2017/08/16

永久保存版

2017年8月16日2017001a


今年も写真展に出品します。場所は同じ四ッ谷のポートレートギャラリーで、期間は9月28日から10月4日までです。小生も9月30日(土)には、会場にいるつもりです。

その公式案内状に、小生の写真が採用されました。セミプロ級の方達もいる顔ぶれですので、こんなことは一生に一度でしょう。この案内状と案内葉書は、永久保存です(笑)。同じデザインのポスターがあるはずで、東京にいたら事前に1枚もらっておくところでした。

この写真展の出品作のうち何点かが「アサヒカメラ」に紹介されますが、それはないだろうなあ。

2017/08/14

EF81とEF64

2017年8月14日

カシオペアが上越線を走るときは、牽引機がEF81に代わってEF64になるか、EF64の補機が付きます。24系「あけぼの」の時代もそうでした。要はEF81では上越線の20パーミルが登れないのです。こういう話をすると、「そりゃあ、EF81は平坦線用だしEF64は勾配線用だから、当然だろ。」という答えが出てくるかもしれません。しかし片や平坦線用、片や勾配線用と言っても、どちらも同じMT52を6個装備、歯数比も同じ3.83。軸重に至ってはEF64の16tに対し、EF81は16.8t、単純に粘着牽引力だけを比較したら、EF81の方が強いのです。

違うところと言ったら、EF64は勾配抑制ブレーキ付き。これは降るときだけで、なくても多少平均速度は落ちても降れます。後はEF81の短絡渡りに対し、EF64は橋洛渡り、これは影響があるようです。抵抗制御の電車や電気機関車は直並列組み合わせ制御を併用していますが、その直並列の切り替えの時のやり方に、大きく分けると2種類あって、その片方が短絡渡り、もう片方が橋洛渡りです。機構の説明は省略しますが、短絡渡りは機構は簡単ですが、切り替え時に衝撃が出ます。採用しているのは平坦線用のEF65やEF81です。京洛渡りは理論的には切り替え時の衝撃が出ませんが、回路は複雑です。採用しているのは、かつての碓氷峠用のEF62,EF63、現役の山男EF64、それの大出力のEF66です。粘着ぎりぎりで坂を登っているときに襲撃が出れば必ず空転するので、渡りの差の影響は大きいと思いますが、旧型電気のEF15やEF16は短絡渡りなのに平気で上越線を登っていました。まだ何かありそうです。

図書館で電気機関車の本を読んでいたら、EF81のところで、「交流区間は脈流運転になるので、整流安定化のために界磁が常時分路されている云々」という記事を見つけました。要はEF81は同じMT52でも、全界磁が100%ではなく98%になるというのです。これはどういうことかというと、界磁を弱めると定格回転数が上がるので、加速段階では等価的に歯数比が小さくなるということなんですね。計算したら、元々の3.83が3.75になりました。これがおそらく山に弱い原因の一つです。

もう一つは想像なのですが、抵抗の値が小さいのではないかと思われます。EF81の常務体験記を見ると、皆さん「直列から直並列に切り替えるときの衝撃がある。」「直列から直並列に切り替えるときに空転しやすい。」とおっしゃっています。ところが、同じ短絡渡りのEF65ではそういう声は聞きません。

EF級機関車の場合、直列最終段階では電動機の端子電圧は250Vです。これを直並列にいきなり切り替えると端子電圧は500Vになるので、直列抵抗を入れて電動機にかかる電圧が250V近くにします。そして順々に抵抗を抜いていくのですが、抵抗が元々小さいと、切り替えた瞬間に衝撃が出ます。これは直並列から並列に切り替えるときも同じですが、直列から直並列に切り替えるときの電圧比が1:2であるのに対し、直並列から並列に切り替えるときは1:1.5であるため、影響が少し少ないものと思われます。

EF81はEF65を交直流にしたものと言われていますが、直流機関車の制御装置に加えてトランスと変換器を強引に詰め込んであるため、かなり無理をした構造になっています。抵抗器は機械室から追い出されて、屋根裏です。やはりスペースの関係で十分な抵抗が積めなかったのではないかと思っています。

EF81が活躍した線区(もう過去形になってきています)は、東北線に奥羽線、さらに北陸線と、かつてはD51が重連や3重連で1000t列車を牽引した区間です。本来投入するならE64の交直流版なのですが、技術の進歩が要求に追いつかなかった例です。その分、乗務員の方達に苦労を強いたことでしょう。

