2019/09/18

頭の上を飛ぶ飛行機

2019年9月18日

岡山に越してきて、飛行機を見かけたり、音を聞いたりすることがなくなりました。自宅の場所が岡山空港の進入路とも外れていて、自衛隊や米軍の航空基地もないため、飛行機は全くと言って良いくらい見かけません。たまに、それも半年に1回くらい、開けたところで岡山空港に向かう旅客機を見るくらいです。

以前住んでいた東京の南西の外れは、飛行機の音がやかましかったです。厚木基地の進入路から少し外れていたのですが、自衛隊の対潜哨戒機が離陸して旋回するため、テレビの音がよく聞こえなくなりました。米軍機の進入路からは外れていたのですが、たまに風向きなのか、進入路を間違えたのか、近くに飛んでくる飛行機がいました。一度は、機体番号が読めるくらい低空を飛んでいったこともあります。

小生の住んでいたところはさほどではありませんでしたが、もっと近くでは、夜間離着陸訓練をやっていた頃は大変だったでしょう。一度中央林間のマンションを見に行ったとき、目の前で米軍のE-2が旋回していて、早々に引き上げたことがあります。不動産屋によると、飛行機を撮るために引っ越してくる人もいるとか。現在は米軍の空母の艦載機は厚木ではなく岩国に降りるようになりましたが、うるささも一緒に岩国に引っ越したのでしょうか。

ヘリも、東京は何かあると新聞社のヘリが飛び回り、そうでなくても交通渋滞の観測にヘリが飛んでいるので、やたら多かったですね。岡山は、静かなものです。たまに飛んでくるヘリは、近くのO大病院への患者の緊急輸送ですね。屋上のヘリポートに着陸するシーンは、O大病院でも、S病院でも(ヘリポートがあります)、見たことがあります。

子供の頃は、頭の上を飛ぶ飛行機は、結構多かったですね。住んでいた熊本の田舎がちょうど福岡(板付)と沖縄(那覇)を結ぶ航空路の真下にあり、その当時のプロペラ機は高度をあまり上げられないので、音も聞こえました。現在の福岡空港がまだ板付基地と言っていた時代で、朝鮮戦争の休戦が1953年ですから、飛んでいる飛行機も多かったでしょう。

その1953年頃、双胴双発の飛行機が頭の上を飛んでいくのを見かけたことがあります。南から北でしたから、板付に向かっていたのでしょう。プラモデルをいじり始めて飛行機に関する知識が増えた頃、見た飛行機はP-38「ライトニング」だと思っていました。しかしP-38は1949年に米空軍からは退役していますから、見た飛行機はP-82「ツインムスタング」だろうと現在では思っています。時期的には、F4U「コルセア」も見ているはずですが、下から見たら普通のシルエットなので、印象に残っていないですね。

小生たちが、朝鮮戦争に参加したレシプロ機を見た、最後の世代になるでしょう。

2019/09/16

ユーザー辞書が初期化してしまった

2019年9月16日

小生はFEPにATOKを使っていて、略称なども登録しています。たとえば、「なんかい」と打っただけで「南海 凡吉」と出るようにしています。ところがある日、これが出なくなりました。その他、いろいろ登録してある略称も、全部出ません。仕方ないので、フルに打ち込みをやっていました。

ひょいと気になってユーザー辞書(ATOK29U1.DIC=最近新しいのを買っていないので、まだ29です)を見てみたら、すっかり初期化されていました。大きさもごく少なく、全くの初期です。このATOK、1997年くらいから使っているので(その当時のバージョンは、いくつだったかなあ)、蓄積も多いですね。それをまたゼロから作るのもいやなので、復元することにしました。

復元は、旅行用のノートパソコンがあるので、簡単です。ATOKのユーザー辞書のあたりをまとめてコピーし、USBメモリー経由で置き換えて終わりです。内容が1年くらい前に遡ってしまいますが、IDのいくつかが出てこないだけで、たいした問題ではありません。

初期化した原因は、キーボード、特にFEPに関係するようなところをごそごそやっていて、初期化のショートカットを押してしまったのでしょうが、何でFEPをごそごそやらなければならないか、です。思い当たるのが岡山市立図書館のホームページで、今年3月に図書館のホームページがリニューアルしたら、入力が強制的に半角英数字モードになるようになりました。本の検索などで日本語を入力したい場合は、ATOKの「変更したモードを元に戻す」操作をしなければいけません。ところがこの半角英数字モード、強制的に変更されるのが毎回ではなく、9割くらいなんですね。それで残りの1割の時、変な操作をしてしまうことになります。

