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2005/09/07

病院のはしご

2005年9月7日

台風の被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。
台風14号は天草下島を縦断後島原半島に上陸しましたが、気象庁の定義によるとこの「上陸」というのは本土4島に限るんですね。従って公式発表上は沖縄に上陸しても「上陸」とは言いませんし、九州本土と橋で結ばれていて人口15万人の天草でも、言わば海扱いです。人が住んでいる島に上陸したら「上陸」と認めるべきだと思います。

今日は会社を休み、病院を2軒はしごしてきました。2軒目は行こうと思いながら夏休みにかかり、混むので敬遠していた自宅近くの眼科です。結果は白内障、緑内障、眼底すべて異常なし。中近両用眼鏡と遠近両用眼鏡の使い分けは「適切です。」とほめられました(^^)v。
終わったばかりのインターフェロンの説明をしたところ、「南海さんはペグですか。最近のインターフェロンは良くなりましたね。昔はいろいろあったのですが、最近は皆さん問題なく、中止依頼の手紙を書いたのは一人だけです。」なんだなんだ、この近くにそんなにIFNをやっている人がいるの?まあ、人口の多いところではありますが。瞳孔が開いたまま横殴りの雨の中を帰ったので、結構大変でした。

順序は前後しましたが、本命の循環器内科の検診が今日でした。先生にいろいろ聞き、それから「心疾患の手術適応と至適時期」という本を調べてみたところ、小生の状態は「自覚症状があれば手術」という状態なんですね。IFNが終わって言わば自覚症状が無くなった状態なので、「では心エコーを撮ってみましょう。」と言うことになりました。心臓が肥大し、左室収縮末期系が40mm(教科書では45mm)以上になると自覚症状がなくても手術推奨になるのですが、小生は去年のデータで38mm、多分今年は40mmを超えそうなので部長先生、「心エコーは自分で見てみたいので、私がやります。」と言うことで、次の検査日程が決まりました。最近の心エコーは感度が良くなり、心エコーだけで手術の適否までわかってしまうそうで、次の検査が重要になります。
まあ僧帽弁逆流は非可逆製の進行性疾患なので、ここ数年のうちには必ず手術をしなければならず(死んでも良いからやらない、と言えば話は別)、時間の問題ではあります。

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コメント

私は心臓の病気のことは全く不案内です。以下、不適切なことを書いてたらご容赦を。

私の祖母は私が生まれた時48歳だったのですが、その頃から心臓が弱く、様々な病名を告げられ、いろんな薬を飲んでいました。

詳しいことは分からないのですが、祖母は、自分のことを心臓が悪いから長くは生きられない、としょっちゅう言ってましたし、発作を起こしては「ジギタリスを持ってきて」とよく頼まれていたので、幼心に恐怖を感じていました。

そんな祖母も来年86歳。誤った病名をつけられ、間違った薬を処方された時期もあったようですが、いい医師といい薬に恵まれ、とりあえず元気です。医療の進歩は本当に有難いと思います。

病院のはしごお疲れ様でした。心エコーを主治医の先生がしてくださるなんていいですね。
良い結果が出ますように。

お疲れ様でした。夜明け前が一番暗いそうです。

コメントありがとうございます。

>kay1さん
お若いおばあさまですね。小生は親父の42才の時の子供です。
さて、ジギタリスは心不全の薬ですね。確かに発作の時に薬が近くにないと命のやりとりをすることになりますから、「長く生きられない」という意識は持たれると思います。逆に薬できちんと抑えれば、長生きできるという良い実例ですね。すばらしいコメントです。
小生の場合は、手術技術が進歩したため悪化しないうちの早めの治療が可能になったのですが、それが逆に自覚症状がないうちに手術を勧められてびっくりする、という結果になっています。

>うめさん
循環器の主治医、内科にしては珍しくぶっきらぼうな先生ですけどね。単なる管理職ではなく、腕に自信があるのでしょう。

>振宿さん
ありがとうございます。一番暗くなったら、次は夜明けです。
夜明け前のイメージで選んだわけではないのですが、少し見出しの色を変えてみました。

肝・心という言葉よく言いますけど、その二つに問題を長く抱えていらっしゃったんですね。大変でした。でも医学知識も豊富で、良い先生にも恵まれて乗り越えてこられて、凄いと思います。IFNの副作用からだけでも解放されて、本当によかったですね!!ところで天草にお住まいですか。30年くらい前でしたか、天草五橋ができた頃、行ったことがあります。とても好きな思い出の地です。

kantomoさん、コメントありがとうございます。
確かに小生は運が良いと思います。いろいろな偶然が重なり、良い先生に巡り会いました。
小生は天草に行く手前、1号橋の本土側の三角町の出身です。天草には知り合いも多く、身近に感じています。1号橋の入口の左下に天皇陛下もお泊まりになったホテルがありますが(今は倒産しました)、その場所が出身中学校のテニスコートだったところです。天草五橋の工事が始まった翌年、中学校は移転しました。

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