2020/08/11

高畑勲展

2020年8月11日

 

県立美術館で開かれている「高畑勲展」に行ってきました。本当はもっと早く開かれるはずがコロナのせいで延び延びになっており、やっと開かれたものです。入場規制のために事前予約制で、入場時刻を指定して予約です。その後入場券はコンビニなどで買うことになっているのですが、小生のような入場無料組は、当日窓口で予約票を出して入場券を受け取ります。前の組が定員に満たなかったようで、予約の30分前に入れてくれました。

 

この「高畑勲展」、高畑勲氏が「名誉」岡山出身のため、まず真っ先に岡山で開かれます。この「名誉」というのは、高畑氏は三重県の宇治山田市(現、伊勢市)の生まれですが、その後岡山市に転居し、岡山朝日高校の卒業生だからです。まあうちのドラ息子も、岡山との縁は大学院、それも博士課程だけ岡大に通っただけなのですが、それでも「岡山出身」扱いになっています。
20081102a アニメの原画や絵コンテなどは今まで多く見てきたのですが、高畑氏の指示は「文字」ですね。几帳面な字で企画書、工程表、チャートなどが書かれています。面白いというか、時代だと思ったのが、「太陽の王子ホルス」に関する資料です。この時は会社側ともめたようなのですが、会社からの指示書というか命令書は手書きで、上に署名捺印されています。同様に高畑氏から会社に対する抗議書も、手書きで署名捺印付。小生はサラリーマン時代は判子を押すのは年末調整の提出書類だけで、通常の社内文書に判子を押した記憶はなく、東映の社風なのか時代なのか、違いを感じました。
もう一つ、「太陽の王子ホルス」の主題曲は間宮芳生氏の作曲なのですが、なぜか「NHK」と書かれた五線譜に書かれていました。

 

高畑氏の机が再現されていて、置いてある本もその通りの再現だそうなのですが、その中に誠文堂新光社の「客車貨車ガイドブック」がありました。高畑氏が「鉄」だという話は聞いていませんので、「おもひでぽろぽろ」の中の20系寝台車の車内描写の参考にされたのかもしれません。なおこの「おもひでぽろぽろ」は、「鉄」の間では名作として通っています。

 

展示会場内でボールペンでメモを取っていたら、係員が「これを使ってください」とアンケートなどに付いている小形の鉛筆を渡してくれました。防衛省の戦史資料室ははっきりと「ボールペン、万年筆持ち込み禁止」と書いてありますが、県立美術館では特に禁止事項にはなかったようです。まあ万が一を考えれば、鉛筆系を使った方が安全ではあります。

 

写真は、「撮影可」ゾーンの、「アルプスの少女ハイジ」のジオラマです。

2020/08/08

高知から帰ってきました

2020年8月8日

Img_88401a

昨日、無事高知から帰ってきました。暑かったですが、最高気温自体は岡山の方が高かったみたいです。このところ症状が出ている朝の動悸や、超低血圧とそれに伴う立ちくらみも起こらず、快調でした。炙甘草湯(しゃかんぞうとう)が効いたかな。
5日は後免まで行って、そこでごめんなはり線に初乗り。走行写真が撮れるかとのいちまで行きましたが、のいちまではまだずっと高架で、駅撮りになりました。翌6日は、ひたすらとさでん交通です。一日乗車券を買って、伊野からごめんまで、また桟橋線にも全線乗りました。専用軌道区間は道路に沿っているので、写真を撮るのは難しいですね。朝倉のタブレット交換も撮りましたが、動画を撮らないと、動きはわからないです。
7日は小歩危まで行って名所の第二吉野川橋梁を狙いました。来る特急が皆車種が違い、面白かったです。大歩危では、観光特急の「四国まんなか千年ものがたり」も撮れました。

 

体調も問題なく、事件も起こらず、良かったです。旅行記は、後日まとめます。写真は小歩危峡(第二吉野川橋梁)を行く「赤いアンパンマン」です。

2020/08/04

荷物は軽めに

2020年8月4日

高知行きの準備をしています。今回は山の中の(おそらく)道端たでの待機時間が長くなると思うので、椅子になるリュックにしました。このリュックで泊まりの行程は、初めてですね。

普通のリュックより重いリュックのためか、必要な荷物を詰めたらかなり重くなりました。以前は普通のリュックに折りたたみの椅子を入れていたのですから、それを考えれば同じか、やや軽いはずなんですが。最もそうやって撮影していたのは、7,8年前です。