またホームページのリニューアル後IDを記憶しなくなり、毎回入力になりました。EDGEはIDの記憶機能が廃止され(だと思います)毎回入力しなければなりませんが、小生はIEを使っています。他のところは全部記憶されているのに、記憶しないのは岡山市立図書館だけですね。

市にクレームを入れても、おそらくホームページのリニューアル作業は外注ですから、市では対処ができないでしょう。また初期化しても良いように、ユーザー辞書をどこかにバックアップしておきます。

2019/09/15

3年目の第九合唱練習記(3)

2019年9月12日(木)

今日は朝からS病院に行ってきて、一旦家に帰り、それからの練習行きである。開始時刻が11時間(ほぼ、半日)ずれているので、一度家に帰った方が楽だ。なお練習の時は駅までバスに乗っているが(日頃は乗らない)、練習会場の保育園までは駅から結構歩く。まあ声を出すには、少しウォーミングアップをした方が良い。今日は朝から出ているので、歩きすぎだが(^_^;。

練習会場へ。開始10分前になっても、集まりが悪い。M先生が来た頃は、まだ「つ止まり」(10人未満)である。練習開始までピアニストのBさんとしゃべっていて、公演準備の裏話を仕入れる。内容を書くのは、止めておこう。

練習が始まって、19時30分くらいまでにどんどん増える。今日は平日なので、仕事が終わって19時にここに駆けつけるのは、結構大変なのだろう。小生が昔N響の定期会員だった頃、仕事が終わって19時にサントリーホールに駆けつけるのは、結構大変だった。17時10分の就業ぎりぎりまで仕事をしていると、仕事の整理や翌日の準備(やることを書いておかないと、忘れる)で、30分くらいはすぐ経った。

話は前後するが、少人数の男声で女声と伍して歌うためには、良く通る声を出すこと、と言われる。ボリュームを上げてわめきまくる(ホリヤンか?)のとは、違うのだ。そうすると息の消耗も少ないので、フェルマータで多少延ばされても平気である。ということで、330小節のvor Gott!のフェルマータを思いっきり延ばす。途中で息切れしてしまうが、広上さんの時は10秒続いたそうだ。ここはオーケストラも、連打のティンパニー以外は全部同じ音を延ばすが、途中で弓を返せる弦楽器はともかく、管楽器は大変だろう。

この後の男声合唱部分、今日のM先生はソロパートを歌ってくれない。ただ第2テノールの場所をまとめられたので、回りにくっついて音は取れる。小生は絶対音感はないので、基準音がないとどうにもならないのだ。最も絶対音感のあるカミさんに言わせると、音がわかるのと、ある音を出すというのは、全く別物だそうだ。

進み方が速いと思っていたが、パート練習は来週で終わりである。月日が経つ方が速いのか。

後日談であるが、別のヴォイストレーニング、個人レッスンではなくカルチャーセンターみたいなものだが、そこの先生に第九の練習は各パートにピアニストが付いた、すごく贅沢な練習をしている。学生の時は音叉だけだった。と言ったら、「それはそれで、すごいけどね。」と言われた。まあ、基準音が出れば途中の音の変化はピアノなど無くてもやってしまうのだから、すごいのかもしれない。なお小生、今はもうとても無理である。

2019/09/14

中秋の名月

2019年9月14日

中秋の名月というのは昨日だったようですが、月例は今日の方が15に近く、14.7です。

ぽんぽこぽん。19091401a

2019/09/13

アミオダロン終了

2019年9月13日

昨日の報告も兼ねて、かかりつけの内科に行ってきました。本当はS病院のT先生からの手紙(連絡票)が着いてからの方が良いのですが、来週月曜日が祝日であることを失念し、薬が足りなくなりました。

まず先生に、アミオダロン終了、ワーファリンの減量、3ヶ月後のワーファリンの終了の3点を伝えます。先生はワーファリンを(も?)すぐに止めるように連絡したのですが、T先生の判断では、アミオダロンが効いている間はワーファリンを飲んだ方が良い、というものみたいです。アミオダロンは半減期が19~53日と長く、3ヶ月たっても1/4くらいは体に残っています。まあ2ヶ月たつと、体感として減ったのがわかりますが。