2017/08/11

広告電車と広告バスの模様替え

2017年8月11日

岡山電軌の路面電車と岡電バスの路線バスは、すべての在籍車両の写真を撮っています。言わば、撮りつぶしです。当然データベースとは言えないですが撮影メモはあり、撮った車両は例えば、「8501 廣栄堂きびだんご」のように、広告車両はその広告の会社を書いて、記録してあります。7501img_23791a


広告はときどき変わることがあり、最近は8101が「岡山晴街キャンペーン」からJR西日本に変わりました。バスも同じで、ときどき広告車が標準塗装に戻ったり、標準色だったものが広告に変わったりしています。7501img_27771a


最近気がついたのが、出している広告の会社は同じなのに、広告が模様替えしたケースです。一つは「なんか違うな」と思って一応写真だけ撮っておき、昔の写真と見比べてみたら、微妙に変わっていたというケースです。電車の7501がそうで、写真は2005年12月のものですが、今年の6月まで同じ柄でした。そして最近のものが今年の8月です。どうやら持ち株会社化にともない社章が変わり、そのため広告も模様替えしたようです。この会社はバスにも広告を出していますが、バスも塗り替えになっています。998img_86571a


もう一つはバスの例で、これは見た瞬間に気がつきました。これも気がついたのはこの夏ですが、カミさんは夏休み用のキャンペーン塗装ではないかといっています。塗り替えは結構お金がかかるし、そこまでやるかなあ。998img_26181a


「撮りつぶし完了」と思っていても、いつも見ていないと微妙に動いているようです。まあ、退屈しないで良いです。

2017/08/08

浮世絵揃い踏み

2017年8月8日

岡山県立美術館で行われている「浮世絵揃い踏み」展に行ってきました。目玉は平木コレクションの歌川広重(小生やドラ息子が学校で習ったときは、安藤広重だったんだがなあ)の東海道五十三次、保永堂版の初刷りがずらっと揃っていることです。さらに一部は比較のため、後刷り(言わば第2刷)と変わり図(言わば第2版)も一緒に展示してあることです。

色やぼかしのグラデーションはさすがに初刷りがきれいですが、一部には初刷り時にあったミスを後刷りで修正しているものもあります。変わり図は初版の版木がすり減って新たに版を起こしたもので、当然売れ行きの良いものしかないそうなのですが、変わり図になると人物が増えたり減ったり、山や家の形が変わったり、改訂第2版です。

その他に美人画や北斎の版画などがあり、北斎の有名な神奈川沖浪裏もありました。これはドビュッシーが交響詩「海」の楽譜の表紙に似た絵柄を使い、また一部がドイツの水車メーカーフォイト社の社章にもなっています(いました?)ね。実物は、思ったより背景が暗かったです。

じっくり見ていたあ、何やら東海道を歩き通したように疲れました。疲れたらベンチで休憩できるのが良いです。東京だったら、こうはいきません。しかも東京だったら多摩から上野まで往復すれば軽く1000円超えるのに、こちらの交通費は片道100円、岡山で見られたらそれに越したことはないです。

2017/08/06

岡山桃太郎まつり

2017年8月6日

お隣広島は今日は祈りの日ですが、岡山では8月5,6日の二日間、桃太郎まつりが行われています。桃太郎まつりの主体はうらじゃ踊りで、桃太郎まつりが第17回に対し、うらじゃ踊りは第24回。どうやらうらじゃ踊りに、全国的な知名度を上げるために桃太郎まつりがかぶさったみたいですね。昨日の夜は、花火大会もありました。こちらは第44回です。17080603a


うらじゃ踊りは、最近あちこちで夏に行われている「よさこいソーラン」と似たようなものと言えば似たようなものですが、違うのは全員メークというかフェイスペイントをしていること。これは温羅化粧で、鬼のメークです。

うらじゃのうらは、桃太郎に退治された鬼の温羅。その温羅は吉備津神社に祭られていますが、うらじゃ踊りは全員が鬼となって踊る踊りです。従って、曲にはよさこいやソーラン節は流れません。仙台の「雀踊り」は優雅ですが、うらじゃの方は熱く、エネルギッシュです。さすが南国。17080605a


