kgを突破してしまいました。量については何も言われていないので、量を減らさなければ!

2006/01/14

力仕事をやってはいけない

2006年1月14日

昨日(13日)はグループ会社も含めた全社の管理職が本社に集められ、本年の方針説明がありました。全社の管理職といっても規模の小さい会社なので、ちょっと大きめの会議室で全員はいってしまいます。小生はこの所出張も控えているので、別の工場には今年初めてという方が沢山います。小生の病気は「風の便り」で伝わっているところが多く、あちこちで説明することになってしまいました。そこで聞いた話ですが、この手の目の中に炎症を起こす病気は刺激物を取ってはいけないのですが、力を入れても悪化するそうで、力仕事をやってはいけないそうです。親戚の方が農業で仕事といえば力仕事なので、悪化してしまったという話も聞きました。先生が「筋トレなんて、もってのほか」と言っているのも、説明がつきます。

そう言われてみると、小生はすねに傷というか、身に覚えがあります。退院して出社する前、隣の駅の家電量販店に電子レンジを買いに行きました。一番シンプルで安い機種を選んだところ図体は意外に大きく、電車に乗るまでは担いで持って帰ったもののそこまでで、駅から自宅まではタクシーを使いました。そのあと冷蔵庫の上に置きましたが、重量挙げでした。やっぱり力仕事をやってしまったようです。その3日後の結果は良かったのですが、10日後から悪くなりました。原因は会社に行きだしたせいか、この力仕事のせいかはわかりません。どちらにしろ、当面はシャープペンより重いものは持たない生活を続けるつもりです。

2006/01/11

珍しく早く終わった診察

2006年1月11日

眼科の診察が、珍しく朝一の8:30でした。眼科の予約時間は検査時間で、そのあと散瞳剤で瞳が開くのを待つため、診察は早くても予約時間の30分後になります。そこに追加検査などが入ったら、8:30開始でも終わるのがお昼直前というのはよくあります。そのため、うちの部はフレックスタイム制で事前申請しておけば10:30までに出社すれば良いんですが、まず10:30には会社に着けないだろうと思い、フレックスの申請をせず、午前半休の休暇届を出していました。ところが今日は順調に診察も進み、9:30にはすべて終わってしまいました。このまま会社に行けば、10:00過ぎに着きます。通院はまだまだ長引きそうなので休暇は大事にしたいのですが、後手に回ってしまいました。やけで喫茶店に入り、ゆっくりお茶を飲んでから会社に向かいました。

目の状態ですが、視力は0.3で、前回の0.4から少しは落ちたものの、かなり高いレベルで安定しています。しかし中央部の透明度が高くなって視力が良くなったものの、周辺は変わりないため、レーザーは次回となりました。体感的にもよく見えますが、濁りが均等化してきた感じで、以前あった瞬間的に極端に良く見える、という現象はなくなっています。なお10月21日の視力0.5は、小生は検査の時0.5と聞いたのですが、5m表でなく3m表だったためか、視力としては0.3だそうです。そうしてみると、一週間前の0.4が最高記録ということになります。

次回予約は18日午後に決まり、会社に行こうと電車に乗っているところへ携帯電話に電話があり、降りてかけ直したら新規プロジェクトの打ち合わせが18日午後になり動かせないとのことです。もう少し早く連絡をくれれば予約を別の日に出来たのですが、こちらも病院内では携帯の電源を切っていたため、しようがありません。会社について病院に予約変更の電話を入れたのですが、これがなかなか繋がりません。やっと繋がってもレーザー予約の変更は予約センターの扱いではなく外来診察室扱いで、これがまた外来診察室に徹底していなかったため、何回もかけ直してやっとお昼過ぎに予約が変更できました。次回は20日です。今度は失敗しないように、それまで無理をしないようにします。
なお今日から散瞳剤のアトロピンの点眼が無くなりました。最近右目が良く見え始めたためまぶしく感じることが多かったのですが、これで楽になります。ただ点眼終了後10日くらいは効き目が持続するそうなので、まだしばらくはまぶしい状態が続きます。

2006/01/09

新潟県津南町

2006年1月9日

日本海側では数十年ぶりの大雪となっています。大雪に見舞われている方に、お見舞い申し上げます。
さて大雪で最近よく名前の出てくる新潟県津南町、ここはカミさんの父親の出身地で、3年前に行ったことがあります(10月12日)。昭和20年代は「本家」があったらしいのですが、TSUNAN1 今は全くわかりません。最も津南町と言っても広く、大雪で話題になっているのは津南町でも南の方で、長野との県境に近いあたりです。義父の出身地は信濃川の反対側、外丸と言うところです。