このアミオダロンの影響とおぼしきところが、昨日の血液検査でも出ています。ヘモグロビン=13.7(下限ぎりぎり)、AST=29(上限ぎりぎり)、eGFRの43.7は、アミオダロンの影響か本当に悪くなっているのか、不明ですが。

今日もらった薬からアミオダロンはなくなりましたが、アミオダロンとペアで飲んでいたファモチジン(ガスター)はそのまま出ていました。これはアミオダロンの副作用対策で、薬局から連絡して取り消してもらおうかとも考えたのですが、そのままもらってきました。昨日T先生が「バイアスピリンは胃に影響があるので、胃の内視鏡検査を受けるように。」と言ったことを思い出したからです。この1ヶ月は、バイアスピリンを飲むときにファモチジンを飲むようにします。朝夕が朝だけに減るので、必要量は半分ですね。

2019/09/12

S病院で心臓の検診

2019年9月12日

S病院に、心臓の検診に行ってきました。手術後6ヶ月です。
前回のS病院での検診が4月25日で、そのとき「次は半年後」と言われました。この半年、診察から半年なのか、退院から半年なのか、はたまた手術から半年なのか。この話をかかりつけのクリニックで言ったところ、間隔が一番短い手術後半年になりました。かかりつけの先生は専門が呼吸器科ですから(肺炎の時には、お世話になりました)、不整脈の薬を自分の判断でどうのこうのするのはあまり好きではないみたいで、なるべくS病院の判断に任せたいところもあるみたいです。

さて、今日は予約が8:30、30分前には着きたいと思って早めのバスに乗ったところ、8時前に着きました。受付前に人は大勢いましたが、まだ受付のシャッターは閉まったままです。うろうろしていたら、番号札を渡されました。受付だけの整理番号です。8時になったらシャッターが上がります。すると、各端末の前に受付嬢が一人ずつ付いて起立して待っています。シャッターが上がりきったところで、主任さん(とおぼしき人)が出てきて、「おはようございます。」すると各端末の担当者も一斉に「おはようございます。」と頭を下げます。ここはデパートか!やっぱりこの病院、変だ。それから番号順に呼ばれますが、4番と9番は欠番でした。

とりあえずかかりつけの先生からの手紙が主治医のT先生に渡ったようで、診察室前で待っていたら検査指示が出ます。心エコー、心電図、採血、X線(回った順)。心エコーに行ったら、「今日は自転車こぐような疲れることはないわよ。」とにやり。前回の負荷心電図の時の担当技師さんでした。小生はすっかり忘れていましたが、向こうは覚えていたんですね。負荷心電図をやったのは3月の入院時ではなく、その前の1月の検査入院時でしたから、よく覚えていたものです。

検査が全部終わったのが9時半、それから30分ほど待って、呼ばれました。特に異常はないものの、急に負荷をかけると(先日みたいに、交差点の途中で小走りになったりすると)心臓のどきどきの前に脳貧血になることを報告します。画面を見たら、かかりつけの先生からの連絡では、そろそろワーファリンを止めるよう提言です。T先生の判断では、まずアミオダロンを止め、その3ヶ月後にワーファリンを止めるように指示が来ました。これはかかりつけの先生に直接手紙を出すそうです。余談ですが、T先生はこの手紙の中で愚痴ったりするので、今度何を書かれるか、です。そのほかでは、あと3ヶ月になりましたが、ワーファリンが効きすぎているので減らすこと。バイアスピリンを飲んでいるので、定期的に胃の内視鏡検査をすること、です。小生としては、やっかいな副作用の多いアミオダロンを止めるので、助かります。それとワーファリンが12月までですから、一番気管支炎/肺炎になりやすい時期は、ワーファリンなしです。

次の診察は、1年後になりました。その間は、かかりつけの先生の当てが外れて、かかりつけ医の判断になります。まあアミオダロンもワーファリンも止めてしまえば、期外収縮が起こったときにどうするかだけになります。メインテートを増やす(戻す)かどうかでしょうね。

2019/09/10

3年目の第九合唱練習記(2)

2019年9月5日(木)

今日から保育園での練習が始まった。現在の名前は制度が変わって保育園ではなくなっているが、ここでは保育園で通す。2年前の小生が新人だったときは、保育園の入り口についての案内や注意が全くなく、どこから入って良いのかわからず、うろうろしている人が結構いた。それが、去年から案内が書かれるようになった。一般的には「裏口」に相当する場所が、入り口である。また2年前は保育園が休みの日に練習日が設定してあり、時間になっても鍵が開かず、一騒動になったことがある。去年から、練習日は保育園が開いている日になった。そのあたりは、きちんとフィードバックしてある。今年の保育園での練習は、全部平日である木曜日だ。