今回が手術後の初めての撮影旅行ではありません。去年Aと一緒に夏に九州を回りましたが、すべて車だったので、リュックを担いでいたのは短時間でした。今回は30分以上歩くはずなので(しかも、炎天下(;_;))、余り身体に負担はかけられません。結局、折りたたみの傘を小形のものにし(大雨は降らないという前提)、望遠レンズを置いていくことにしました。標準ズームでも135mm(35mm換算200mm)まで撮れますから、これ1本でOKでしょう。

後は適宜水を飲みながら、無理をせずに行きます。

2020/08/03

高知に行ってきます

2020年8月3日

明後日(5日)から、高知に行くことにしました。梅雨明けと、感染の拡大具合を両にらみしていて、大丈夫だろうという結論になりました。岡山の方が感染者の増加スピードが速く、高知の方からいやがられますね。

岡山の感染拡大は、大阪に出かけて持ってきて、それが家族や同僚に染しているようです。どこかの会社がクラスターになっているような気もするのですが、その発表はないですね。

旅行先で一番危ないのは、「接待を伴う」ところに出入りするのは論外として、飲食店で相席になることです。特に向かいの人がしゃべっていると、自分は黙って食べていても、会食に出たのと同じ危険度になります。店を選んで入るか、コンビニ弁当ですね。ただ高知に行ったら、鰹を食べたいなあ。

今回は、主に「とでん」(とさでん交通)です。そして、大歩危にも行くつもりです。2年前にやはり夏(7月でした)に高知に来ていて、翌日大歩危に行こうという時に神奈川の警察から携帯に電話がかかってきました。兄貴が死んだ(正確に言うと、死んでいるのが発見された)というので急遽予定を中断、まっすぐ岡山に帰って上京の準備を始めました。今年は何も無いだろうなあ。

2020/07/30

旅行記

2020年7月30日

珍しく、大学クラブのOB会のメンバーから手紙が来ました。開けてみたら、編集中の本に使う写真の撮影場所と撮影時期を教えろというもの、彼は編集長でした。

写真は北越急行の「はくたか」ですが、これを撮ったのは、そして提出したのもずいぶん前です。ただ提出したデータは全部時系列で保管してあるので、それを遡ったら2013年でした。この頃は、毎年のように「大人の休日」切符で富山界隈に行っていたものです。撮影時期は元写真の撮影データからすぐわかったのですが、撮影場所がわかりません。昔、フィルムカメラの時代は撮った車両の番号から場所まで全部メモしていたのですが、デジタルになったら乱射の性もあって、細かいメモを取らなくなりました。ただ撮影旅行の時はある程度メモは取るのでその当時の手帳を見てみましたが、細かいところまではわかりません。そうなると、旅行記です。

こういう撮影旅行は、この大抵ブログに旅行記を載せているので、それを見るとわかります。旅行したのは2013年7月ですが、8月にちゃんと旅行記を書いています。この時は金沢で撮るつもりが、金沢はホームが建物の下になって光線状態が悪いので、急遽高岡に移動して撮っていますね。前の写真に氷見線の貨物列車の写真があり、場所は確認できました。

結局自分のものを調べるのに、ネット頼りになってしまいました。通信が不通になったら、どうしようもないですね。最も小生は、ブログのテキスト原稿は全部保管してあるので、その気になれば探せます。ちょっと面倒ですが。それと、旅行記はホームページにもまとめていたのですが、これがかなり昔に止まっています。これは何とかせねば。

2020/07/28

エアコンの更新

2020年7月28日

先週エアコンの調子がおかしくなりました。妙に暑いので設定温度を25℃にしたら、一応冷たい風は来ます。そこで全体を冷やそうと思って風力を「自動」にしたら、全く風が来ません。仕方なしに強風にして使っていました。銘板を見たら、2012年製。8年です。エアコンの寿命は約10年と言われていますが、買ったのは仙台で、それから2回引っ越ししていますから、そろそろ寿命なのかもしれません。そもそもが他所から持ってきたエアコンなので、部屋の広さとエアコンの能力が合っていません。

駅前の量販店に見に行きました。いやあ、エアコンと言ってもピンからキリまでありますね。小生は家電品は関西系と決めていますが、現在は三洋がなくなり、パナとシャープの2社しかありません。ダイキンも一応関西系ですが、会社の大型機しか使ったことがなく、使い勝手がわかりません。結局、自動掃除機能の付いたパナにしました。決め手は、温度設定が0.5℃単位でできることです。