戦前戦中の国家主義の時代は、桃太郎こそ英雄でしたが、戦後は温羅は吉備の国の礎を作った人物として見直されています。温羅は渡来人で、製鉄技術などを伝えた、と言われています。名刀として名高い備前長船も、元を正せば温羅が伝えた製鉄技術の延長線上にあるんですね。17080609a


この時期はあちこちに無料の温羅化粧のブースがあるので、繁華街には鬼があふれています(笑)。

2017/08/03

大洲と松山撮影紀行5

2017年7月21日(金)(つづき)

松山駅前で昼食、予定より1本早い特急で伊予西条に向かう。この旅行では、切符は細切れの自由席にし、それをまとめてジパング割引で買っている。従って乗車券は途中下車の連続で、最近はそういう客が少ないのか、改札では怪訝な顔をされる。Img_23611a
松山あたりはフリー切符もあるが、伊予西条は範囲外で、広範囲のフリー切符よりジパング割引の方が安いのだ。なお予讃線は松山-宇多津間はしおかぜ/いしずちが併結だが、この区間の自由席はもっぱら「いしずち」の方に乗っている。「しおかぜ」より空いているのだ。高松編成が3両から2両に減らされつつあるのも、宜なるかな。Img_23681a


伊予西条の目的は、四国鉄道文化館である。北館と南館に別れているのは知らなかったが、入場券は両館共通、まず北館から入る。靴を脱いでスリッパに履き替えるのが、珍しい。目玉はDF50の1号機と0系新幹線(21-141)、21はカットモデルだ。DF50はわかるが新幹線は何で?と思ったところ、新幹線の生みの親、十河元国鉄総裁が西条の出身だった。そう言えば、北館の正面に十河氏の銅像が建っていた。Img_23691a


次に歩道橋を渡って南館へ。外に出ると、暑い。入る前の表には、フリーゲージトレインの試作車が展示されている。フリーゲージトレインは現在も九州で開発が進められているが、車両価格が高価になりすぎ、実用化が危ぶまれている。Img_23731a


中の展示はDE10のこれも1号機、キハ65にC57。DE10時は65はわかるが、C57は何で?である。しかも岩見沢にいた北海道型。本来は四国に縁のあったC58が良いのだが、保存しようと思ったときにはC58はいなくなり、最後まで残ったC57のうちの1両を譲ってもらった、というところだろう。Img_23761a

十河信二記念館もあったが、そこはパスし、予定より2本前の「しおかぜ」で岡山に向かう。暑かったが体調も悪くならず、収穫の多い旅行だった。

(完)
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おまけ。
四国旅行はこれで終わりですが、実は倉敷でもう1泊し、早朝の水島臨海鉄道の貨物列車を撮っています。水島臨海所属のDE70が本線を走るのはこれだけで、自宅から出発したら間に合わないので、一泊したものです。逆光をそのままにし、煙が目立つ写真を載せます。

2017/08/01

大洲と松山撮影紀行4

2017年7月21日(金)

天気、晴。昨日松山城を入れた市内線を撮ったが、今日は腰を据えて狙う。昨日の市役所前が一番良い、というより、ここしかない。しかし車が多い。これぞという写真が撮れないので、微妙に場所を変えて狙う。ちょうど良い位置は電線が邪魔になるが、これも微妙に中腰にすると、電線がちょうど櫓をかわすことができた。Img_22031a


予期していなかったが、坊ちゃん列車がやってきた。昨日は姿を見かけなかったので休日のみの運行かと思っていたのだが、後でわかったことだが平日も運行しており、昨日は点検のための減便ダイヤだったのだ。坊ちゃん列車と松山城の組み合わせも面白い。Img_21991a


市内線に本町線という、地図で見ると短絡線なのに運行は盲腸線になっている線があり、気になったので乗りに行く。待っていれば普通にやってくる線だが、西堀端から先は単線区間で離合場所がなく、これはラッシュでも運転間隔が詰められないだろう。これも調べたら運行間隔は30分間隔になっており、待っていてすぐ乗れたのは運が良かった。Img_22851a


本町六丁目の終点は、踏切の手前である。そのまま前進すれば市内線同士の交差点なのに踏切があるという、面白い平面交差が見られるのだが、その手前である。循環線(城北線)のこのあたりは軌道線ではなく鉄道線なので、鉄道と軌道の平面交差ということになるのだろう。この本町線も、一応延長計画があるようだ。実現すれば、面白いことになる。Img_22921a