開場時間の少し前に着く。ベースの新人さんが早く、もう来ている。「第9も合唱も、全く初めてです。」と不安そうに言われる。同期のベースのSさんがいたので、Sさんに引き継ぐ。Sさんも第九も合唱も全く初めてであった。しかも面倒見がよい。テノールの新人さんは、第九の経験はないが合唱経験はあるので、なんとかなる(と思う)。練習用CDの紹介を、前回やっておいた。

練習に先立ち、全員の自己紹介。小生は、「3月に心臓の手術をしたので、今年はどこまで歌えるか不安。」という話をしたが、手術の具体的なことまでは言わなかったので、ステントかバイパスかと思われたかもしれない。ステントの経験はないが、正中線切開とはずいぶん大変さが違うようだ。

今日はM先生がお休みで、代わりに女声のN先生だ。N先生、カタカナの書かれた歌詞表を準備していて、希望者に「M先生にばれたら怒られるけど」と言いながら配る。「Scho¨ner]と「シェーナー」は、全く別物だ。といいながら、小生もどっちで発音するのが不明な語尾のrやら、イタリア語発音のCherubなどには、仮名でルビを振っているが。語尾のrについては、今年は一段と巻かない方向に行くみたいだ。

練習はさーっと全体を通すつもりのようで、どんどん行く。ただピアノ伴奏は正式な伴奏ではなく、歌の音程を弾いてくれる。小生が音程が怪しいと思っているところは、皆さん怪しい。特にKu¨se gab sie(313小節)から始まるところ、臨時記号がふんだんに出てきて、音程が取りづらいのだ。その後のund der Cherubのスタッカートは、「去年こうやったから」と、楽譜上二分音符のところを四分音符+四分休符で歌うよう指示される。ところが帰ってから去年の楽譜を見たら、最初は四分音符+四分休符の指示(ひょっとして、ホリヤン?)があったが、秋山先生の指示でその指示にバッテンが付いていて「発音は明瞭に。音はたっぷり。」という書き込みがある。まあここは、村上先生の指示次第だ。

テノールは前回声が全く出ていなかったが、今日はよく出る。皆さん、やっと第九モードになったか。411小節Laufetからの男声合唱、ここはいかにも合唱らしくて好きなところだが、1stと2ndのバランスが悪い。自己申告のせいか、今年は一段とひどくなった。手を上げたら、1stが10人強、2ndは3人。次回のM先生の時に、少し移動指示があるか?ちょっと頑張ろうと思い、初っぱなのLaufetはよかったが、次のfreudigは音を外した。ここはベースから音を取っているので、ベースの音が鳴らないと取れない。M先生はソロの部分や他のパートを歌ってくれるから、次回はなんとかなるだろう。

なお第九全体として、全部全力で歌うとバテて後半声が出なくなるので、所々サボって重要だ(と小生が思っているところ)に力を入れている。毎年「歓喜の歌」の後のSeit umschlungenに力を入れているが、女声が入るところではサボっている。それでもganzen Welt!はソプラノより上になって、CDでもテノールがよく響いているので、なんとかここのGを出したいと思っていた。しかしここで頑張ると次の男声だけのFの連続が出なくなるので、こちらを優先していた。毎年「次はなんとか」と思っていたのだが、今年は体力が落ちたせいか喉のバテが早く、かえってサボる場所を増やさなければいけないかもしれない。まあ今年は、通しで歌えれば良しとしよう。

2019/09/09

台風の「上陸」と「通過」

2019年9月9日

台風15号の被害に遭われた方に、お見舞い申し上げます。

さてこの台風15号、一旦三浦半島に上陸し、そこを突っ切って東京湾に出て、千葉に上陸しました。ところがニュースでは、「千葉に上陸」です。以前から離島、仮にそこはもう陸続きになっていても島であれば「上陸」とは扱われないので、ずいぶん失礼な話だと思っていました。具体的には沖縄がそうですし、天草なども陸続きですが、「上陸」とは扱われません。「上陸」とは、北海道、本州、四国、そして九州に上陸したときに言います。日本の得意な少数切り捨ての思想が働いた表現かもしれません。

その本州の三浦半島が「上陸」と扱われないので、なぜかと思って調べたら、上陸してすぐにまた海上に出るような場合、たとえば半島を横切るような場合は上陸ではなく、「通過」と言うみたいですね。島の場合も「通過」です。