2003年に十日町から津南を訪問したあと、大地震で十日町の博物館にあった火焔型土器が壊れてしまいました。小生のホームページの写真は地震前のものです。結婚したばかりの頃、カミさんと一緒に旅行すると、泊まったホテルが次々と地震で崩壊したり、食中毒で営業中止になったり、TSUNAN2 小生一人で旅行するときは何もなかったので、カミさんは疫病神か破壊神ではないかと思ったものでした。それからしばらくはカミさんは行く先々で雨を降らせただけでしたが、また破壊神復活でしょうか?いや、偶然でしょう(たぶん)。

2006/01/08

正月気分の間に

2006年1月8日

会社は5日から始まり7日(土)も出勤でしたが、会社は12月決算で新年度に入ったこともあり、新しい部門方針の説明会があったり、部長が一席ぶったり、何となく正月気分のままで過ごしました。今週もあちこちで方針説明会があったり、新年度の計画を立てたり(おまけに、提出が義務づけられていたり)で、何となく落ち着きません。
小生としては、この正月気分の間に治療のペースをつかみたいところです。と言うのも、退院後出社前の昨年11月21日に劇的に良くなっていたのが出社後の28日に一転して悪くなったのは、4日間で20mgから5mgまで落とした急激なステロイドの減量のせいではないかと小生は思っているからです。この減量にはステロイドを使い慣れている小生の膠原病の友人も驚いていましたし、何よりもそのステロイドを出してもらっている薬局の薬剤師さんが驚いていました。おまけに小生も痔が悪化し、出血してしまいました。
前回の悪化がステロイドの減量のせいだとすると、仕事はあまり影響が無いということになり、今制限を受けている行動が少しは楽になり、出張も可能になります。12月は少し短縮勤務気味にしていましたが、その確認の意味もあり、1月はフルタイムです。20日頃からビッグサイトの展示会も華やかになってくるので、それまでにな少し動けるようになりたいというのが本音です。なおステロイドの量は変えないのに仕事だけで悪化するようだと、本当にもう一回長期休暇を取らなければいけません。次の診察は11日です。

なお現在右目はかなり見えるようになってきているのですが、そのあおりで左目で見えた像にぼやけた像が重なり、まさに「目端が利かなく、視野が狭い」状態になっています。おそらく読み飛ばしが増え、誤字脱字も増えていると思いますが、ご容赦のほどをお願いします。

2006/01/04

仕事初めの前に通院初め

2006年1月4日

会社より病院の方が早く始まり、初診察に行ってきました。目全体のの透明度はさほど変わっていないものの、(たまたま)中心部が透明になったため、視力は0.4を記録しました。前回よく見えたときは3mの視力検査表だったのですが、今回は悪い方の右目で5mの視力検査表が初めて見えました。やはり正月休みに動かずにじっとしていたのが良かったようです。ただ隅の方の透明度は上がっていないため、レーザーはまた延期です。前回も良い状態から会社に行き始めてぐっと悪くなったので、今回はあえてステロイドの量は減らさず、次回の検査は一週間後です。ステロイドの量が変わらずに会社に行くだけで悪くなるようだと、どこかでまた長期休暇を取ることを本気で考えなければいけません。なお抗ウイルス薬のバルトレックス、保険適用の投与期間はとっくに終わっていたのに続けていたのですが、どうやら先生がなにか言われたらしく、終了になりました。

この正月休み、31日から3日まで大阪の独身寮を追い出された二男が帰省しており、3日に出発したのと入れ替わるように、暮れ正月も仕事だった長男が年始に来ました。子供が二人とも独立したので年間100万を超える医療費も払えるのですが、二男はごそごそと大学院(博士課程)の資料を集めており、また扶養家族に復帰するかもしれません。まあその時はその時で、何とかなるでしょう。

2006/01/02

謹賀新年

2006年1月2日

皆様、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

最近は毎年ジルベスターコンサートをテレビで見たあと、近所の神社に初詣に行っていたのですが、今年はステロイドを飲んでいて感染症に弱いこともあり、省略しました。また毎年3日か4日に七福神巡りに行っているのですが、これも安静にという医師の指示を守り、これも省略です。おせち料理も暮れにカミさんと一緒に買い物に出かけたのですが、刺激物(香辛料)の多いものを避けていたらどんどん少なくなり、小さなおせちのパック一つになってしまいました。IFNを打っているときよりずっと制限の多い正月です。

暮れに大学時代のクラブの忘年会に顔を出しましたが、早期退職に応じすでにリタイアという人が全体の1/4くらいいたのには驚きました。07年ショックどころか、すでに団塊の世代の退職は始まっているんですね。小生はまだまだ医療費を稼がなければならないし、会社でやりたいこともたくさんあるし、その前に「後継者を育成するまで、辞めることまかりならん」と言われてもいますし、まだまだ仕事を続けます。しばらくは治療に専念して堅忍自重、何かを始めるのは3月からです。

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