ここから循環線に乗車、市内線なので、乗換券をもらってある。昨日見た古町の平面交差を今度は乗車して横断し、大手町へ。やはり松山に来たからには、ここの平面交差は撮っておく。坊ちゃん列車が踏切待ちをしてくれると面白いのだが、さすがにそこまでタイミングは良くなく、普通に横断していった。郊外線に5000系の旧塗色車がまだ残っており、これを撮れたのはラッキーだった。個人的には、旧色の方が好きだ。Img_23331a


松山駅で昼食、予定より1本早いが、これから伊予西条へ向かう。

(つづく)

2017/07/31

大洲と松山撮影紀行3

2017年7月20日(木)(つづき)

JR松山駅から、伊予鉄の松山市駅まで歩く。松山では旧国鉄より伊予鉄の方が開通が早く、松山市の方が本家の「松山」である。途中の大手町の平面交差で写真を撮り、市役所の前で松山城を入れて写真を撮る。市内線の電車(郊外線もだが)は伊予国体に合わせた全面みかん色への塗り替えが進んでおり、旧色が残り少なくなってきた。小生の好みから言うと、旧色の方が良い。この撮影ポイント、一番良い場所は車道の真ん中である。横断歩道でもあれば渡ながら撮る手も使えるが、何もない。Img_20731a

ともかく、暑い。そうしたら、突然夕立。機能は日傘に使った折りたたみ傘が、今度は本来の雨傘になる。雨があがると、また暑い。松山市駅に着いたときたまらずド○ールに飛び込み、アイスコーヒー。電車賃を使わずに歩いてきたが、かえって高く付いた(^_^;。Img_20811a


一息入れたところで、松山市駅から高浜線に乗車。伊予鉄道の郊外線の架線電圧は750Vだが、この高浜線だけが600Vである。これは市内線が600Vで、平面交差があるためだと聞いている。確かに異電圧の平面交差はかなり大変で、1500Vの大牟田線と600Vの市内線が交差していたかつての西鉄薬院の平面交差では、交差部に電圧切り替え装置が付いていたという話も聞いた。なお伊予鉄道は逆に600V/750Vの直直セクションが必要で、これが松山市駅の大手町側にあるというのを、岡山に帰ってから聞いた。事前に知っていれば、写真を撮ってきたものだが。Img_21041a


伊予鉄の郊外線の車両は、元京王井の頭線の3000系に、元京王線の5000系と、元京王だらけである。以前は電力容量が足りなく、ラッシュが終わったらすぐに3両編成を2両にする必要があったため、松山市駅から5000系1両、それも片運転台1両の回送があった。それが消費電力の少ない3000系の入線で3両固定になり、現在は変電所が増強されたのか、5000系も日中3両編成である。乗ってみたら、運転台の無い側は広幅貫通路、運転台と繋がる車両は狭幅貫通路であった。5000系の前面貫通路は、京王時代には使われなかった設備だ。Img_20951a


今日の目的は梅津寺駅で、夕日が見える駅とのことなので、どういう風に見えるのかの調査である。来てみたら、確かに海のそばで、ホームから夕日を眺めることはできそうだが、夕日と電車を組み合わせた写真は難しそうだ。それ以前に、柵とケーブルで電車の写真を撮るのが難しい。良い写真が撮れそうなら夕方まで粘ろうかと思っていたが、早めに引き上げる。Img_21021a

伊予鉄の郊外線と市内線は、大手町での複線同士の平面交差が有名だが、地図を見たらもう一つ平面交差があることがわかった。それが古町(こまち)で、何らかの形でクロスしているようだ。そこで古町で降りてみる。古町には郊外線、市内線ともに車庫がある。ホームは隣接しているが、改札はある。乗り継ぎ割引はなさそうだ。定期ならあるのかもしれないが。小町の松山駅側に行ってみると、複線の郊外線を単線の市内線が斜めに横断していることがわかった。クロッシング部分は一体鋳鋼の固定で、可動トングなどは無い。Img_2106a


架線はと見たら、普通に交差して交差部分は接続されていた。電圧が同じで同じ会社だからできることだ。非常用か回送用か、市内線と郊外線の間に渡り線があった。市内線の車庫の奥を見たら、坊ちゃん列車がお昼寝中。この平面交差部分は古町駅の松山駅側にあるので、坊ちゃん列車の運行時はこの平面交差を坊ちゃん列車が渡ることになる。その写真も撮りたくなった。Img_21191a