今回の台風は、三浦半島に上陸後シュート回転で進路を右に曲げ、すぐに東京湾に出たため「上陸」ではなく「通過」だったのですが、それがまっすぐ内陸に向かっていたら、三浦半島に「上陸」ということになります。上陸した場所は同じでも、それから先の進路によって「上陸」か「通過」かと変わるというのも、上陸された場所から見ると、変な話です。

半島を横切った場合や、少なくとも人の住んでいる島に上陸した場合は「上陸」とした方が良いのではないかと思います。どうしても「上陸」した地点に目が行くため、島や突端が忘れ去られます。昔、昭和天皇に「台風は幸い上陸を免れました。」と報告した侍従が、「石垣島が被害を受けたではないか。」と叱責されたという話を聞いたことがあります。

2019/09/08

中央図書館で鉄道映像の上映会

2019年9月8日

市立中央図書館で、鉄道関係の映写会があるというので、行ってきました。14時からの上映で、10分前についたら超満員!やっと1席見つけました。時間ぎりぎりに行ったら、立ち見のところでした。会場に、鉄道ファンには有名な宇田賢吉氏の姿もありました。

作品はいずれも高畠正之さんの作品で、昭和40年代の鉄道映像です。元は8mmで、それをデジタル化したものです。同じ8mmでも初期のはダブル8で、後に出たシングル8の方が映像はきれいですね。

上映作品は、
「赤穂線の老兵C58」昭和40年、ダブル8、モノクロ、サイレント。
「C59の勇姿」昭和40年、ダブル8、モノクロ、トーキー。呉線です。
「三重連」昭和44年、シングル8、カラー、トーキー。岡山界隈で三重連と言ったら、伯備線です。
「鷲羽とハチロク」昭和42年、シングル8、カラー、トーキー。宇高連絡線(鷲羽丸)の貨車引き出し、積み込みの様子です。

高畠氏はアマチュアとのことですが、作品の作り方などを見ていると、セミプロですね。
赤穂線:貨車から手荷物を降ろすシーンがありましたが、赤穂線(旅客は気動車)破棄はユニを使わず、貨物列車で「荷物」を運んでいたのですね。普通「荷物」を運ぶのは客車で、貨車で運ぶのは「貨物」です。
C59:C59はなじみのある型式で、懐かしく眺めました。広島工場受け持ちのSL(特に、旅客機)は、標識灯(尾灯)をエンドビームに埋め込みに加工しています。九州のC59はテンダーに増炭枠をつけていますが、長方形のC59のテンダーは、増炭枠はない方がきれいですね。
三重連:絶気合図を、久々に聞きました。三台目の機関車になると、かなり省略して鳴らしていますが。
ハチロク:青函連絡船は眺めたことも乗ったこともあったのですが、宇高連絡線は乗ったことがなく、入れ替えも初めて見ました。その当時でも旧型の鷲羽丸ですが、中に2線しかないのは初めて知りました。青函連絡船の入れ替えは牽引力の強いキューロクですが、宇野駅はカーブの関係でキューロクが入れず、ハチロクが使われています。青函連絡船は控え車をつないでさらに船側にテンダーを向けるのですが、宇野駅は控え車だけで頭を船に向けています。外洋と瀬戸内海の違いで、宇高は積み込んだ貨車の位置が桟橋のすぐ近くにあるためでしょう。バウスラスタがない船は、離岸の時も引き船が必要なことがわかりました。

楽しめたのですが、次回から会員制になるようです。会員申込書を配っていましたが、会員になる気はないので、残念ながら今回限りです。

2019/09/06

半年に1回の肝臓の定期検診

2019年9月6日

O大病院に、半年に1回の肝臓の検査に行ってきました。C型肝炎は、著効から13年半になります。思えば遠くへ来たものだ。

今回の検査は、3月の心臓手術の時の感染症検査のうちのB型肝炎、C型肝炎の検査も兼ねているので、結果を聞くために一週間前採血にしました。AST/ALTが正常範囲とはいえ高めなのも、気になっています。

まず気になっていた感染症検査の結果は、B型:S抗原定量→検出限度以下。C型:HCV核酸定量(リアルタイムPCR法)→検出せず。まずはOKです。AST/ALTが高いのは、アミオダロンが悪さをしているような気がします。