7月も下旬なので、取り付け工事の空きが心配でしたが、一週間後が空いていました。ただし9月までは時間指定はできず、連絡待ちになります。まあこれは、仕方ないですね。

それで今日のお昼過ぎ、無事取り付け工事も終わり、新しいエアコンが稼働を始めました。静かで涼しく、こうでなくてはいけません。取り付け工事は、簡単なことと大変なことの両方が起こりました。販売店で工事の場所を説明したときに、室外機は「2段重ねの上段」と言ったところ、「それは大変だ。追加工事費がかかる。」と言われました。ところが実際はすでに付いている室外機を外してすげ替えるので、取り付け金具や延長配水管は皆流用でき、簡単でした。

大変だったのは配管を通すときです。小生の家(マンション)にはなんだかんだでエアコンが4台あり、ベランダへ出る壁の穴は2つで、1つの穴を2台ずつのエアコンが使っています。片方の穴はリフォームの時のエアコンの配管もしたので、隠蔽配管でぴったり決まっており、手が出せません。もう1つの穴を今回交換するエアコンと防音室のエアコンが使っています。今回買ったのはフィルター掃除の排気を外に出すタイプなので、配管が1本多いんですね。それでぎりぎりでした。防音室のエアコンは防音室の構造上ドレーンを外に出せないため(逆流します)、そこで配管が1本少ないことで助かりました。

エアコンの寿命が10年とすると、リフォームの時の大がかりな配管をしたエアコンが、あと5年で寿命です。小生が生きているかどうかはともかくとして、その時までお金を残しておかないと、エアコンが壊れたらそれっきりになります。無駄遣いはできないですね。

2020/07/26

赤いアンパンマン

2020年7月26日


Img_86961a 前回黄色いアンパンマン列車の写真を載せましたが、今日のは赤いアンパンマン列車です。現在岡山からの高知方面行き特急(南風)は、黄色いアンパンマン、赤いアンパンマンと、旧型の2000系で運行されています。アンパンマンではない標準色の2700系を、最近は見かけません。いるはずなので、アンパンマンの検査の時には、出てくるかもしれません。

 

本当はこの写真を大歩危あたりで撮りたいのですが、今年は梅雨明けが遅く、いつ大雨が降るかもしれないので、まだ動けません。あのあたりは、コロナは大丈夫でしょう。逆に最近岡山が増えたので、いやがられるかもしれませんが(^_^;。
Img_87082 なおアンパンマン列車が増えたので、すれ違いも起こります。この写真は小さく撮れたのを引き延ばしたため、ちょっとぼけています。走行中のすれ違いは1秒時間がずれただけでも100m近く場所がずれるので、狙うのは難しいですね。

2020/07/22

県立図書館のモーニングサービス

2020年7月22日

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県立図書館と言っても、モーニングサービスが食べられるのは県立図書館内の喫茶室です。県立図書館内(閲覧室)は、ペットボトルの水も含め、飲食厳禁です。念のため。
先週県立図書館の喫茶室にお昼を食べに行ったとき、モーニングサービスが始まったのに気がつきました。元々この喫茶室のランチメニューにはカレーなどのご飯系もあったのですが、コロナによる営業縮小で二人体制が一人になり、ご飯物もなくなりました。ただランチタイム以外は余裕ができたのか、モーニングサービスも始まったみたいです。

 

最も喫茶室の営業開始が11:00ですから、モーニングサービスは11:30までの30分間だけです。ただ小生は今体重を少し減らそうと減量中なので、お昼もこのくらいの量でちょうど良いです。11:30ぎりぎりに飛び込めば、立派な昼食です。これでコーヒー付きで550円、お買い得です。

2020/07/21

心臓の定期検診

2020年7月21日

 

いつもなら今日から夏休みというところですが、今年はコロナによる臨時休校分を補うため、7月一杯は授業があるようです。ただ今週末の連休は、オリンピックがなくなっても変わらないようです。

 

と気がつき、連休だと医院も休みになるため、今日近所の内科に心臓の定期検診に行ってきました。この1ヶ月は、シベノールは結局S病院で処方された2週間分だけだったので、シベノールは1週間飲んで1週間休み、また1週間飲んで終わりました。シベノールを飲み始めて期外収縮はなくなったのですが、朝目が覚めたときの動悸(毎日ではありませんが)は変わりなかったですね。その他、読書中など安静時に急に脈が速くなることもあり、現在はこれが一番の懸念事項になっています。

 

