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2005/06/21

無事帰ってきました

2005年6月21日

熊本での法事を終え、無事19日(日)夜帰ってきました。やはり結構疲れたようで、今日(21日)もまだ疲れが残っています。インターフェロンを打っているときには、長距離の旅行はするものではないですね。
旅行は、こういう感じでした。

17日(金)
会社をフレックスタイムで早めに上がり、羽田へ。購入した「超割」のチケットではスーパーシートの予約が出来ないので、当日羽田で購入。ところがスーパーシートは満席で、キャンセル待ちになる。キャンセル待ち番号はS-1で、これなら変更できると思った。ところがANAのキャンセル待ちはAから始まり、目の前で終了した。普通席は窓側を確保しておいたのだが、当てにしていた機内食が無くなり、熊本に着いてコンビニ弁当を買う羽目になった。

18日(土)
熊本で合流した姉は足が悪いので、レンタカーを手配していた。山形でアリオンに乗っていたので同じクラス(出てきたのはコロナプレミオ)を手配したが、この車前も後ろもボンネット/フェンダーが全く見えず、初めての人には勧めない車である。慣れは怖いもので、山形では見えないのに壁から5cmに止めていた。
レンタカーゆえカーナビが付いているが、宇土半島にはいると地図の右半分は青(海)、左半分は白(目標物が何もない)となり、その間に道路が1本通っている。「これでも地図か!」と言いたくなる。結局カーナビはじゃまになったばかりだった。一周忌は滞りなく終了。そのうち実家の荷物を片付けるためにだけ来なければいけないが、心臓のこともあるので、先のスケジュールは全く未定である。

19日(日)
ともかくホテルでぎりぎりまで休み、まだ時間があったので熊本市内の繁華街を覗く。高校時代に良く買った蜂楽饅頭がまだ健在なのを見つけ、うれしくなるSENYOKI
熊本から羽田への飛行機は今度はB767、スーパーシートは付いていないが足の悪い姉を見て係の人が前から2番目の席を取ってくれる。しかも優先搭乗扱い。車いすの人が2組いる。羽田では沖止めで、タラップを降ろされる。姉は手すりにつかまれば何とか降りられるが、車いすの人は手すりにつかまりながら反対から支えられるようにして降り、結構大変だったようだ。羽田では珍しくANAスポットに政府専用機が2機止まっていたが、これは翌日の日韓首脳会談に行くためとわかった。

翌月用はかなり疲れが残っており、今日(21日)まで引きずりました。
火組南海凡吉、残りあと8本。

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