血液関係は、白血球数:5.13(4.48)E3(括弧内は、半年前)、赤血球数:4.62(4.76)E6、ヘモグロビン:13.7(14.5)、血小板数:207(164)E3。ヘモグロビンがやや少なめですが、おおむね良いところです。あまりよくないのがクレアチニンで、1.17でした。半年前(手術前)が1.00ですから、明らかに悪くなっています。原因は、これもアミオダロンか、はたまた利尿剤か。どちらにしろ、あの強力な薬は、あまり続けて飲むものではありません。利尿剤も、腎機能を低下(少なくとも、見た目は)させるらしいです。

腹部超音波を撮るとき、フィブロスキャンを一緒にやりました。フィブロスキャンを計る機械は数が少なく、検査前に隣の部屋の技師さんと話して、どちらが先にやるか、です。小生の方が先で、検査終了後カーテンの外に機械を出しておくと、隣の技師さんが持って行きました。10回計って平均値ですから、大学1年の時の応用物理学実験(測定法の基礎)を思い出しました。測定値の上下両端1個ずつはカット(昔は、オリンピック方式といいました)というやり方も、たまに使っていました。なおフィブロスキャンも超音波も、異常なしです。検査後診察まで30分以上あったので、ここでまたアメリカンブレックファーストです。

O大の診察が終わった後、行きつけの内科に行ってきました。来週S病院に行くのに紹介状を書いてもらうためです。O大は半年に1回でもう半年後の予約が決まるのに対し、S病院は半年ごとに逆紹介と紹介の繰り返しです。薬の処方があるのでバトンを渡した、ということになるのでしょうが、なんとも面倒なシステムです。来週のS病院での診察後、薬はかなり変わる可能性がある(変わってくれなければ困る)ので、今回は一週間分だけもらいました。後の商法は、S病院に行った後です。

2019/09/02

3年目の第九合唱練習記(1)

2019年9月2日

昨日(9月1日)から、今年の「第九」がスタートしました。小生にとっては、3年目になります。さて、今年は、、、。

 

2019年9月1日(日)

元々「第九」は、冥土の土産で1回だけ歌うつもりだった。しかも指揮はシェレンベルガー氏で、1回だけやるにはちょうどよかった。ところが翌年(去年)は秋山和慶氏で、「指揮の技術は、小澤征爾より上」と言われる秋山氏の指揮を見たく、また秋山氏の「鉄」にも関心があったので、去年も歌ってしまった。去年の本番の控え室で、「実は来年早々に心臓の手術をする」と言ったら、「それは生きていたら報告がてら来年も顔を出せ」と言われ、素直な(?)小生はまた申し込んでしまった。しかしまともに歌えるかどうか、一抹の不安はある。

16時50分、発団式の受け付け開始は17時からだから、まだ少し時間がある。少し早めに来たのは、1階と地階にある本屋「丸善」によるためだ。岡山に大型書店はいろいろあるが、ここは品揃えが多い。特に文庫本の、ハヤカワ文庫などほかの書店ではあまり置いていない本の品揃えがよい。ただしここは、音楽関係の本もあるが、縮小版スコアも含め、楽譜は置いていない。楽譜は2階の「ヤマハ」である。

丸善で、一度図書館で借りたもののじっくり読みたいと思っていた本を買い、上に上がろうと思ったら出口でドクターと鉢合わせした。ドクターは今年も参加されるようだ。

受付を済ませ、オーディションの発表を見たら、今年はソプラノが多い。去年アルトが多かったことへの反動か?男性は相変わらず少なく、それでもテノールは3名。ベースは1名だけである。小生の番号(出席番号?)は、去年より1番若い。小生の本名は五十音でかなり後の方なので、全体の動きがもろに番号に反映する。新人さんが入ってこうだから、何人か抜けたか?

今年は合唱指揮者というものを置かず、指揮の村上寿昭氏の来岡の回数が多い。そしてその間は、地元のI先生とY先生で指導することになる。去年はI先生とY先生をホリヤンは完全に「一兵卒」として扱っていたが、今年は肩書きが「合唱指揮」である。それぞれの全体指導は、2回ずつである。

発団式が終わった後は、男声女声に分かれて第1回の練習。男性の指導者はM先生。この日は歌詞をつけずに全部「ナ-」で歌うが、これが大変である。全体のタイミング、ブレスの位置などは歌詞で覚えていたので、これがわからない。そして、子音でごまかしていた曖昧な音程が、露骨にわかる。小生が「怪しいなあ」と思っていたところは、皆さん怪しかった。途中で転調と言うか臨時記号が出るところで、半音上がるところが上がりきれず、下がるところが下がりきれないのだ。ここは、練習あるのみである。去年のホリヤンはやたら刻むように、怒鳴るように歌わせていたから、レガートに戻すのが大変だろう。