小町から市内線に乗り、それも循環線を大回りでホテルに戻る。循環線の城北線と呼ばれる部分は専用軌道で、単線である。郊外線が複線なので、この逆になっているところが面白い。歴史的には、このあたりは郊外線だったところらしい。そして古町から平和通一丁目までは、軌道線ではなく鉄道線だ。調べれば調べるほど、伊予鉄道は面白い線だ。Img_21431a


電車はホテルの前では降りずに、デパートの前まで入ってデパ地下で弁当購入。この時間だと割引になっている。食べる店を探すのが面倒なときは、弁当が一番楽だ。Img_21711a

松山泊。
(つづく)

2017/07/28

大洲と松山撮影紀行2

2017年7月20日(木)

天気、晴。
泊まっているホテルは東○インだが、チェックインして部屋に入ったとき、エアコンが動いていた。しかも27℃設定。これは珍しい。ほとんど、と言うより今までの経験では全部、部屋に入ったときにはエアコンは動いておらず、デフォルトの設定は28℃である。松山はよほど気温が高いのか?夜も暑いので27℃のまま寝たが、エアコンが動くと寒いし止まると暑い。何となく、寝冷え気味で起きた。少し高めに設定してタオルケットで寝た方が快適だが、ホテルは年中同じ布団である。Dscn2137a


不要なものはホテルに置きっ放しにし、コンビニで水を買って出発。駅で特急の出発前に3回トイレ(大)に行って、何とか落ち着いた。
松山発宇和島行きの特急「宇和海」は2000系気動車だが、何とトップナンバーの2001だった。車内にはローレル賞と機械学会賞の2つのプレートが貼ってある。ただそれは1990年だから27年、そろそろ交代時期だ。ホームの先には「お遍路さん」と言われている新鶴見機関区所属のEF65がお昼寝中。このEF65の走行中の写真を撮りたいのだが、時間が悪く、なかなか撮れない。Dscn2138a

出発、加速の良さは相変わらずだ。最初にこの2000系に乗ったとき、加速の良さにびっくりした記憶がある。電化区間は伊予市までで、その途中に貨物ターミナルと電車区の工事中。松山駅は高架化される予定で、そうなると地上にある貨物駅と電車区が邪魔になり、引っ越すのだろう。EF65も運転区間が伸びる。

予讃線から別れて、内子線に入る。カーブを高速で曲がるとき、2000系は飛行機並にダイナミックに車体を傾斜させる。同じ振り子車でも、電車の8000系よりも傾斜を感じる。走行区間のせいだろうか。以前は宇和島まで車内販売があったが、今はない。Dscn2139a


松山から約40分で伊予大洲着。伊予国は伊予八藩と言われたくらいに小さな藩が集まっていたので、その分各地にお城がある。大洲も脇坂安治の後、加藤貞泰が6万石で入部し、明治維新まで大洲加藤藩である。大洲城の天守閣は明治の老朽解体後の復元で、2004年と比較的新しい。大洲城は予讃線と組み合わせた写真の絶好の場所にあるのに、昔のSL時代の写真がないわけだ。Img_19941a


その大洲城の撮影ポイント、大抵の案内は一駅先の西大洲から歩くように書いてあるが、西大洲は各停しか止まらないので、伊予大洲から歩く。一旦逆方向(松山側)に歩いて肱川を渡り、それから川沿いの道を歩く。昨日もそうだったが、海沿いや川沿いの道は片側が開けているので日陰がなく、やたら暑い。梅雨が明けたばかりのせいか日差しも強く、日差しが痛い。20分ほど歩いたところで大洲城が見えてきた。このポイントでも良いが、道路の川側に空き地がないので、もう少し歩く。そうしたら、林の陰が駐車スペースになっている場所があり、その林が終わったとこからちょうど大洲城が狙える場所があった。JR四国のポスターは、ここから撮った写真かもしれない。JR四国のポスターはお城と列車のアップだが、せっかく鉄橋を渡っているので、川も入れる。Img_20021a


ここで「店開き」をして、何枚か撮る。特急は1時間に1本なので、上り下り2本ずつ撮ろうと思ったら、2時間待つことになる。上りで先頭が流線型の編成が来たが、これは時刻から言って乗ったトップナンバー編成のはずだ。アンパンマン塗装もやってきて、バラエティーのある写真が撮れた。Img_20281a