そこでこの動悸対策用に、漢方薬の炙甘草湯(しょうかんぞうとう)が処方されました。これは毎日飲むのではなく、症状が出たときに頓服的にのむように、と指示されました。これでしばらく、様子見です。
Img_86471a なおクリニックで血圧を測ったら、最高が86でした。ついに新性能電車の旧呼称表示ではなく、純粋な旧型、湘南電車にまで行ってしまいました(わかる人は、少なくなったろうなあ)。S病院で血圧を測るときは、検査をぐるっと回って診察室の前に戻って一息ついたときに「血圧を測ってください」と言われるので、普段より(かなり)高いんですよねえ。カミさんからは「よく生きている」と言われていますが、86でもちゃんと歩いてクリニックに行っていますから、先生も問題にしないのでしょう。

 

写真は昨日撮った、土讃線用アンパンマン列車の新型です。2000系から2700系に変わりました。

2020/07/19

ネコ増殖中

2020年7月19日
1908img_337731a 先日(7月14日)両備グループ創業110年の「ネコ」回送方向幕の話を書きましたが、気がついたら、どんどん増えています。これはひょっとすると、両備バス全車に展開するつもりなのかもしれません。ついに西大寺営業所にも進出し、今日見たら、玉野特急の新車(フルカラー方向幕)にも進出していました。フルカラー方向幕は回送表示は白色なので、よく目立ちます。

 

そこで気になるのが岡電で、やはり創業110年なのですが、今のところ動きはありません。なお岡電の中で桑野営業所(島田車庫も含む)所属車は、両備から移籍したので移籍車は当然ながら、新車も含めて案内放送は相変わらず両備仕様です。岡電は岡山市内から出ないので岡山市役所前を「市役所前」と案内しますが、両備(現在は、岡電の桑野営業所所属車)と下電は「岡山市役所前」と案内します。その他、細かいところが違います。さてさて、桑野営業所だけ回送の方向幕表示が両備仕様になるかどうか、です。

2020/07/17

コンタクトを卒業

2020年7月17日

今日から、コンタクトの使用を止めました。2006年12月から使い始めていますから、ほぼ14年使ったことになります。この間、コンタクト洗浄剤等の消耗品はずいぶん使いましたね。

小生のコンタクトは水晶体の代用をするもので、現在は眼内レンズに取って代わられ、ほとんど使われなくなったものです。そのため中央部がいわゆるレンズ型にふくらんだ、独特の形をしています。最初は東レ製だったのですが、洗浄が煮沸指定で面倒なところにメーカーの対応も悪く、途中でメニコンに変えました。その後東レはこの手のコンタクトレンズの製造を止めましたが、メニコンは現在も(注文で)生産を続けてくれています。

コンタクトを入れ始めた当初は、本当に見えていました。視力の最高は、0.1です。条件が良くてよく見えるときは逆に物が二重になり、困りました。その後目の中に増殖膜が広がってだんだん見えなくなり、右の片隅がやっと見える程度だった物が、そこでも物の形は認識できなくなり、光った物だけが見える感じになりました。

その頃のコンタクトの役目は、右目に「まだ見えている」と認識させるためのものです。右目が見ることをあきらめてしまうと、左目と一緒に動くことを放棄してしまいます。そうなると右目はどんどん外側を向き、いわゆる「ロンドンパリ」になります。

現在は光った物も見えなくなり、光を当ててその逆光の中で動くのがわかるくらいです。こうなるとコンタクトの意味もなくなり、眼科の先生もそろそろ止めどきと言ったこともあって、止めることにしました。今日という日になったのは、ちょうど洗浄剤が空になったからです。

コンタクトを止めると右目のサボりが気になるところですが、右目に「今から右目で見るぞ」と命令を出すと、視線がまっすぐになります。その時は意識が見える左目から外れているので逆にピントはぼやけるのですが、写真に写るときはぼやけててもかまいません。ただ残念ながらコロナ騒ぎで集会のたぐいが一切なくなり、写真に写る機会もなくなっています。

2020/07/16

三回忌

2020年7月16日

義兄の三回忌の案内が来ていましたが、今年はこういう状態なので、上京するのは止めます。もし落ち着いていたら10月あたり(お彼岸から少しずらして)子供達に招集をかけてお墓参り(と言うより、お墓掃除)をやるつもりなのですが、この感じでは10月も危ないですね。ひょっとしたら(かなりの確率で)今年は無しです。

こういう「○○さんの×回忌」という案内は、熊本はお寺から来ます。もう熊本には親子兄弟誰もいないのですが、檀家のお寺は健在だし、お墓はそのままだし、未だに案内は来ます。お寺には、たまに手土産を持って訪問しています。東京の方はと言うと、これが霊園に出入りしている石屋さんから来るんですね。ただ石屋さんがしっかりしているので、今後何かあったときは頼めます。小生が死んだら、墓石の○○家を連名に変えて、そこに居候しようと思っています。