休憩を入れての2時間の練習だったが、後半で声が出なくなった。高音が、特にEから上ばかりのところを繰り返し歌っていると声がばてるのだが、今回はそればかりではないようだ。昔は5階までは平気で上がっていた階段が、今は3階がやっとである。あちこち筋力が落ちているので、心臓リハビリに加えて声帯リハビリもする必要があるか?しばらくは、声出しを毎日やった方が良さそうだ。

練習が終わって、男どもがピアニストのBさんところで「俺の指揮を見ろ!と言ったって、見えないじゃん。」など、ひとしきりホリヤンの悪口。Bさんは去年はホリヤンの日には当たらなかったが、噂は聞いていたと見え、笑うだけだった。どうも男の方が女性ピアニストに甘い?

そして今週から早速、保育園での練習が始まる。どこまで歌えるかな。

2019/08/30

一週間前採血

2019年8月30日


採血だけのために、O大病院に行ってきました。肝臓の定期検診は来週で、今回の採血はTの門時代によくやっていた、一週間前採血というやつです。


Tの門の時は、前回診察時に採血の検査オーダーが出ていますから、自分の都合のよいときにいきなり行ってOKでした。C型のウイルス検査がTaq-Manになった後は一週間では結果が出なかったので、2,3週間前に行っていました。ところがO大病院は採血も検査日の指定された検査扱いで、採血だけ「検査日の変更」を事前に依頼しなければなりませんでした。このあたりは国立大学(法人名は?)のせいか、面倒ですね。


今回特に一週間前採血にしたのは、手術時の輸血の感染症検査がB型とC型肝炎でできなかったからです。普通は単に抗体反応だけを見ますが、小生の場合はB型C型とも1階感染して治癒(医学的に正確な言い方ではありません)しているので、どちらも検査すると「感染歴あり」で出てしまうんですね。そのため小生の場合はB型はHBsの抗原検査(抗体検査までできれば最高)、C型はウイルス検査(Taq-Manまでやる必要はなし)が必要です。東京にいたときは、少なくともHBsの抗原/抗体検査は開業医でもできた(実際は検査機関に依頼ですが)のに、岡山ではできません。保険制度が変わって大きな医療機関でないとその手の検査ができなくなったのか、それともかかりつけの内科が使っている検査屋さんの対象外なのか、そのあたりは不明です。この話をS病院にしたところ、「9月にO大で肝臓の検査をやるのなら、そのときで良いですよ。」と言われ、それなら診察の時には検査結果が出ている方が良いと思って、一週間前採血にしたものです。19083001a


朝8時半前にO大病院に行ったのですが、採血いつも待つので、会計まで終わったのは9時半ちょっと前でした。これが9時頃病院に入ると、終わるのは11時くらいになります。総合受付が開く前に入るのが、待ち時間を少なくするコツです。


採血のため朝食抜きできたので、院内食堂で「アメリカンブレックファースト」の朝食。これで500円ですから、お買い得です。小生は朝食後に飲む薬が多いので、水がしっかり飲めるようなところでないと、だめですね。具体例だと、ガストは良いのですが、マックはだめです。この院内食堂は、冷水とお茶と、セルフで飲めます。


診察は来週金曜日ですが、超音波検査もあるので、また朝食抜きですね。

2019/08/28

N700S試運転

2019年8月28日Img_76701a

東海道/山陽新幹線の新型車両、N700Sの山陽新幹線での試運転情報を入手したので、写真を撮りに行ってきました。入手した時刻だと、新倉敷で「こだま」を追い抜くのですが、これが「ハローキティ500系」の「こだま」です。

新倉敷で、8両編成の頭が撮れる位置、ホームの福山よりに陣取ります。新倉敷に止まる列車は1時間に1本しかないので、ホームのベンチは使い放題です。同業者の姿は、見えません。仮に同業者がいても、新倉敷では上下線間のケーブルを嫌ってホームの岡山よりに陣取る人が多いので、福山よりはすいています。