午後までここで粘るつもりだったが、あまりにも暑いので12時過ぎたところで引き上げる。また「宇和海」で松山に戻り、松山駅でやや遅めの昼食。朝のおなかの具合から、ワッフルにした。

(つづく)

2017/07/27

海洋堂EXPO

2017年7月27日

岡山に海洋堂EXPOがやってきているので、見に行ってきました。
海洋堂は高知にある会社だと思っていたら、高知は創業者の出身地で、海洋堂自体は大阪なんですね。

見て回って、すごいの一言。造形作家(原形師)それぞれに個性があり、メカが得意な人、怪獣が得意な人、美少女が得意な人、あるいはオールラウンダーの人。後は生産技術が確立しているので、しっかりしたものが作れるのでしょう。17072704a

フィギュアの世界も陶磁器と同じようで、量産品から1体100万円以上もする一点ものまで、様々です。海洋堂のホームページを見たら、全高55cmの一点ものフィギュアに80万円の値段が付いていました。

ただフィギュアにしろプラモデルにしろ、部屋に置くのならむき出しではダメですね。プラスチックは埃が付きやすく、しかも掃除のしにくい構造のため、後大変なことになります。なあ、こういう時に眺めるだけにしておきます。そう言えば、秋葉原のラジオデパートのフィギュアがあるところは、海洋堂らしいです。

海洋堂EXPOは、会場内写真撮影可でした。載せるなら、やはりタヌキでしょう(笑)。

2017/07/26

大洲と松山撮影紀行1

2017年7月19日(水)

天気、岡山は薄曇り、香川は晴。
四国撮影旅行へ出発である。最初はまだ足を踏み入れたことがない高知県を考えていたが、大洲城を撮りたくなり、松山に変更した。そして日程も、梅雨明けをにらみながら一週間後にした。それが今日だ。まずは行きがけの駄賃に予讃線を撮ろうと、海岸寺に向かう。海岸寺は各停しか止まらないが、岡山から観音寺行きの各停があるので、それを使う。Dscn2128a


海岸寺駅で下車、駅から海側に歩いたところに海岸寺がある。別格18番の札所、さすがは四国。お寺の山門に金剛力士像が建っているところは多いが、ここ海岸寺は本物の力士像が建っている。向かって右が琴ヶ浜関、左が大豪関、どちらも香川県の出身だ。さすがに阿形と吽形にはなっていない。Dscn2125a


そこから県道を撮影ポイントまで歩く。ともかく暑い。ひょっとしたら梅雨が明けたのではないか(夕方のニュースで梅雨明けを伝えていた)。予讃線をオーバークロスするポイントを過ぎ、踏切まで確認するが、歩道のないところを大型トラックがビュンビュン走るので、またオーバークロスのポイントまで戻る。ここはガードレールの外に少しスペースがあるので、「店開き」ができる。今日は折りたたみの椅子を持参、しかし日陰が全くないので、たまらず折りたたみの傘(雨用)を広げる。かなり違う。直射日光の当たるところに手が出ていると、日差しが痛い。一応水は用意してあるので、ときどき飲む。Img_19461a


ここは海を入れて撮れるので、良いポイントだ。日差しが強く、コントラストが強すぎて足下が真っ黒になるが、正面気味なので気にしない。ここで特急を何本か撮る。8000系の高松側の流線型先頭車は岡山には来ないので、ここでしか撮れない。来た8000系は塗装が変わっており、塗装変更車かと思って後で調べたら、台湾鉄路管理局との友好鉄道協定締結1周年を記念した台鉄デザインのラッピング車だった。Img_19741a


この場所は上り列車線用で、下り、特に下り貨物を撮ろうと思ったら、先の踏切まで移動しなければいけない。しかし暑い中をあの車の多いところを歩く気が無くなり、駅撮りでお茶を濁すことにする。しかしまだ余裕があると思って駅に着いたところ、ちょうど入線してくるところだった。しかも行き違いの停車。慌てて近くの踏切に行くが場所が悪く、真横からしか撮れなかった。EF210-300は旭川で散々撮っているので、今回は記録だけ。Img_19521a


予定より1本早く観音寺に移動し途中下車したら、駅前にコンビニがある。さすがは特急停車駅。早速飛び込み、ソフトクリーム。暑いと余計な金がかかる(^_^;。観音寺からしおかぜ/いしずち併結車の「いしずち」側に乗る。こちらの方が、空いているのだ。そのまま松山まで乗車、松山駅前で夕食を採り、ホテルに入った。ホテルで入浴時に見たら、日焼け止めを塗っていなかった手首が真っ赤に日焼けしていた。Img_19881a