熊本の方は、昔頼んでいた左官さんなどは皆亡くなってしまい、今は何かあったらどこに頼めば良いのか、全くわかりません。まあその時はその時、小生は生きている間はまず無いでしょう。

2020/07/14

両備グループ110年

2020年7月14日

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今年(2020年)は両備グループが創立110年だそうです。前身の西大寺軌道の創立が1910年ですが、同時に現在は両備グループとなっている岡山電気軌道の創立も、1910年です。余談ですが、岡山電気軌道の電車の番号は、前2桁がその型式の入線年を「創立何年目」で表しています。
この創立110年の記念方向幕(現在はLEDですが、習慣で「幕」と書きます)装備車が玉野営業所と霞橋営業所(倉敷)の一部車両にいることはわかっていたのですが、岡山駅界隈で一番見かける西大寺営業所所属車には1台もおらず、110年記念が表示されるのは「回送」表示の時だけで、しかも待機中はLEDが消灯されるので、なかなかつかまらずにいました。

 

今日やっと、玉野営業所の記念方向幕装備車を捕まえました。両備グループにはたま駅長で有名な和歌山電鐵があるため、ひたすらネコです。なお記念表示は前面と側面だけで、後部は通常通りの「回送」です。0806img_337231a

2020/07/13

目は問題なし

2020年7月13日

午前中に歯科、午後に眼科に行ってきました。久しぶりの、医者のはしごです。歯科の方は定期検査とクリーニングで、問題なく終わりました。

午後の眼科の方も、ヘルペスもすっかり治り、問題はありません。いやこのヘルペスが目の中に進出したらどうなるかちょっと心配だったのですが、軟膏だけで、内服薬に行く必要も無く退治できました。退治と言っても、ヘルペスは死滅しただけではなく追っ払っただけですから、またいつ出てくるかわかりません。ストレスが発症の元ですから、変明日とレスがないように死体です。現在の状態では、苦しいですが。

2005年10月にヘルペスが網膜に取り付いたとき、要するに桐沢型ぶどう膜炎にが発症したときは、2004年9月から2005年8月まで3回目のIFN(ペグリバ)を投与中、そこへ持ってきて2004年6月に養母が死んで(喪主小生)2005年6月には小生が一周忌も主催。相続やら実家の後始末やらの問題が噴出。さらに2005年6月には弁膜症で手術を考えた方が良いと初めて言われ、まあ問題山積でしたね。当然仕事は現役です。この当時は、R&Dの課長でした。それを考えれば、今は楽です。まあ問題の火種はどこにでも転がっているので、いつ何時問題が起こるかわかりませんが、当分は安泰でしょう。

2020/07/10

キリ番

2020年7月10日

 

番号にゼロがずらっと並ぶいわゆる「キリ番」は車のナンバーとしても人気があるそうですが、鉄道車両では、ゼロが3つ並ぶ1000番のキリ番は、旧型電車を除いてぐっと数が少なくなります。4桁の番号になると、1000番台(最近は2000番台3000番台も多い)とされる番号が多いんですね。1000番台となると1001から始まるので、キリ番がいないんです。

 

蒸気機関車のD51は1000両以上製作されましたが、途中の生産中止があって戦時型に切り替えられ、戦時型は1001から始まっています。最近の(これを「最近」と言うと、歳がわかる(^_^;)EF64やEF65も1000番代なので、1001からですね。

 

唯一DD51だけが1000番台ではなく500番台の続きだったのですが、1000は登場しませんでした。500番台が799まで登場し、次の800番台はSGなし(本来はDD52になるはずでした)、900番台は試作機用の割り当てで1000番に飛び、9の次は0で1000になるはずがなぜか1001になりました。同様に899の次も1800ではなく1801になっています。
0003a 一方キハ58は、DD51と同様、400番台の長編成仕様が799まで来て、次の800番台は修学旅行用、900番台は試作機割り当てで、次はちゃんと1000番になりました。これは1966年の登場で、学生時代から気にはしていたのですが、配置が美濃太田機関区(その後確か七尾に移動)ということもあって撮影する機会が無いままに終わりました。もっと注目されて良いと思っていたのですが、意外と話題にならなかったですね。

 

貨車は番号が0から始まることもあって多数あると思われるのですが、途中にロットやメーカーごとの番台区分があったりで、踏み込むと泥沼にはまりそうです。写真は学生時代に五能線でたまたま見かけた、ワラ1のキリ番です。

«何とか治りかけ

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