ところが「こだま」の到着時刻前に、「約10分遅れて到着します」というアナウンス。「のぞみ」も含めて全部遅れていると新倉敷での待避は変わらないのですが、このハローキティは博多から来て新大阪で折り返すため、上りの遅れをそのまま引きずります。そうなると、待避駅はおそらく相生に変更ですね。Img_76821a

通過予定時刻より若干遅れて、まず普通のN700が通過し、その後N700Sが通過しました。先頭のボンネットに黒い筋が入っていますが、これは測定器のコードのようです。その後、所定時刻より12分遅れて「ハローキティこだま」が到着しました。この時刻は今日までなので、新倉敷でのハローキティとN700Sとの並びは、実現せずです。

追記です。小生は記憶で「新倉敷待避」と思い込んでいましたが、過去の写真をひっくり返してみたら、新倉敷待避は2016年のことですね。2017年がどうなったかわかりませんが、少なくとも2018年には新倉敷待避はなくなっていました。現在の時刻表によれば、定刻なら岡山駅で並んだはずです。ただ岡山駅で両方のホームに並んだ列車を1枚に入れるのは、魚眼レンズか何かを使わないと無理ですね。しかも今は夏休み中で人が多く、見通せません。

Img_76841a

2019/08/27

週刊誌の発売日

2019年8月27日

子供の頃(昭和30年代)雑誌「少年サンデー」をとっていましたが、熊本の田舎故、発売日は東京の2日遅れでした。その後登場した特急「みずほ」でさえ東京まで17時間かかっていた時代、貨物(貨車便)より速い荷物(客車便)で送られてくるとはいえ、2日遅れはまあ致し方がないことでしたね。

それから十数年後、新幹線が博多まで開通した頃、九州でも少なくとも新幹線の沿線では、週刊誌の発売日が東京と同じ日になりました。仮に東京から発売日を遅らせてしまうと、東京で買った週刊誌を新幹線で読み捨ててしまえば、その日の午後には博多駅に「ゴミ」としてまだ発売前の週刊誌が出てくることになりますから、やっぱりまずかったんでしょうね。

岡山に越してきて、雑誌事情(「鉄道ファン」など鉄道趣味誌を含む)は東京の1日遅れ、週刊誌(隔週刊誌も含む)は当日でした。これが大阪まで行けば雑誌も当日発売だったので、たぶん兵庫県と岡山県の県境あたりが境目だったのでしょう。この頃は書籍はJRコンテナの輸送に変わっていたので、東海道線で事故でもあると、たちまち発売日が一日遅れました。

ところが今年4月、(東京での)ドライバー不足のため雑誌を所定の時刻までに輸送することが困難になったそうで、週刊誌が一日遅れ、鉄道趣味誌などは2日遅れになりました。岡山7:04到着の67列車の場合、東京貨物ターミナル発が20:49、積み込みのための到着締め切りは19:31ですから、発売日前日の発送作業の中で、東京貨物ターミナル行きのトラックが捻出できなくなってきたんですね。だんだん日本が衰退に向かっているのが、わかります。

なお先日岐阜に行ったとき、本来は25日発売のはずの「ビッグコミックが」名古屋駅で23日に売っていました。25日が日曜日なので、以前は土曜日に発売だったのですが、最近の土曜休日化の流れの中で金曜日発売にしたのでしょう。なお岡山は26日発売なので、小生は発売日の3日前に読んだことになります。

2019/08/23

岐阜に行って来ました

2019年8月23日 Dscn2760a


21日から、名古屋界隈を旅行していました。初日はJRの富田でDF200に変わったセメント列車の撮影。翌日は衣浦臨海鉄道の重連貨物列車を撮ったあと、各務原(「かがみはら」ではなく、「かかみがはら」)の航空宇宙博物館へ。各務原には航空自衛隊の基地(飛行場)がありますが、川崎航空機(現、川崎重工)のお膝元なんですね。そのため展示の説明も、川崎重工がどう絡んだかという説明が多くなっています。


この博物館の特徴は、ともかく本物がずらっと並んでいること。引退後最後の飛行を各務原まで行ってその後この博物館に所蔵された気体も多く、見ていて飽きません。ただ場所柄展示されているのはほとんどが軍用機で、民間旅客機はYS-11だけみたいでした。


目玉は3式戦闘機飛燕、ただしこれはレプリカです。F-104Jは本物がありました。Dscn2763a


23日は天気が悪かったのですが、傘をさして歩けるくらいの雨だったので、奈良を回って興福寺の新しい中金堂を見て帰りました。

«ココログのリニューアル後

フォト
2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