松山泊。
(つづく)

2017/07/25

クリスティ・ロンドン・マッシブ

2017年7月25日

先日、新谷かおる著の「クリスティ・ロンドン・マッシブ」単行本の第5巻が発売になりました。クリスティ・ロンドン・マッシブ(以下LM)はこれで完結で、クリスティ・ハイテンション(以下HT)からのクリスティシリーズが完結になりました。HTが雑誌(コミック・フラッパー)での連載が2006年9月から2011年10月まで、LMが間欠的ながら2011年11月から2017年6月まで、足かけ12年になります。お疲れさまでした。

新谷かおる氏はLMの最終回をもって休筆宣言をされていますので、しばらくは新作は出てこないですね。しばらく前に新谷かおる作、佐伯かよの画の「クオ・ヴァディス」も完結していますので、「新作が出たら買う」コミックが、2つ減りました。ちなみに、佐伯かよの氏は新谷氏の奥様ですね。

新谷かおる作品は、「エリア88」と「砂の薔薇」は山形にいるときに文庫本で全巻揃え、数々の引っ越しに同行しています。「クレオパトラDC」は外してしまいました。一度外すと、再入手は難しい(可能な場合でも、金がかかりすぎる)ですね。

新谷かおる氏は、雑誌社の都合などで連載中断の多い人で、そのうち「ドラゴン株式会社」は掲載誌廃刊の後他に掲載先がなかったのか、同人誌として出版されています。そしてそれも最新第4巻が出ていますね。こちらも興味がありますが、同人誌は1冊が高いので、「大人買い」をすると経済的に結構きついなあ。

クリスティ・ロンドン・マッシブの最新刊は、岡山で歩いて行ける範囲の本屋では入荷予定がなく、結局アマゾンに注文してしまいました。できるだけリアル本屋で買うようにしているのですが、物がなくてはどうしようもありません。

2017/07/24

医者のはしご

2017年7月24日

旅行中に右目に突然違和感が生じ、旅行の後半はコンタクトを外していました。コンタクトが欠けたのかな、と思いましたが、コンタクトは正常です。こういう違和感には思い当たる節があり、今日眼科に行ってきました。

夏休みに入っているので少し混むかな、と思ったのですが、ちょうど谷間になったのか、さほど待たずにすみました。夏休みは、学校での春の検診で引っかかったところを直すために医者通いすることが多く、小生も中学の2年3年はほとんど眼科通いで終わったことがあります。こういう年は、泳げないんですねえ。

結果は思った通りで、右目の縫ってある糸の部分が炎症を起こしていました。何年か前にも、同じ炎症の経験があります。その時は北海道でしたが、なぜかこの症状は旅行中に起こります。今抗菌剤のクラビットは左目に使っているので、炎症止めのフルメトロンが追加で出ました。今週末にもう一度見せに来いとのことです。糸が出っ張っているそうで、炎症が治まらなかったら糸を少し切るなりの処置が出ます。

夕方は心臓の定期検診で内科へ。実は昨日の朝、旅行疲れか不整脈が出ました。それも最近多い期外収縮ではなく、脈が飛ぶ方です。この脈が飛ぶ(一拍休むと言った方が良いかもしれません)不整脈は昔からあるのですが、最近は期外収縮に紛れて、あまり出てきませんでした。久しぶりですね。ただ今日はもう止まっていて、異常は出ませんでした。

次回の診察(8月末)の時に、S病院の予約を入れるそうです。

2017/07/22

四国から帰ってきました

2017年7月22日

四国から帰ってきました。Img_20021a


今回は、誕生寺あたりで海を入れての予讃線列車、伊予大洲まで足を伸ばして大洲城と2000系特急、松山市内で松山城を入れて市内電車、その他です。出発したらいきなり梅雨が明け、暑かったのなんの。日差しが強烈で、痛いようでした。

写真は、大洲城と2000系アンパンマン列車です。近いうちに旅行記をまとめます。

宿泊を伴う旅行は、次は秋です。

2017/07/18

明日から出かけてきます

2017年7月18日

明日から、松山に行ってきます。今回は大洲まで足を伸ばし、お城も撮ってくるつもりです。
熱中症にならないように、気をつけよう。

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